意味を含んだ言葉
「お主、自分が言っている意味を分かっておるのか?」
どうにもクロスからの申し出は、ウォペにとっても予想以上に突拍子のないものだったようだ。
感情を含んだ顔は、ほんのりと朱に染まる程などだから相当に感情的になっているのだろう。
もちろん、館の住民に魔神を呼びこんで、それがブーストに効果があるかどうか賭けだ。
しかし、全く勝算がないとは思っていない。
召喚され時に、館の住民として受け入れれば、人間以外の種族であろうともブーストの対象者にする事が出来ると言われていた。その種族に神も含まれている可能性は高いと見込んでいる。
「何か問題でもあるのか? お前を館に受け入れれば勝ち目はみえてくるだろ? それとも神はブーストの対象外なのか?」
「館に受け入れられれば、もちろん魔神である私でもブーストの対象になるはずだ。確かに勝ち目は出てくる。しかし……」
「じゃあ、ここで2人そろってやられる気か? 心配しなくてもアビスの奴は俺が納得させる。後はお前の問題だ」
「先ほども言ったが、私は貴様ら人間に敵対するものじゃぞ? 恨みや怒りがないのか?」
(なるほど)
この世界の住民にとっては憎むべき相手なのかもしれない。敵と認識される者だろう。
ただ正直なところ、目の前にいる魔神について、善悪どころか敵としての意識すらも薄い。
突然、この世界に召喚されて、ダンジョン攻略を強制されて、何度も命がけで随分と格上の相手をしている。
俺にとっては異神アビスの方が、よほど鬼や悪魔に見える。
終始、ポーカーフェイス面のアビスなんかよりも表情の豊かな魔神ウォペの方が信用出来るに足る。
「俺は異神であろうが魔神であろうが知った事じゃない。そこに俺の意思が『反映』されていない。アンタを倒す為にアビスに強要されたんだ。元々、恨みも何もない。逆にアンタら魔神に恨まれて仕方がないと思ってるくらいだ」
「変わった人間じゃの。ただし、お主の相棒の魔女はどう言うかの?」
「くどいっ! 俺はウォペ、アンタが必要だ! 嫌なら構わない! 一緒にここで果ててやるよ!」
言葉に反応する様にウォペの瞳が大きく見開かれた。
「時間がない! 早く決めてくれ! 奴が出てくるぞ!」
既に黒い霧は薄れ始めていた。仲に包まれているゴブリンキングの姿が現すまで数秒もないだろう。
「俺を信じろ! アビスとハイネに何を言われようと、俺がお前を守ってやる!」
言葉を受けたウォペが先ほど以上に顔色が良く見えるのは気のせいだろうか?
「良いじゃろう! 貴様の申し出を受けてやるわっ! 貴様の館の世話になろうぞっ!」
ウォペの返答と共に、ウォペの存在が心に灯る。
それはハイネが住人になった時にも経験している感覚。
つまり、魔神ウォペはこの時をもって『館の住人』となった。
そして心のスイッチを切り替える――ブーストの対象を『魔女ハイネ』から『魔神ウォペ』へと。
体内に力が溢れだす。ハイネが相棒だった時は違う、圧倒的な生命力の本流。
レベル22の魔神が持つ、耐久力Aの意味が今が理解できた。
(生命があふれ出る……死ぬ気がしない!)
今の俺の『レベル10+22』と魔神ウォペの『レベル22』。
対する黒い霧の中のゴブリンキングが『レベル29』。
霧が晴れると同時に、力の解放先を求める両者は戦いを再開した。
既に結果の見えている戦いを――。
◇◇◇
俺達は既に館に戻っていた。
戦いは圧勝。
あの後、決着までには数分も掛からなかった。
レベル29とは言え、知性のかけらもない攻撃に苦労する事もなく、レベル差以上に楽な結果に終わった。
そしてダンジョンの新王であるゴブリンキングが討伐された事により、ダンジョンは攻略された。
ハイネは自室にウォペの手によって運ばれて、現在は治療を受けている。
クロスの手で運ぼうとしたのだが、女性の尊厳にかかわるとウォペに阻止された。
少し気になったのは、前支配人の娘である『ルル』が「私のサイズで合うかな?」と呟きながら、自身の部屋に何を取りに行ったことだろう。深く詮索すると恐ろしい目に合う気がしたので考えない様に努めた。
どちらにしろ、そんな事を考えている暇がないほどに今、館は緊迫していた。
「支配人クロスよ。答えよ。何故、ここに魔神ウォペがいるのだ?」
「まあ、色々あってね」
予想していた通り、異神アビスからの問い詰めは始まった。
「色々などという言葉で済む状況だとでも思っているのか?」
「さあね。俺が言われていたのはダンジョンの攻略だ。魔神を倒せとも封印しろとも言われていない。『命令通り』に攻略してきたのに、何の問題があるのか分からないな」
アビスからの質問内容としては怒りも感じ取れるが、実際に言葉に感情も込めている様子もなければ、相変わらずのポーカーフェイスも崩していない。淡々と部下を叱る上司の様だ。神のくせに小さい。
「魔神は人間に災いをもたらす者。人間の敵だというのにか」
「それは『お前ら』の都合だろうが。俺はこっちに来たばかりだ。災いなんて受けた覚えもなければ、魔神が敵だなんていうのは、他人の口から聞いただけの話だ。俺自身が決めた事じゃない」
「だが魔神たちが地上に被害をもたらしているのは事実。被害を受けた人間を、お前は納得させる事が出来るのか?」
「なるほど、そう来るのか。なら、こちらも同じ事を言わせてもらおうか。召喚されて戦いを強制される『被害』を受けた俺が納得しているとでも思っているのか!?」
アビスのポーカーフェイスが消える。
それはこの世界に来て、アビスが初めて見せるかもしれない感情。
「神に人間が従うのは当然でしょう。神無しで、この世界が成り立つとでも思っているのですか? 人間如きが神を非難するのですか?」
「神か……。俺の世界では、神を名乗る奴や神を名を語る奴が一番世界に混乱を引き起こしているんだよ。神という言葉を使わなきゃ相手を納得させる事も出来ないなんて笑わせる。随分と安い神だな。そんなに魔神を連れ帰ってきたのが納得できないなら、自分の手で決着つけやがれ!」
アビスの瞳が細められる。それがどんな感情なのか予想するのは難しくない。
(意外と感情を表に出し来てやがる……神とは絶対的なものではないのかもしれない)
「神同士が戦う事は禁じられています。だからこそ『支配人』や冒険者をダンジョンに送り込んでいるのです。魔神を討伐する事は『支配人』の役目です。それが出来なければ『他の館の支配人』から大きな非難を受ける事になりますよ?」
「そうきたか。それなら……!」
「待つのじゃ!」
俺の言葉を遮ったのは魔神ウォペ。ハイネの部屋へ行っていたはずなのに、いつの間にか隣に並ぶ形で存在感を示す。
「異神アビスよ。既に私はダンジョンの支配者ではない。我がダンジョンは攻略されたのじゃ。今の私を分類するなら忘神というところではないか?」
「亡神……忘れ去られた神という事ですか。過去に、その様な神が居なかったわけではないですが……」
「そして何よりも、1人の人間に私は求められた……求婚をなっ!」
(求婚……? 誰に?)
「婚姻はめでたい事として罪を1つを許されるはずじゃ! それが神であったとしてもな! 私は魔神としての過去の罪を許される権利を行使する!」
「確かにそのような過去の歴史はあるにはありますが、一体誰と婚姻を結んだと言うのですか? 魔神同士というのであれば問題外ですが?」
いやな予感がする。
ウォペの視線がこちらを向いている。頬を赤らめて。
それの意味する事を理解出来ない程、鈍い人間がいるとしたら尊敬に値する。
「この『支配人』クロスに、ここへ「引っ越して来ないか?」と言われたのじゃ! つまり同棲! そして「俺がお前を守ってやる!」と決定的な言葉も!」
ウォペの言葉に心当たりはある。
だが解釈が違うだけで、ここまで結果が曲がってしまう事に驚く。
(おい! アビス! そこで「ムムムッ」とか押されるな! さっきまでの勢いはどこに行った!?)
「ちょ、ちょっと待てっ! 俺が伝えたかったのはだな……!」
「分かりました。それでは仕方がありませんね。それほどの言葉を受けたとなれば魔神とはいえ、我が館の『支配人』と婚姻すると言う事であれば許さざる負えません。同じ女性として幸せを壊すのは心が痛みますからね」
事態は深刻な状況を迎えている。
完全に神達だけで進められる勝手な動き。
「いや、だから!」
「うむ。以前の事は水に流して、今後は宜しく頼むのじゃ」
「頼むじゃね――――――!」
もはやクロスの声を受け止める者は、そこには居なかった。
そしてこの日、新米『支配人』クロスのたった3日でのダンジョン攻略の一報が町を駆け抜けたのだった。
これで第一部は完となります。
ちょこっとエピローグは予定しています。
その後は、いよいよ第二部……のはずです。