希望の空へ
俺達は初めてダンジョンの攻略を成した。
スタートしては上々と言っていい結果だった。
内容を知らない相手にとっては。
実際に館に帰ってきた自分たちに残されたのは、ハイネが『レベル15』まで上がった事と引き換えに魔力を失い、新しい戦力であるウォペも『魔神』という厄介な存在であり、俺自身に至っては『レベル1』のままという笑えない状況。
これで満足しろと言われても無理がある。
更にはダンジョン攻略の報酬はハイネの治療という形で支払われた。
本当の意味で手元に残っているのは魔石だけである。
ちなみに、ここは館の玄関。
今からその魔石を売り払い、ハイネへの報酬と次のダンジョン突入の為の準備をする必要がある。
明らかに前回の突入は準備不足であった事は十分に理解している。
なんといっても召喚された当日に様子見にとばかりに突入して、あの結果である。ダンジョンの怖さを身をもって知る事になるとは思いもしなかった。
「クロス様。お待たせいたしました」
声の主は『前館の支配人』の娘であるルル。
俺を召喚する為の契約をした男の娘である。
彼女は会った時から負い目を感じているらしく、必要以上に俺に気を使っている事はよく分かった。
蒼い瞳と蒼い髪が綺麗な少女だというのに、ネガティブな印象が全てを台無しにしていると言えるが、父親を失って代わり召喚された人間が、その父親の仕事を引き継ぎ、館の支配人として存在する事は彼女の心に重くのしかかっているのかもしれない。
当事者である俺が、それを取り除くのは難しい。
幸い、仕事はいくらでもあるだろう。体を動かしている事で何か変化を産む事になるかもしれないし、もしくは時間が解決してくれる事を願うしかない。
「気にしないでくれ。まだハイネとウォペが来ていない。もう少しだけ時間がかかりそうだ」
「さようですか。了承いたしました」
2人の間に静寂が流れる。
それは裁判の結果を待つ、加害者と被害者の様に。
「「 あの…… 」」
どちらからだろうか? 2人の言葉が重なり合い、互いの言葉が続きを引き止める。
「まったかのー! 主役の登場じゃ!」
声の主は紫色の髪を揺らす美女でありながら、本来は敵であるはずの魔神ウォペ。
その後ろを従者の様に着いて来るハイネには、まだ怯えがあるようにも見える。
「主役かどうかは知らないが、本当に魔神のお前が街中へ出歩いてて大丈夫なんだろうな?」
「先ほども話したはずじゃ。外の世界では魔神の力は発揮できない。何よりも見た目は、お主ら人間と見分けがつかんじゃろ? お主と同じ『館の支配人』でもなければ見破れまい」
簡単にウォペは言うが、この町にはダンジョンを管理する館が5つある事を確認済だ。それはつまり、クロスと同じ『館の支配人』が他に4人いる事になる。その4人に会わない確率はゼロではないのだ。彼らなら見破る可能性は十分にあるのではないだろうか。
「それに、いざとなったらお主が守ってくれるのじゃろ?」
俺を見つめるウォペの頬がほんのりと変化している。
自分で言って照れるとは本当に人間と変わりがなく感じてしまう。
「お前はこっちでは力が減少してレベル2だろう。もう少し緊張感が必要じゃないか? それに俺もレベル1だという事を忘れてないか?」
そう、彼女は外の世界では10分の1のレベルとなっていた。
レベル2は弱い。だが俺はそれ以下のレベル1。
頼みはハイネだが『魔法の使えなくなった魔女』が、どれだけ戦えるかなんて未知の世界だ。
「たぶん、大丈夫だと思われます。神の統治が行き届いている街中で支配人が争いをする事は、自身の館の神の名を貶める事にもなりかねませんから」
ルルからの指摘は前任者の娘の立場から見ていたからだろう。
支配人に成りたての自分よりも、よほど知識があると言ってよかった。
「なら同行を断る理由は見つからないな。でもルル、悪いが君も一緒に来てもらえるだろうか? 俺よりも知識の豊富な君が来てくれると助かる」
「承知いたしました。ご同行させて頂きます」
こうしてパーティーとしては初めての外出が始まったのだった。
◇◇◇
一歩館から出るとダンジョンとは違う軽い空気に生きている実感を感じる。
もちろん町に出るのは初めてではない。
こちらに召喚された当日にギルドに募集だけは依頼してきている。
その帰りに話を耳にしたハイネが「初心者ですが一緒に冒険をしたいんです!」と最初の1人として名乗りを上げてくれたわけである。
自分も初心者であり、自分よりもレベルの高いハイネからの申し出は断る理由がなかった。
その結果、様子見にと突入した、あのダンジョンでの悪夢に繋がったわけではあるが、あの時点でハイネが住人となっていなければ、ここに自分が居る事はなかっただろう。まあ、1人だったら突入自体しなかった可能性が高いかったかもしれないが。
とりあえず向かうのは、そのギルドだ。
あれから4日も経過している。
もしかすると応募が来ている可能性はある。
とにかく問題は山積みだ。戦力が多いに越したことはない。
次の攻略は前回の反省を踏まえて準備を怠るわけにもいかないのである。
現状の戦力として計算できるのは、レベル1の『支配人』たる俺と、レベル15の『魔法の使えない魔女』ハイネのみ。
一番の戦力ともいえるウォペは次回は戦力から外れる予定だからだ。
アビスとハイネから反対があったからというのもあるが、何よりもレベル1の俺がレベル22の魔神を制御出来るかと言われれば難しいと返事するしかない。
住人となったとは言え、やはり魔神であり敵であった事は間違いない。
気が変わって裏切られる可能性が零でない限りは安心して攻略に集中できないというのが最大の理由。
「しかしクロス、お主も心配性じゃのー。私が夫を傷つけるわけがなかろうて」
「いや、お前を妻にした覚えはないから!」
「そうですよ。クロスさんは責任を取って、私と結婚する予定なんですからね」
ハイネの言葉には否定し辛い。
本人からの申し出だったとはいえ、その事実から逃げる事は難しい。
ウォペと違って、結婚済を言い続けるよりは予定と言っているだけマシとも言える。
しかし、このまま話が進めば、自分にとって良い方向に向くとは思えない。
結論としては強引にでも話を反らすに限る。
「そんな事よりも次に仲間にするとしたら、どんなタイプが理想なんだ?」
強引だが命にもかかわる重要な質問。無為に退けるわけにもいかないはず。
「なんだか誤魔化されている気がするがのう……」
「大事な話を盾の陰に隠された気がしますね……」
(2人からの視線が痛い。そういう時だけ息を合わせるのは反則だと思う)
しかし彼女らも考える様子を見せ始める。
ギリギリ、なんとか誘導できたと言うところか。
「先日のダンジョンでクロス様自身は不足していると思ったのは部分は何なのでしょうか?」
ルルからの「求めるよりも何が必要なのか考えろ」と言う意味の言葉。
それは足りないものだらけで呆然としか考えてなかった事を認識させてくれる。
あの時に居てくれたら、もう少し楽になっていたと思われる存在とは?
単純に考えれば高レベルの仲間。
これは当たり前すぎる。そんな有能な人間がギルドでフラフラと仕事探ししているとは思えない。どこかにスカウトされているに違いない。
では、職業的にはどうなのか?
前回の様に持久戦とは言えずとも、長い冒険には必要と言えるのは回復役。居て困る事はない。
ただし、次は後衛を務めていたハイネが魔法が使えず難しい立場になる。当然、前衛へコンバートしてもらう事になるだろう。となれば、援護の出来る魔法系がバランスとしては良いのかもしれない。
(難しい……)
考えれば考えるほど自分たちの現状の苦しさが浮き彫りになるばかり。考える事を放棄したいと口にしそうになったとしても許してほしいところである。
「贅沢を言えば、高レベルで攻撃も回復も出来て、前衛も後衛……なんて無理に決まっているよな?」
「それはかなりの存在じゃな。冒険者ギルドとやらに、それだけの奴がゴロゴロしておるなら問題がないのう」
「現実的とは言えませんね。もはや妄想や夢のレベルです」
(お2人の息が予想以上に合っている様でナニヨリデス)
もちろん口に出すような失態は侵さない。息の合った女性の反撃の恐ろしさは現実世界でも経験済みだ。
「現実を直視するのも経験かと思われます。結局は応募がなければ選択肢すらございませんから……」
恐ろしい事を口にするルルの真面目な表情を見てしまうと、その現実に対する心の準備も必要である事を思い知らされる。つまりは初心者支配人とは、それ程に厳しいという事。ハイネが隣にいるのは奇跡にすら見えてくる。
結局、その後もクロス達は明るい希望を持つ事が出来ないまま、ギルドに到着する事となったのだった。




