表裏惰性
「ええ~い! 一体何があったと言うのじゃ!?」
館に帰ったクロス達を迎えたのはウォペの一言だった。
それは当然と言えば当然の言葉。
あの爆発と閃光は町中の誰も聞こえていただろう。
それに見合会うだけの威力も発揮されていた。
もちろん、この館とて例外ではなかったのだ。
更に帰ってきた俺達は目的であったはずの少年を連れていない。ハイネに至っては怪我をしている様子もないのに、俺に手を引かれなければ立ち尽くしていそうなほどに生気を感じられなかった。異常な事態である事は誰の眼にも明らかだ。
「いろいろあった。何から話せばいいのか……」
「アイズは……助けてくれると言っていた、私の弟、アイズはどこなのですか?」
何処から話そうか迷いを見せる状況で一番聞かれたくない質問がライブラから飛んでくる。
「あ、ああ。あの少年は君の弟だったのか。アイズというのか、そうか……。たぶん、生きているはずだ。ただ俺達は助けられなかった。別の奴等、あの収監所を破壊した奴らが連れて行った」
「え? どういう事なんですか? なぜ、そんな人たちがアイズを連れて行くんですか?」
「すまない。これ以上は何もわからない」
返答にライブラは言葉を無くす。
まさかこの現状で『前支配人の時の住人』が全てやりましたとは言えまい。彼らが本当の所、何が目的なのか? 2人だけなのか? 他に協力者がいるとしたら、どういう集団なのか? 説明できない上に中途半端に説明したところでややこしくなるだけだ。
とはいえ、もしかするとルルなら何を知っている可能性もありそうだったが彼女も何も口にする様子はない。長年一緒にここで住んでいたのだろうから、きっと何かに気付いているはずだ。しかし、説明する気がない事だけはハッキリしていた。
「クロスさん……すいませんが今日は部屋に戻らせて頂きますね……」
ようやく口を開いたのはハイネ。その口は会話からの離脱を宣言する。
ここまでの様子を見ていれば、なんとなく予想できた言葉だった。
彼女は本当に町のルールを呑み込んでいたのではない。実際に異教徒の2人を見ても他の町の住民の様に無反応ではなかった。間違いなく、俺と同じように視線で追っていた。彼女は違和感を覚えつつも今日まで呑み込んだふりをして、口の中に溜めこんでいたのだろう。
思い返せば、最初に魔神ウォペに出会った時ですら彼女は粗相をしてしまったものの、あの状況で冷静を保つように耐えていた。きっと、我慢強い人間なのだ。でなければ、自身の胸をナイフで刺せなどと口に出来るわけがない。
納得できないルールの中でたえて耐えて堪えて、心の中で誤魔化し続けたはずのそれがジェロ、シェル、そして俺の言葉で崩れてしまったのだ。
今の彼女は何を信じていいのか分からなくなっているのだろう。
(今はそっとしておくしかない)
結局、ハイネは誰からの返事を待つ事もなく自室へと戻ってしまった。
「ハイネの奴まで……なかなかややこしい状況の様じゃな」
「次の攻略突入まで少し時間がかかりそうだ」
「そのようじゃのぉ」
今、館の歯車は止まってしまったのだった。
◇◇◇
数日後――
ハイネは自室から最低限の時しか出てきていない。
ルルは以前にも増して無口になった気がする。
ライブラはただ、無為に時間を過ごしていた。
俺は館にある稽古場でウォペと2人だけの時間を作っていた。
もちろん「卑猥な事をしていたわけではない!」と断言しておこう。
唯一、誰にも邪魔されない場所がここしかなかったのだ。
「あれから時間が経過したが、変わらず館内がダンジョンの深層階の様に重いのう」
表現が魔神らしいと言えば魔神らしいが適切に表されている気もする。
「参ったな。ちょっと厳しい状況だ。このままじゃ攻略どころじゃないぞ」
「お主、本当の所は収監所で何があったのじゃ? ああ、心配するなアビスの奴は館にはおらん。聞かれる心配はなかろうて」
「気づいていたのか」
「そりゃあ、私の旦那さまの事くらい手に取るようにとはいかんが、ある程度は分かっているつもりじゃ」
つまりは俺と同じく、ウォペもタイミングを見計らっていたのだろう。
「お前には聞きたい事も色々あったからな。それが聞ければ多少、何かが見えてくるかもしれない」
「ほうほう~。私に興味を持ってくれるとは嬉しいかぎりじゃっ! 耳にした噂よれば、人間の男は女性のスリーサイズに興味があるらしいのう。貴様もこの美貌に興味があるのじゃな!?」
「違う! そんな話じゃない!」
もちろん、興味がないわけではない。一般の男性と同じく綺麗な女性に興味があるのは事実。魔神という種族(?)が違う相手とはいえ、ウォペは人間の世界に混ざったとしても10万人に1人いるかどうかの美貌だ。そりゃ……おっと、話がそれたようだ。
「分かっておる冗談じゃ。収監所に居たのは、ここの元住人じゃろうて?」
「やっぱり、分かっていたのか?」
「まあのぅ……。あんな事は相当のレベルの奴らでなければ出来ん。どこかの館の住人が、あれほど大胆な事をやるのは無謀。となればフリーの奴等じゃ。自然と答えは絞られてくる」
「確認できたのは2人組だった。ジェロとシェルと名乗っていたが心当たりは?」
「生憎、敵対していた奴らの名前など気にした事もない。しかし、相当な力の持ち主じゃった。当時のわしは『レベル90』を超えておったが、それにかなり近い。『70前後』はあったのではないか。その後、私は罠に嵌められ弱体され、配下の『使徒』は全滅させられたのじゃが、奴等ならあの程度の破壊はたやすいじゃろうて」
何気なく出た、レベル70と90の言葉に戦慄する。それは途方もない高み。ゲームの世界などとは違う。レベルの大事さを身をもって知っているからこその感情。
しかし、それ以上にクロスに衝撃を与えたのは『使徒』の言葉。
「ちょっと待ってくれ。今、お前が口にした『使徒』……フォルネウスだけじゃないのか? お前の配下にも使徒が?」
ウォペと繋がりを持つことになった『フォルネウス』。今、その影を踏む時間へと突入しようとしていた。




