少女がみる世界
クロス達の前に現れた少女はクロスにとっては『普通の風貌』だった。
深めにフードをかぶっているとはいえ、見え隠れする、やや日に焼けたような肌に黒髪に黒目。元の世界でも見覚えのある。自分と同じような人種。
(日本人?)
そして、一番気になるのは先ほど役人たちに連れて行かれた少年を連想させる服装。当然、この連鎖が偶然ではない事に辿り着くのは非常に容易だった。
「私達。つまりは複数。貴方は一人ではないという事ですね。先ほどの少年がらみでしょうか?」
淡々と分析結果の答えを口にするルルに、少女は怯える表情を生み出してしまった。
それが意味するのはルルの答えが正解である事。この子も異教徒であるという事だ。
「その通りです……。でも異教徒だというのは、色々と事情があるんです! 捕まる理由が私達からはなくなるはずだったんです!」
「しかし、先ほどの少年が付けていた首輪は間違いなく異教徒の証。そして貴方もそれを付けているはずです」
感情込める様子もないルルの言葉は少女を追い詰めていく。
既に瞳には潤いというには無理がある程に揺れている物が見える。
(ちょっと、これはルルがやりすぎだ)
俺は制する様に体をルルの前に移動させる。
それを理解する様に一歩下がるルルの姿は出来たメイドの様だった。
「俺の連れがやりすぎたようだ。何か事情があるなら聞くだけは聞こうじゃないか。でも、まずは場所を移そう。ここは人が多すぎる」
異教徒と言うだけで捕まる危険の中でする会話ではないと判断。
その言葉に多少の安心を得たのか、少女から絞り出すような声で了解の返事が得られた。
ただ、こういう時だけ息の合う2人が追尾型魔法のように言葉を向けてくる。
「うむ。お主はどうも甘いのぅ」
「誰にでも甘いのは何時か痛い目に合う事になりますよ」
予想をしていなかったわけではなかった。
どちらかと言えば、やっぱり来たかという思い。
俺は背後から聞こえる自称婚姻者達の声に耳を塞ぐようにして場所を変えたのだった。
◇◇◇
「じゃあ、聞こうか。何故、俺達だったんだ?」
場所を移して落ち着きを見せ始めた少女に疑問を投げかける。
「それは……先ほどの通りの人達の中で、あの子が捕まった時に唯一、足を止めた人だったからです」
「そうだったのか?」
俺自身に自覚はなかった。見慣れない光景に自然に足が止まったのだが、他の人間は見慣れた光景、もしくは見る価値のない光景だったかもしれない。
「その姿に少しの可能性を感じたのです。どうせ無理なら、その少しの可能性に賭けてみようと」
「見る目があるのぅ。ただの変人の可能性もあったのに、そんな賭けに良く出るものじゃ」
「ウォペ。少し黙っていてくれないか……」
ハイネもだが、ウォペはそれ以上に遠慮はない。
放っておくと少女の瞳がまた落し物をしかねない。
しばらくは口を閉じていてもらうに限る。
愚痴るように「クロスは私に意地悪じゃ!」と口にしていたが、ここは無視を決め込む。
「助けを求めるのはいいが、俺に君が想像しているような力があると思うのかい?」
「でも貴方は『館の支配人』なのでは?」
「「「「えっ!?」」」」」
この言葉には俺達4人は全員が驚きを隠せない。
「後を付けていたのか……?」
「あ、申し訳ありません。私は見えてしまうんです。他の人のステータスが」
「……マジか!? ルル! 『サードアイ』のスキルは『支配人』だけの特権でじゃないのか!?」
「ええ、そのはずですけれども……どういうことなのでしょうか?」
「私達の種族は生まれながらに特殊なスキルを持つ者が多いのです。私の場合は観える力……と言っても全てが見えるわけではないんですけど」
「つまりは、その能力で俺が『支配人』である事に気付いたって事か。でも俺が『レベル1』だって事は観えなかったのか?」
「えっ……? 『レベル1』ですか? そんなレベルの低い『支配人』の方なんているんですか!?」
少女の言葉からすると、どのくらい見えているのか微妙なところだ。
とりあえず、レベルが見えない事だけは確かなようだ。
それより問題は……俺の方である。
無意識から繰り出された少女の言葉は、俺の無防備なナイーブな部分に直撃して心に傷を残す。少女の鞘に入っていない言葉は危険である事を身をもって感じる。
(レベル1がそんなに悪いのか。ハイネにレベルを譲る前までは、一瞬とはいえ『レベル15』だったんだがな……)
「ああああっ! すいません! 傷つけるつもりはなかったのです! まさか『レベル1』だなんて思わなくて!」
更なる追い打ちが鋭い。
『レベル1』の俺の耐久力では危ない攻撃だ。
背後でハイネとウォペの失笑が聞こえてくるが、それに対しては怒りが湧いた。おかげでダークな部分にまで突っ込んだ足を引っこ抜く事が出来た。しかし2人には、いつか仕返しをするべきである事を記憶しておく。
「だ、大丈夫だ。ぜんぜんっ、気にしてないからっ」
「あ、は、はい。えっと、そちらの3人のレベルはどうなのですか……?」
(そこを聞くか。当然だよな。期待に応えれそうにはないが)
おそらくハイネの職業にも気づいているだろう。
ルルについてはどのように認識されているかわからないが、一番問題となるウォペの事に触れてこないという事は、間違えても元魔神とは認識されていないだのかもしれない。気にならないわけではないが、あちらから何も言わない限りは放置するに限る。
「残念ながらハイネ以外は戦力としては俺と差はないと思っていい。そのハイネも『レベル15』の魔女とは言え魔法は使えない」
少女の顔の色が抜けていくのが確認できた。まだ話は途中だと言うのに大丈夫なのかと心配になる。何といっても――
「ちなみにレベル以前に、俺達は君を助ける事を決めていない。何しろ助けるメリットを提示されていない」
「あっ。そうでした。でも今の私達に準備できるものなんて……」
その答えは予想できていた。
どう考えても裕福には見えない服装が全てを物語っている。
彼女に払える物はないのは明らかだ。
もちろん同情はするが、自分だけでなくハイネやルルまでも危険にさらす可能性があるだ。得る物がないのにそこに足を踏み入れるわけにはいかない。
「では、ここで話は終了ですね」
いつも以上に感情のない、ルルの横からの一言は少女の膝を地面に付かせた。
ただ、それで終わりを迎える事への反対派も存在した。
「いや、まだじゃ。そやつは十分に価値のあるものをもっておる」
終わりを迎えたはずの話に延長を申し出たのは、俺が黙らせたはずのウォペだった。




