加速
戦場に残された影は3つしかない。
2対1の状況は数だけで考えれば有利。
戦争で1万の軍と2万の軍がまともに戦えば、誰がどう考えても1万の軍は負ける。
数が多くなるほどに力とは平均的になり、1人当たりの強さなどは関係なくなるからだ。
そう、”普通は”数で勝負は決まる。
だが、1対2の戦いになると数などは当てにならない。
そこに必要なのは純粋な強さだけ。
そして、こちらは2の方にも関わらず弱者。
レベル差から考えても自分の攻撃が目の前のバケモノに通じるとは思えない。
自分とレベルの変わらない魔物達が、おもちゃの様に壊されていくだけの状況を目にしていた。
まともに戦っても無駄な事は明白。
出来る事が限定されれば辿り着ける答えは少ない。
「ウォペ! 攻撃は全て、あんたに任せる! 俺が暫く相手するから、その間にデッカイのを準備してもらえないか!?」
「いいだろう。通用するかは分からんが、準備に1分は必要じゃ。貴様がそんなに稼げるとは思えんが?」
「俺の予想通りなら交わすだけなら何とかなるはずだ!」
「よかろう。では1分間耐えてもらおうか」
もう返事はしない。
相手の意識を引き付ける為のスタートは、もう切っている。
あのバケモノに次の標的はウォペでなく、俺だと認識させなければ作戦は失敗だ。
その為に必要なのは超接近戦。
「おらぁぁぁ! 相手になってやる! かかってこいやっ!」
自分らしくない声を張り上げる。
元の世界でも上げた事のないレベル。
そうしなければ恐怖に負けてしまいそうな自分を鼓舞するために。
「ごほあぁぁぁぁぁ!」
奴も応えるように吠える。やはり、その声に知性は感じられない。
そして――
互いに相手へと向かい速度上げていく。
自身のやる事は戦いでなく、生き延びる為の綱渡り。
恐らく相手の一撃を食らえば未来はない。
失敗すれば、魔物達の様に魔石ではなく、血溜まり残す事になる。
こちらにとって有利な点は1つ――相手に理性がない事。
魔物の王は取り込んだ力のより、存在感と共に二回り以上も巨体化した体から、全ての力と体重を乗せた拳が振り下ろす。
圧倒的な攻撃力を乗せた無慈悲なそれは、正確にこちらの頭へと落ちてくる。
あまりにストレートでオーバーな攻撃。
そしてそれは、こちらの予想通り。
速球だけの野球の投手が打たれる事はないのだろうか?
130キロ。難しくないだろう。
140キロ。打たれる。
150キロ。コースが分かっているなら可能だ。
結局はそういう事。
だから変化球やコースを使い、駆け引きをする。
しかし目の前の獣と化した魔物の王にはそれがない。
つまり――交わせる。
攻撃対象を外した拳は陥没させるほどの勢いで地面を叩く。
同時に巻き起こる風がクロスの背筋に冷たい物を流れさせる。
(思った以上に強力だ……! あんなもん、まともに受けたら肉塊どころか骨すらも残らねえぞ!)
出来るだけ身を小さくして相手の脇を抜けていく。
相手をかすめるように……目的は相手への挑発行為。
回避を続ける。続ける。続ける。続けられる回避第一の行動は十分な効果を発揮していく。
武器を構えているのに攻撃をしてくる事はなく、自身の周りをうろちょろと動き回る相手に対して加速していく興奮に、振り回す腕は大振りになる一方だった。
問題としては、その動きが単調になっていく中で間違いなく込められる力が増している事。
そこから生み出される暴風は、湧き出る汗を蒸発させるほどに恐怖も増加させていく。
(こりゃ、かすっただけでも死ぬかもしれないな……)
命がけの回避行動も実を結ぶ時間は近かった。
(約束の時間は……)
しかし、一瞬の思考が回避を鈍らせた。
回避する為に足に込めたはずの力が地面から抜ける。
ゴブリンキングの攻撃は全くの無駄ではなかったのだ。
繰り返される地面へ直撃する拳の震動は、大地に地割れを起こし、接合を緩めて、そして液状化を引き起こしていた。
相手にこちらの隙を逃す様子はない。
今度こそ逃がすまいと、拳を握らず、掬い上げるように『平手』で攻撃範囲を伸ばしてくる。
こちらが出来る事は少ない。
上半身だけで背後に倒れるように体を反らせる事だけ。
次の瞬間――
俺は生きていた。
ただし、回避が成功したとは言えなかった。
ほんの少しだけ足りなかった。
拳でなく平手へと攻撃方法を変えたゴブリンキングの勝利と言うべきか。
感じたのは恐ろしいほどの加速感。
気づけば足元に地面はなく、視界は焼けた色に包まれていた。
(……空?)
完全に打ち上げられた状態。
大きなダメージは感じられないが、きっと着ている物のどこかに奴の手が引っかかったのだろう。
視界の端に、こちらの落下地点へと走り出す奴の姿が映る。
ここは空。逃げる方法など残されてはいない。後は落ちるだけだ。
(これは死んだかな……)
そして戦場に1つの悲鳴が響いた――