金の支流
ギルドを出た4人が次に足を向けたのは金が生まれる場所。
もちろん、実際に生まれるわけではない。
戦いで手に入れた魔石を買い取ってもらう場所である換金所の事だ。
ハッキリ言えば、クロス自身はお金なんて全く持っていない。
前支配人の娘であるルルには「遺産を受け継いでいたりしないか」と聞き取り済だ。
答えは今の自分の財布事情からも想像できる通り、少々の装備品をルルに残してあるだけで、それ以外の物は全てを館の住民に退職金代わりにと渡したそうだ。
当然、退職の文字が示す通り、住民達はクロスが召喚される前には全員が館から退室したそうである。
前任支配人は言っていたという「この資産はこの仲間達と作り上げたものだ。その資産を仲間でない者が持つ権利はない」と。
言っている事はそれらしく聞こえないでもないが、全く関係ない人間を召喚して役割を押し付けておいて、「俺には何もなしかよ!?」と言いたくなるのは俺だけだろうか?
せめてもの救いは館の敷地内には食べる物に困らない程度の畑が残されていたくらいか。
「クロス様。申し訳ありません。私達親子のせいで苦労させてしまって」
「ルルが悪いわけじゃない。謝る必要はないよ」
心の中でどう思おうとも、父親の事で謝る娘に当たるのは流石に出来るわけがない。ある意味、このルルも神の支配下の被害者とも言えるのだから。今はない物ねだりよりも前を向いているべきだ。
「ところで、この魔石で魔物を作り出していたのはウォペなんだろ? 実はいくらでも生み出せますなんて事はないのか?」
これは今朝から多少の期待を持っていた事だ。
ウォペが住人になった事でお金の問題は解決してたりするんじゃないかと。
「期待を裏切る様で悪いが無理じゃ。まあ、人間共が知らぬのは無理がないが魔物を作り出すのも魔石を生み出すもの宝珠の方じゃ。あくまで魔神は宝珠を利用しているだけにすぎん」
「じゃあ、攻略したダンジョンに行って宝珠を使えばいいじゃ?」
「それは無理だろうて。私は王座から落とされている状態じゃ。それに攻略されたダンジョンの宝珠は力を失っておる。時間の経過とともに、あのダンジョンも消滅する運命にある」
全く予想していなかったわけではないが希望が砕かれる瞬間は心が痛い。
「クロスさん、私達も頑張ればきっと大丈夫です。ダンジョン冒険者は儲かる! これ常識ですよ!」
「そうなのか?」
「当たり前です。ダンジョンで手に入る魔石は市民の生活を支えている資源とも呼べるものですよ。ほら、あそこにある街灯だって、魔石の力を応用した装置になっています。ちょっとした魔石でも、10年は効果がもちますからね。当然、買い手も数多。そして消耗品ですから需要も尽きません。知らない事の方が驚きなんですけど、一体どこで暮らしていたんですか?」
(あれ? そういえばハイネに、この世界の人間じゃないって言ってなかったっけ?)
しかし考えてみると説明が難しい。
この様子だと異世界から召喚なんて話は理解できるとは思えない。アビスの行った事はこの世界の常識からも外れているのだろう。つまりは未知の世界。ジャングルに住んでいる原住民に、太陽系だの銀河だの言ったところで理解出来ないのと同じだ。
(こういう時はごまかすに限る)
「えっと、この空のずっと向こうから来たんだ!」
口にして気づくが適当過ぎである。
多少ロマンを含んだようにも思えるが、ハイネからは痛々しい視線が飛んできている。ロマンどころか頭の弱い子だと思われても仕方がない程に。
ただし、申し訳なさそうにしているルルは事情を知っているから当然としても、ニヤリと口元を崩しているウォペは何か確信をもったかのような表情だった。
(異神がやった事だ。魔神だって理解していても不思議はないか)
こうして、「世間知らずな男」というレッテルをハイネが突きつけようとする中、町の中心がここであるかのように換金所はその姿を現したのだった。
◇◇◇
換金所の内装は100人の職人が頑張っても、半年以上はかかるのではないかと言うほどに圧巻の作りだった。何よりも視界から外す事が難しい程に飾られた装飾品が、まさにここが世界の金の流れを作り出していると瞳で分からせる為の造りに思えた。
ダンジョン冒険者が儲かると言われても、ここはそれ以上の利益を出している事はそれだけで分かる。
当然、口から出る言葉は決まってくる。
「随分と換金所というのは、馬鹿みたいに儲かっているようだな」
「しー! クロスさん! ダメです! それを言っては!」
慌てたように釘を刺してくるハイネに、自身の何が「ダメ」だったのか理解出来ないとジェスチャーする。その俺の耳に口を寄せて説明してくる吐息が熱い……じゃなくて、説明の内容がひどかった。
この換金所を管理しているのは異神テミスだと。
換金のシステムを作り出した神であり、掟や法律をも支配すると言われている神。そして、最も人間の王族と関係も深いと言われていると。それだけに多数の国が異神テミスを主神として崇めており、悪く言う者は国家の敵と見なされる場合もあると。
神と言う言葉を抜きにして聞くと神だとは思えない神だ。いや、神の代行と名乗り正義ぶった国家の事を考えれば元の世界と大差ないかもしれない。
「でも神に金が必要なのか?」
元の世界の常識で考えれば、神とは人間の上位の存在である。
あちらでは人間が金をいうシステムを作り出し、それを巡って争いになる事さえあるというのに、こちらでは神がその金を管理する側にいるという。ただ神に金が必要なものだとは考えにくい。
「昔は人間同士で争いが絶えなかったのです。そこでテミス様が戦争を止める為には何が必要か考えたそうです。そこで導き出されたのが『金を神が管理する事で戦争も止められるのでは?』という結論です。つまりは戦争に必要である、お金がなければ大きな争いが起きないと。それ以降はテミス様がお金を支配する為に、この換金所を造られたと言われております」
理屈は分からないでもない。しかし、どこかしっくりこない。
「それで戦争はなくなったのか?」
「はい。全く無くなったわけではありませんが確実に減りました。その分、魔神たちとの戦いは拡大したとも言われてます」
「なるほど、ダンジョンに『お金』の元があるというわけか」
見方を変えると、人間が上手く異神の『支配下』に置かれているという様にも考えられる。つまり異神と魔神の戦いに人間を巻き込んでいるということに。
(やっぱり、アビスだけじゃなく異神自体が好きになれないな)
不信感を持ちつつも他の人間達と同じように背に腹はかえられず、クロスは魔石を換金する為にカウンターへと歩を進めるのだった。




