逃亡の先にあるもの
ただ森へと向かう。
振り返るのが怖い。
奴と目が合えば、気が変わって攻撃してくる気さえしてくる。
そもそも「館の支配人」などに、何故なったのだろうか。
俺を召喚した男は『前任支配人』。
そいつはダンジョンでの戦いで致命的な怪我を負い、既に戦える状態ではなかった。
そのまま『支配人』が死ねば血族へと使命が受け継がれる。
つまりは自身の子供に役目が引き継がれる事になるという。
男は判断したのだ。「娘は後継者としては力不足」だと。
男が導き出だした解決方法は、力ある人間を召還して『支配人』を託すこと。
館のダンジョンを管理する『異神アビス』は男の方法を了承して、その方法の為に力を貸した。
代償として要求されたのは、男の肉体と精神。
男はダンジョンの攻略をする為に、娘を守る為にそれを選んだ。
そして召喚されたのが俺『十文字 道夫』。現在は『クロス・ロード』。
確かに子供の頃は天才だの神童だの言われていたが、大人になってからはただの人だ。選ばれた基準が分からない。
だが力ある者と判断されて召喚されたからには、何らかの可能性を秘めているのかもしれない。
俺にとって迷惑なのは拒否する権利はないに等しかった事。
その拒否権を剥奪した方法がひどかった。
それはダンジョンを封じる為に存在する『アビスの館』に俺の命が融合された事。
これがやっかいで、俺が死ねばダンジョンの封印が解かれて、その主である『魔神』達が地上に出てくる事が可能だと言う。
そしてその逆も同じ。『魔神』側の力が強くなれば、ダンジョンの主が出る事がなくてもダンジョンからは、その配下の魔物達が攻めてくる可能性がある。もちろん、それで館が破壊されれば俺の命の保証も出来ないと言う。
逃げても無駄。自分の命は自分で守れという事である。
唯一、前向きな点は『支配人』特有のスキルだが、初心者魔女のハイネだけではやはり効果は薄い。
まさかそんな状態で魔神の待ち伏せに合うとは酷い展開である。
異世界に慈悲はないのかもしれない。
初めてのダンジョンでレベル『1』とレベル『11』の2人。
入口は魔神に抑えられ、逃げる先はダンジョンの奥の森の中。
始まって、いきなり終了のお知らせが届きそうな状況。
「クロスさん! あそこから森の中に入りましょう!」
走りながらハイネの指差す森の切れ目は、獣が通った後の様に道筋が見えている。いや、普通に考えて獣道だろう。悪い予感はするが選択権は自分たちにはない。
「分かった! 森に入ったら一度作戦を!」
こちらの提案に頭を縦に振る事で了承を示すハイネ。
(まずは今後の計画が必要だ)
しかし、悪い予感はあたる事が多い。
森に飛び込んだそこに待っていたのはゴブリンの集団。
少なくはない。ざっと見ても20匹はいる。
「うそだろっ!?」
「クロスさん! どうしますか!?」
どうすると言われても逃げる退路はない。逃げてきた元の場所にはダンジョンの主が待っているだけだ。まさか魔神に「ちょっと逃げる方向間違えたので通してもらえますか?」などと言って、通じるような相手ではないだろう。遊び心もそこまで広いとは思えない。
ただ、驚いているのは俺たちだけではなかった。
ゴブリン達の混乱は大きく、統制がとれていない。
計らずして奇襲に成功した状態だ。
(やるしかないっ!)
「このまま攻撃を仕掛ける! 援護を頼む!」
「分かりました! 前はお任せします!」
魔神には全く役に立たなかったハーフブレードと魔法を帯びたナイフ。
この武器は前任者が残していた武器だ。女性でも使える武器。つまりは自身の最悪の場合に備えて、娘にも使える武器は準備してあったという事だ。
それを己の武器にしてダンジョンに突入しているわけだが、選択としては間違っていなかったと思っている。
なぜか?
使った事もない武器は重石にしかならないからだ。
例えば片手剣であっても刃が70センチもあれば、ゆうに3キロを超えてくる。
そんな物をサラリーマンをやっていた自分に振り回せるわけがない。
しかし、一般女性でも使える程度の武器なら問題は小さい。
そして、学生の頃に剣道で二刀流に挑戦していた自分には、この選択は当時の感覚に近い。
(いや、防具をつけていない分だけ軽いっ!)
森に入った時のスピードを維持したままで、一番近いゴブリンの胴と頭の間を横殴りにハーフブレードを滑り込ませる。
混乱の収まりきらない相手は武器を構える事すら出来ずに、まともに首に挿入された刃は一瞬で命を奪う。
自身を回転させる力でナイフを引き抜き、次の敵も同じように刃の餌食にする。
ゴブリンは人間よりも一回り小さい。
その体格差は戦いでは大きく有利な状況をつくれる。
左手のナイフを勢いのままに隣のゴブリンに突き刺し、刃を引っかけると、回転の遠心力を利用して投げ飛ばす。
投げられた先に居るゴブリン達は巻き込まれて更なる混乱を引き起こす。
「ハイネ! あの集団に魔法を!」
既に魔法を唱え終わろうとしているハイネは、それに反応するようにターゲットに向く。
「プロメテウスの力、ピュアフレイム!」
魔神の炎に比べれば小さい。
左手に収まるナイフの魔法無効化が通用するレベルはこれくらいかもしれない。
それでも一塊になって身動きが取れずにいる彼らには逃げようのない状況。
集団命中。
ただ、放たれた炎に包まれたゴブリン達が消し炭になるような強さは示さなかった。ハイネの魔法が力不足と言えるかもしれない。
しかし、それが結果的に良い効果を生み出す。
彼らは炎に包まれながらも仲間に助けを求めて、別の仲間の元へと走り出す。
火の玉となった仲間から逃げるようにゴブリン達は崩壊していった。
その中でも冷静さと統制を取り戻せたのは5匹。
中でも一回り大きな奴がボスと見ていいだろう。
残りはボスを守るように立ちはだかっている。
「上手く行きすぎて自分でも怖いな……。と言っても、ここからが本当の戦いだろうがな」
相手の虚を突いた混乱に乗じた先制攻撃。
戦闘力の差はそれほど関係がなかった。
しかし、ここからは単純に2対5の戦い。
相手との距離を測るようにしながらも、心の中でサードアイ(ステータス計測)を使用する。
種族『ゴブリン』
レベル『11~13』
戦闘力『低い』
使用魔法『なし』
スキル『集団』
その他 『獣道を巡回する者』
種族『ホブゴブリン』
レベル『15』
戦闘力『高い』
使用魔法『なし』
スキル『統制』
その他 『獣を束ねる者』
ハッキリとレベルが認識できる。
どうやらレベル差が小さければ得られる情報が多いらしい。
先ほどの魔神のように、レベルが『とても高い』なんて絶望的な差ではない。
「レベルは俺たちよりも、ちょっと高いみたいだな。手前の奴らが11~13で奥のボスが15だ。なんとか行けそうか?」
「厳しいと思います。でもやるしかないんでしょう?」
「その通りだ。でもさっきみたいには行かないからな。自力での勝負だな」
不意打ちではなく、がっちりと噛み合った状態。
人数が違う上に、相手の方がレベルは高い。
こちらの戦力はハイネがレベル11と、俺がレベル1+ハイネの分が加算されてレベル12。
魔女の戦闘力というのが、どれだけ加算効果があるか疑問ではあるが、レベル1の俺には大きな加算になるはず。それにこちらには魔法と刃物の武器がある。ゴブリン共には棍棒らしき物があるだけだ。一撃離脱の重視と魔法の援護があれば問題ない状況だろう。
「とりあえず魔法を打ち込んでくれ、そこへ俺が……」
「無理です」
「俺が……って、えっ?」
「まだ魔法のリキャスト中です」
「そんなのが必要なのか!?」
「十分に私の魔力が杖に吸収されないと次は無理です」
あっさりと作戦は崩れた。当分の間は魔法なしで前衛は俺だけの状態という事実。
「なるほど、これはまずい事になったな……」
背筋を冷たい物が流れ落れ落ちていった。
剣道の防具って、すごく重たいですよね……
小学生の頃に体重の4分の1もあるこんなもの付けていたら動けないよ~~って苦労していた事を思い出します。
そして挑戦して諦めた二刀流。だって、教えられる人いませんもの……
というわけで当時の思いをクロスさんに叶えてもらい事にします(笑)