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支配下で支配人がダンジョンを支配する  作者: 雪ノ音
異界の空
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臭いは雄弁に語る

 収監所の中は風の流れる音すら耳に届かない静寂の中心と錯覚する程の状態だった。

 そのせいもあってか、臭いに敏感になってしまっている嗅覚が恨めしい。

 生臭いと言う言葉の意味を考えた事はあるだろうか?

 単純な言葉だけに捉え方はそれぞれである。

 魚の臭い、腐りかけた臭い、血の臭い。

 どれも間違っていないし、どれも正解だとは言い切れない。簡単なようで難しい表現。


 そして俺が今感じている生臭さとは、『生きていた痕跡の臭い』だ。

 収監所に満たされているものは、それが一番適切な説明と断言できる。

 1つの組織が入る程の大きさを要しているとはいえ、俺達が入って、しばらく時が経つが誰も出てくる様子がない。

 もちろん、出迎えを期待していたわけではないが、何らかのアクションがあってもおかしくない筈なのに、その動きが見られない。いや、動ける者がいないと判断した方が正しいのかもしれない。


「どういう事でしょう? 誰も居ないなんて考えられません」

「引っ越したなんて事はないだろうと思うが」

「先ほどまでは誰かが居た形跡は見られます。何よりも『この匂い』は……」

「ここで処刑や拷問の類が行われているとしても、ちょっと臭いすぎるな」


 会話が始まっても、やはり誰も出てくる様子がない。それは普通の状況でない事を連想する。


「ルルはここで待っていてくれ。ハイネは俺と一緒に来てくれ」

「分かりました。ここでお待ちしております」


 ここからは戦いに身を置く者の領域と判断。体でなく心に感じる冷たい空気がそう伝えてきている。


「ハイネ。それなりの準備はしておいてくれ」

「魔法は使えませんが、この手でもある程度は出来るとは思います」


 そのある程度を俺は身をもって体験している。それがある程度のレベルでない事も。

 空気の流れが止まってしまった目の前の部屋にクロスの手が流れを再開させる。


 中は事務所だったのだろう。多くの書類がちりばめられていた。

 内容は難しくない。ある数と一致しているだけともいえる。ここでは重要なものではないのかもしれない。

 それは生きていたであろう人の数に比例していたからだ。

 異教と言うだけで罪とされ過去の物にされた人々の生きていた証。

 今はこの紙切れが記録として残されているだけ。

 相手が分からない。相手が見えていない。誰を相手すればいいか分からないが怒りだけは湧いてくる。


 背後を歩くハイネも同じとは言えずとも、何かを感じている事は眉を寄せる顔からも感じ取れる。それは死者への嫌悪か、それを行った者への別の感情か。今それを聞く必要はない。状況が掴む方が先だ。


 部屋には更に奥へと続く扉が俺達を誘っている。

 人も声も音もないのに、この奥からは何かを感じるのだ。

 人はそれを心の警報と呼ぶのかもしれない。


「ハイネ。行くぞ」

「はい」


 開け放たれた瞬間に刺激されたのは目と鼻。

 収監所の本体とも言える空間がそこに広がっていた。

 ただし、その床は黒い染みと新しい赤に染め上げられていた。

 つまり、入った時からの臭いはここが発信源だという事。

 2人が2人ともに鼻を腕で覆う。

 そんな程度で防げるわけがない程の臭いでも、それが人の反射的な行動なのかもしれない。


「おっと、新しいお客がお見えか」


 誰も居ないと思われていたが、奥から場違いなほどに陽気な男の声が響いてくる。

 ただし陽気な声とは裏腹に、入口から伸びた光が映し出したそれは見る者に緊張を与える存在だった。

 クロスよりも確実に頭1つ以上抜け出した背丈。倍以上の太さで頭を固定する首。視線を合わすだけで凶暴性を感じ取れる瞳。そして頭上に生える耳……。


(頭の上に耳!? 獣人ってやつか?)


「アンタは、ここの役人なのか!?」


 こんな状況下でも平気でいるという事は、それだけ慣れているという事でもある。どこかに違和感を持ちながらも相手の返答も待つ。


「いやいや、全くちがうんだな。これが。お前の言う、役人だった奴等は奥で『物』になってるぜ?」


 その言葉が一層の緊張を俺とハイネを襲う。

 余りに新鮮すぎるとも言える床の赤は役人たちの物。生臭さの発生源もそれと考えていいだろう。目の前の男は、その発生源の詳しい場所を知っている。普通に考えれば誰の仕業かは道筋がつく。


「アンタがやったのか? 一体何者なんだ?」

「名乗って俺に何の得があるっていうんだ? お前の方こそ……って? この匂いはルルお嬢ちゃんの匂いじゃねえか?」


 明らかにこの場の空気を支配している男の口から出たルルの名前に、感情を抜かれたような表情になってしまった。


「おっと、どうやら間違いなさそうだ。って言う事は、お前は新しい『支配人』って事か。また随分と頼りのない奴を召喚したんだな、アビスの奴は」


 続いて出てくるアビスの名前。ここまでくれば間違いない。この男はアビスの館の関係者。となれば恐らくは――


「前任者の時の『館の住人』だったのか?」

「おっ、この短時間でその答えに辿り着くてことは無能ではないようだな。じゃあ、その無能でないお前に言っておく。今すぐにここから出来るだけ遠くに離れろ」

「どういうことだ? なぜ離れる必要がある? それに俺達はここに用があってきた。それを済ませない事には立ち去るわけにはいかない」


 そう。ここへは目の前で捕まった、あの少年を助けに来た。出来れば交渉で済ませるつもりだったが、その必要もないだろう。この状況が外部に漏れて、混乱が始まる前にやる事をやらなければいけない。


「何か盗むつもりなら期待出来ないぜ? まあ、支配人が盗人行為をするとは思えないがな」

「もちろん、盗みに来たつもりはない。俺達は助けに来ただけだ」

「助けに? もしかして、あの異教徒のガキか? 随分と危ない橋を渡るなぁ、今度の支配人は。そういう甘い奴は嫌いじゃないが渡せないな」

「どういうことだ? アンタたちはあの少年を狙ってここを襲撃したのか?」

「そういうわかじゃ……」

「何をやっているんですか!? ジェロ! さっさとやる事をやって行きますよ!」


 俺からの質問の返答は切られた。

 それを行ったであろう、新しい影がジェロと呼ばれた男の背後から声を荒立てて現れる。

 その存在は特徴的な耳が種族を示している。

 更に整いすぎた顔立ちが種族を確定させる。緑色の髪と翠の瞳を持つ女性。もちろん、かの有名なエルフで間違いないだろう。


「いやなぁ、驚け。アビスの館の支配人だった旦那の後釜が居るんだよ」

「ほほう……。この人間が。こんなところで会うとは何か運命でしょうか」


 勝手に話をすすめられるがついていけない。

 目まぐるしい変化に対応が追い付かない。

 しかし、その状況の中でも1つ。

 エルフの腕に抱えられている存在が目に入る。

 それは自分たちの目的であった少年の姿だった。

 こちらの視線を確認したようにエルフは語りだす。


「さて、時間はありませんが最低限の説明は必要そうですね」


 この状況がクロスには前支配人の手招きの様に感じるのだった。

新キャラの登場で大事な部分が抜け落ちていたので訂正しました。

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