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支配下で支配人がダンジョンを支配する  作者: 雪ノ音
異界の空
34/46

世界の都合

 日は既に傾いていた。

 同じように傾いた光から伸ばされる影は、ボロボロに成り果てたクロスまでは表現しない。

 ウォペからの指導と呼ばれるイジメから解放されたのは数分前。

 レベル2程度の魔法では痛む事のない丈夫な上着が今は恨めしい。


「ちょっとやりすぎだろ……ウォペの奴」


 独り言に応える影はない。

 実行犯は満足したのように満面の笑みを浮かべて自室へと戻った後だ。

 その彼女が去り際に口にしていた言葉がここでクロスが疲れで倒れる事を阻止している。

 それは自身としても気にしていた「ハイネを何とかしろ」という言葉。


 ウォペをダンジョンに連れていく事が出来ない現状では、間違いなく最高戦力。

 冒険者ギルドへ行って高レベルの冒険者の確保が簡単でない事を理解した今となっては魔法が使えなくなったとはいえ、格闘家アビリティを持つ彼女は未知の可能性を残している。それはブーストした状態で直接、拳を受けた自分だからこそ良く分かる。

 ただし何を言えば彼女にきっかけを与えてやれるか、そちらは分からない。


「とりあえず、会ってみるしかないか」


 応えてくれる相手を期待していたわけではないが、自身に言い聞かせるように口にして稽古場を後にした。



 ◇◇◇



「ハイネ。俺だ。入っていいか?」


 彼女の部屋の扉を前にして放たれた言葉に返事がない。予想通りの結果だ。

 意を決したように扉を開ける。待ってばかりはいられない。前に進む時間は必ずやってくるのだ。

 しかし、扉を開けた俺は準備していた心に動揺が走る事になった。

 

 彼女は開けた扉の目の前に立っていた。

 その姿は白のネグリージュ。薄すぎるそれは下着を映し出してしまっている。

 当人はこちらの視線については何も思っていないのか、瞳には感情が見られない。


「クロスさん。何か御用ですか?」

「ハイネ……上に何か羽織ってくれ。その姿で男性を迎え入れるのは問題があると思うぞ」

「減る物じゃありませんし、どうでもいいんですよ」

「俺が目にやり場に困る。だからお願いできないか?」


 下着を見られたからと拳を振った彼女ではなくなっていた。

 そんな彼女に魅力が失われたと思う自分はMなのかもしれない。

 それでも彼女は俺の懇願に応えるようにシーツで自身の体を包んでベットに座り込んだ。

 ただ逆にそれがエロスが増したように見えてしまう事に少しだけ恥を感じつつも本題に移す。


「ハイネ。君はこの町の異神を強く崇めていたのか?」

「あはははっ。私は元々この町の人間ではありませんから、異神を心から崇めてことなんてありませんよ」


 ハイネは何が可笑しいのか、笑った自身でも理解してない様に表情に笑みはなかった。

 しかし、この町の人間でもなく神を崇めていないのに、あの収監所で否定された時から続く彼女の落ち込みに説明がつかない。

 

「君は一体……? いや、過去に何かがあったのか?」

「それ聞くんですか? いいですよ。もうどうでもいいですから。私の住んでいた村では精霊を祭っていたんです。神を否定するわけでは成りませんが、村に神は何ももたらしてはくれませんでしたから。そんな村に彼等は来ました。そして「なぜ、この村は異神を崇めてい居ない!?」と糾弾し始めたのです。村は戸惑いに包まれました。そんな私達にこう言ったのです。「ここが異教徒の町であるなら殲滅する必要がある」と。そして私達からの反論は全て封殺されました。村に残されたのは道は1つでした」


 淡々と感情も込めないで続いた言葉がそこで途切れる。

 それはこの部屋に来てハイネが初めて見せる心の揺らめき。

 そこにあえて口は挟まない。彼女のタイミングで話し出すのをじっと待つ。




 ようやく彼女は全身に力を込めて硬い表情で口を開かせた。


「当時、村の巫女。つまり精霊の巫女だった私の姉が、異教の巫女として全ての責を負い処刑される事になったのです」


 重い口から、それを絞り出した瞬間からハイネの瞳が揺れ始める。


「姉以外が異教徒でない事を証明するために、村に課せられたのは家族による処刑でした。父も母も荒れ狂いました。村の人々はそんな2人を村から離れた牢獄に閉じ込めたのです。そして残された私に役目は回ってきました。私は……私は、この手で張り付けにされた姉に……火を放ったのです!」


 既に彼女の頬には、いくつもの熱い物が流れた筋が残されている。


「姉は身を焦がされながらも声も上げませんでした! 焼ける匂いが充満して……黒く変化していく中で姉は私を見つめ続けていました! 私を攻めればいいのに! 1つの声も上げる事無く……!」


 感情の洪水は顔だけでなく全身にも伝わり、小刻みに震える左手を右手で抑え込むように彼女は続ける。


「全てが終わった後に、父と母は私と距離を取るようになりました。そして数か月後に2人は村から出て行きました。私一人を残して。村で私は完全に孤立しました。だから私は村を出る為に冒険者になる事を決めたのです。元々、魔法使いとしての才能があった私が魔法使いを目指す事は自然な事でした。家に残された書物から独学で魔法を学び、1人で山に籠り狩りを続けてレベルを上げて……ようやく村から逃げ出したのです。そして、あの日にクロスさんと出会いました。もう過去に振り回される事はないと思っていたのに……クロスさんもっ、あの2人もっ、私が姉を殺した事を否定したのです! 私がやった事はただの殺しだと!」


 感情の決壊。

 もちろん、ハイネの過去なんて誰も知るわけがない。当然ながら否定したつもりない。

 しかし、あのやり取りが彼女の中では過去の思い出と重なり合っていたのかもしれない。


 異教として拷問されながらも助けられたライブラの弟。

 異教として実の姉を手に賭けるしかなかったハイネ。


 おそらく彼女にあるのは「あの時、私も別の選択するべきではなかったのか?」という罪悪感。


 ただ足元へと顔を向け、床を己の溢れ出る物で濡らしつづけながら彼女は口を閉ざした。


「ハイネ……誰かが実行しなければ村は壊滅させられていた。違うのか?」


 言葉にはしないが瞳を隠すように閉じられる瞼。


「お姉さんは君をせめなかったんだろう?」


 認める様子はない。しかし否定する事もない。


「お姉さんが君じゃなく、もし村の誰かに処刑されたとしたら、君は村人達を恨み続ける事になっていたんじゃないのか。お姉さんがそれを望んでいたと思うかい?」


 今度はハッキリと力を込めた瞳がそれを否定する。


「お姉さんは君を他人を恨む人間にしたくなかったんじゃないか?」

「……!?」

「きっと君は異神を今でも信じていないんだろう。崇めていない、信じたふりを続けてきただけだろう。そうしなければ無意味にお姉さんを殺めた事になるから。でもね……無意味じゃない。それで村の人々の多くが助かった。それをお姉さんも望んでいたからこそ、声を上げずに耐えたんだろう。お姉さんの意思を尊重しただけだ――ハイネは何も間違った事はしていない」

「でも……私はこれから何を信じて生きて行けばいいと言うの? 姉は異神の名の下で異教徒として私が……」


 もうハイネは平衡感覚すら失ったように体が揺れている。

 まるで自分自身が形のない空気になったかのように。


「ハイネっ! 俺を見ろ! 神に染まっていない俺を! 俺を信じればいい!」


 俺の言葉で彼女は金縛りに合ったかのように動きを止める。


「ただ真っ直ぐに俺を見るんだ! 俺はハイネを裏切らない! ハイネを置いていかない! 一緒に進んでやる! 神だの異教徒だの惑わされるな! 自分の思った通りに生きるんだ! 必ず皆が支えてくれる!」


 輝きのなく落ちていたハイネの感情の粒に光が混ざる。そこに心の色が反映されたかのように。


「クロスさん……」


 ドッガーン!!

 落ち着き始めた空気を1人の魔神が扉を叩き開ける事でぶち壊した。

 すごく俺は良い事を言ったはずだった。なんていうか自分でも恥ずかしくなるくらいに。

 それがアサッリとS女の手によって。


「やはりここに居たか! クロスよ! 大変じゃ! 2人ともロビーに集まるのじゃ!」


 遠慮なく破壊された残骸から悪い状況をさとる。

 クロスは異世界の見えない風を感じていた。それは肌で感じるられない、心にを騒がせる風。そしてクロスにとっては向かい風になるのだった。

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