『館の支配人』達
そこは見覚えしかないと思えるほどにデジャブを覚える景色だった。
どこで見覚えがあるかと聞かれれば、この世界に来てから何時も見てきたと答えるしかない。
『アビスの館』と、この『アマルの館』。
2つの館に相違点を探す方が難しいかもしれない。
もしかすると館とはどこも同じ作りになっているのだろうか。
後日にルルから聞いた話では、たまたま良く似ているだけで似ているだけだったらしいが、今の時点の感想がそうなってしまうのは無理がないだろう。
支配人だけが集まった部屋には3つの影があった。
1人は、この館の支配人。
名前を『ケーニッヒ』と言うらしい。
そのケーニッヒは目の前のベッドに体を沈めたままで、起き上がる事すら難しい状況にも関わらず口だけは、それを感じさせないほど雄弁に動いていた。
「よく来てくれました。今回の申し出を受けて頂き誠にありがたく思います」
口調とその姿から推測すると年はルルよりも上。スポーツをやりますからと散髪を終えたばかりに見える程に短い黒髪。顔は青春してますと言わんばかりの好青年。切れ長な瞳が印象的と言えるが、残念ながら今はその瞳に力が見られない。
「何を言っているんだ。困ったときはお互い様じゃないか。こんな僕でもよければ手伝わせてもらうよ」
お決まりの様な臭い言葉を口にしたのは、こちらと別に救援に駆け付けたと思われる、もう一人の支配人。
名前は『タンドル』と名乗っていた。
ブロンドの髪を伸ばした姿は冒険者というよりも貴族。
一見凛々しいと思われる装備と風貌だが、どこか場違いに感じる。
実用性よりも見た目を重視している事は丸わかりだ。
「正直、俺の方は支配人としては駆け出しで、どれだけ力になれるか分からないが出来るだけの事はやらせてもらうつもりだ」
俺は正直に言葉にする。隠しても無駄である。
同じ支配人同士なら、スキル『サードアイ』でステータスなんてばれてしまう。隠すだけ無駄と言うところ。
「駆け出し……レベル1の支配人とは流石に驚いたね。噂では就任早々にダンジョンを1つ攻略したと聞いていたが何かの間違いだったのか?」
ケーニッヒの驚きは当然だろう。
レベル1で攻略なんてありえないし、レベルアップしている様子がなければ本当は何もしていないからと思われても仕方がない。
「レベルドレインって魔法のせいで、こうなったと言えば理解してくれるか?」
間の説明をかなり飛ばしているが詳しく話せばウォペの事を隠せるかどうか難しくなる。下手な説明はややこしい状況を生み出しかねない。簡潔に応えるに限る。
「あははははっ! そりゃ酷い目にあったんだねっ! 君は随分と面白い支配人のようだ。しかし、レベル1とは、ぷぷぷぷ」
どうやらタンドルの方は随分とご機嫌なようだ。ただし、見下した視線と隠しようのない嘲笑が混ざっている事は誰にでも分かると言えた。
「その程度にして欲しい。タンドル殿。私達も成し得た事のない攻略を彼が1つやり遂げた事は間違いない。もう少し敬うべきだ」
「何かの間違いだと思うなぁ~。だって就任3日でなんて歴史上で最も早い攻略じゃないかい? それをこの目の前の男がね~」
俺はタンドルという支配人を嫌いな人間リストに加えた。
確かに色々と偶然が重なりあった奇跡的な結果だった。実力だけで勝てたとは俺自身も思っていない。
ただ人間的に、こいつとは合わないという判断に至った事は俺の責任ではないだろう。
「運が良かったと思ってくれて構わない。今回もその運が続けば力になれると思う」
大人の対応。
元の社会生活では、この程度の挑発や嫌味は日常茶飯事。粘着質なクレーマーなどに比べれば可愛い方だ。
「その運というのはクロス殿に依頼する内容にはぴったりだと思います」
「ぴったりだって? そもそもこちらが受ける依頼の内容は一体なんなんだ?」
「はい。討伐方面はタンドル殿にお願いする予定です。クロス殿にはアイテムの回収をお願いしたいと思っております」
「アイテム……?」
「私達の解毒に必要な『寿望の実』と言われる果実を取ってきて頂きたいのです」
「解毒? 見た様子では、それほどひどい毒に侵されている様には見えないが?」
ベットの上で対応している状況とはいえ、会話も問題なく表情にも苦しさが現れていない。放っておいても治るのではないかと思えるほどだ。
「確かにそう見えても仕方がないと思います。実はこの毒はかなりの遅行性で直ぐに死に至る事はありません。しかし実際は下半身から徐々に侵されていき、3日ほどで内臓まで届きます。そこまで至ると後は長くありません。既に足はいう事をきく状態ではなくなっているため、今回の救援を出すに事になったわけです」
俺達の役目は戦闘がメインではなく期間内にアイテムを回収してきてほしいという事。
確かにそれだけなら可能かもしれない。
しかし、彼は間違いなく自分よりも上位の支配人だ。その彼ですらこの様。不安の方が強いのは当然だ。
「俺のレベルは、もう既に確認しているんだろう? 俺の仲間も俺と差がない戦力だと聞いても同じ事が言えるのか?」
ハイネが多少は高いとは言っても魔法が使えなくなった状態であり、どれくらいの戦力になるかは未知だ。全員がレベル1と考えて行動した方が取り返しは効く。
その言葉に口の端が持ち上がるタンドルがウザイが仕方がない。
「全員ですか……それは予想外ですね。では、こちらの館から1人お貸ししましょう。残念ながら主力組ではありませんから大した戦力にはならないでしょうが種族特有スキルがありますし、もちろん、『寿某の実』までの道も案内できると思います。戦闘以外では十分に役に立てるはずです」
「種族特有スキル?」
初めて聞く言葉だった。言葉から考えると自分と同じ人間ではないのだろう。そして種族によっては特有スキルがあるのは新しい知識。
「ミスト! 入ってきてくれ!」
この館がアビスの館と規模が同じであれば広い。少なくても多少声を張り上げたところで別の部屋に届くとは思えなかったが――そのミストと呼ばれる人物は違うようだ。
「なるほど、あの種族なら確かに探索系には向いている。君のような支配人にはぴったりだよ」
口調は普通に聞こえるが表情は先ほどと変わっていない。完全に見下している人間の眼。
「最悪、君たちのパーティーに危険が迫った場合には『囮』として捨ててくれても構わない」
紳士だと思われたケーニッヒから出た『囮』の言葉に眉を寄せてしまう。
その意味から考えれば、その種族の命を安く扱っているようにしか感じない。
「一体、その種族は……」
「ケーニッヒ様。お呼びになりましたか?」
「ああ、入ってくれ」
扉の外からの声が俺の質問を途切れさせた。しかし再度質問するまでもなく、その答えは入ってきた。
その姿は間違いなく――
(ネコ耳……?)
その姿は人型でありながら、尻尾と頭上に耳が立つ種族。先日、収監所で見たジェロにどこか雰囲気が似ている。違うと言えば――
「彼女が人狼族のミストだ。好きに使ってくれて構わない」
彼女。つまり女性だ。
すらりと伸びた猫を思わせる曲線美を兼ね揃えたスタイルは人間のモデルでも敵わない美を持つ。薄手の装備がそれを更に強調させている。灰色のショートヘアに砂漠を連想させる瞳の色が特徴的だった。
「頑張らせて頂きます。どうぞ――ふにゃっ――」
挨拶と共に彼女は俺に一歩近づこうとして絨毯に足を引っかけて転んだ……。
無様な声は人狼でなく猫そのものにしか聞こえなかったのは気のせいだろうか?
「どうぞ……よろしくですぅ……」
彼女、ミストは突っ伏したままで言葉を続けたのだった。




