震動の主
『それ』はクロス達の予想を超えるものだった。
ここにいる4人全員の視線を奪う『それ』は主役は遅れてくるものとばかりに姿を現したのだった。
「ト……トロール!?」
その言葉を発したのは誰だっただろうか?
発した本人ですら無意識の言葉だったかもしれない。
震動の原因をつくっていたトロールは大きく視線を落とす。
こちらは反対に足元から眺めていく。
2つの行動の意味は視線の高さの相違を表す。
むき出しになった足の指からは地面を引き裂けるほどの鋭い爪が伸びている。
大きな体を支える足は丸太の様だ。
申し訳程度に腰を覆う布は王族ベットのシーツ以上に大きいのではないか。
胸板に付く無駄とも言えるほどの筋肉は一体何のためにあるのだろうか。
足よりも太い腕は獲物を砕くためにあるのだろう。
口から飛び出す牙は、きっと易々と入る物をすり潰し噛み砕く。
そして獲物を見つけて嬉しそうに見える瞳は相手にとっては悪夢。
飛竜である『ライダードラゴン』達が逃げ出したのは、こいつのテリトリーだから。同じダンジョンの魔物同士での敵対意識がある事に多少の違和感を覚えるが、その疑問をぶつけるべきタイミングではない。
「ど……どういたしますか? クロスさん……」
どうにかとはいえ、言葉を絞り出したライブラは意外と根性があるのでは? などと感じてはいるが、これも後回し。
まずはスキル『サードアイ』による現状確認が先だ。
種族 『トロール』
レベル 『とても高い』
戦闘力 『非常に高い』
使用魔法『なし』
スキル 『なし』
その他 ≪破壊本能の権化≫
あまりに見た目通りのステータス。
最後の字名とも言うべき≪破壊本能の権化≫などは見たくもなかった。
特に――
(なんだよ! 戦闘力『非常に高い』って!?)
魔法もスキルもない。ただただ強い事が強調されたような表示。いくら自分が『レベル1』に戻っているとはいえ、初めて観るそれに今出来る事の少なさを知る。
(毎回、毎回、サードアイを使うたびに絶望的な差を見せられるだけじゃないか!?)
サードアイというスキルには悪運という副作用があるのではないかと疑いを持ちそうになる。もちろん、そんなわけがないだろうが、そう感じるのも仕方がないのではないだろうか。
「逃げるしかない! ミスト! 道案内役だろう!? あいつが通れないような細道はないのか!?」
「え~っと……あるのはあるんですけどね」
「じゃあ、案内してくれ!」
「えっと、あっちなんですよね」
言葉と共に刺された指の方角は――トロールの両足の間。
「嘘だろ?」
この山と岩のダンジョンは通路が広いとは言えない。
よりにもよってトロールがやってきた通路の向こう側に未来があるという認めたくない現実。
「元の道を引き返したら……どうですか?」
ライブラのいう事は真っ先に思いつく選択肢だ。そして選ぶべきではない道。
「ダメだ! 最悪、さっきの飛竜と挟み撃ちになる可能性がある! 絶対に奴らが戻ってこないとは限らない!」
「でも……どうすれば?」
そこでようやく、何の言葉もアクションも起こしている様子のないハイネに気付く。いや、彼女のなりのアクションは既に起こっていた。彼女は――震えながら崩れそうな膝で踏ん張りながら立ち尽くしている。
こちらがパニックに陥りそうになる中、トロールは遠慮なく距離を詰めてきていた。それは数秒もしないうちに抗戦に入る距離。これ以上の時間は与えてもらえないという事。
「仕方がない! 抗戦するぞ! 倒す事は考えない! 隙あらば逃げる! ライブラとミストは距離を取ってくれ!」
正確なステータスは今の自分では認識できない。しかし知能が高いとは思えない。以前戦ったゴブリンキングと近いはず。回避に徹すれば何とかなる可能性はある。問題はあの時はウォペが居て今回は居ない事。それがどれだけ影響があるか。そして、もう1つ――
「ハイネ! ハイネっ! 君の力が必要だ! しっかりするんだ!」
反応が返ってこない。完全にトロールの姿だけで呑み込まれている。このままでは良い的である。
「う~~~ん。この女はダメっぽいですね~。わたしめが運搬しますね~」
相変わらず軽い言葉と同じように、ミストはハイネの軽々と肩に担ぎあげると背後へと走り去っていった。一瞬その姿に見とれていたライブラも追走する様に走り出す。
一番レベルが高いはずのハイネの精神力の弱さはともかく、どうやら人狼というのは人間よりも基本性能も精神力も随分高いようだ。そして初めての戦場にも関わらず恐慌に陥らないライブラも、かなりのものかもしれない。
とはいえ、多少の明るい部分が見えたとしても俺がトロールとタイマンの形になった事を差し引くと状況は相当に厳しいとしか言えない。
瞳を敵と合わせる。
相手からしてみれば敵と呼ぶのも可笑しいくらいの相手なのだろう。口元から覗く牙が、こちらをただの餌と認識したように輝いたように見えた。俺はそれを否定するだけの力を確かに持っていない。
しかし――
「やるしかない!」
そして俺は災厄を運んできた奴へと体を加速させた。




