暴走
こちらの慌ただしい動きとは違い、魔物達はこちらの都合に合わせたかのように行動がない。
ただし、それが大きな勘違いである事が分かるまで時間はかからなかった。
そもそも、魔物達の視線は『こちらに向いていない』。向けられているのは己達の中心に生まれた新たな力。『ゴブリンキング』へ。
しかし、肝心の王に動きがない。
「どういうことだ? 明らかに戦力的にあちらが有利とは言え、何故動きがない?」
「簡単なことよ。王が戸惑っているからであろう」
「戸惑っている? 一体何に戸惑うと言うんだ?」
「お主は『支配人』としての力を最初から出し切れたと言えるか? そんな事はない筈だがのう。違和感、相違、限界。どれも体験した事がない事ばかりのはずじゃが?」
確かにその通りだ。
最初に感じたのは、いつもよりも体が軽いと思った事くらい。
実際に勘違いした捉え方で、ゴブリンに叩き伏せられている。
この戦場での戦いで、ようやくブーストの意味と使い方を理解し始めたぐらいだ。
視線の先に居るゴブリンキングが、いきなり100%力を出し切れるとは思いたくない。
「なら十分に勝機はあるって事だな?」
「うむ。そのはずだが……」
2人の会話を切り裂く存在が言葉を続けさせてくれない。
「ぬぐごぉぉぉぉぉーーーーーーー!」
それは意味もない、ただの音の暴力。
もちろん意味がなくても効果は現れる。
それは人、魔神、魔物だけでなく、ダンジョン内に大きな振動を起こす。
「な、なんだ!? 威嚇か!?」
両の耳を手で塞ぎながらも、それを生み出すゴブリンキングから視線は外さない。
「違う……あれは意思のない声。ただ己の力を抑えきれずに口から解放しただけじゃ。やはり少々まずい事になってきおったな」
「どういうことだ!?」
「レベルドレインでの強引な強化は、貴様らのスキルとは根本的に違う。元々、ホブゴブリンを生み出す為に用意した魔石で、レベル29のゴブリンキングを安定させるなんて無謀としかいえん。そんな力を与えられても精神力が持つわけがないからのぅ」
「つまり、あれは暴走しているって事か」
こちらとしては状況の移り変わりに戸惑いはあるが、それ以上に困惑を示しているのは周りの魔物達の方だった。
彼らにしてみれば、王として崇めるべき相手が、ただの獣へと変わろうとしているのだ。
獣が完全な暴走することになれば、自分たちも餌食となる可能性もある。それを命がけで見極めている姿は、こちらの存在すらも忘れている様にすら思える。
そして、それは何かに引っ張られるように訪れた――
ゴブリンの王は無造作に近くにいるリザードマンの首を片手で掴み、それを棍棒の様に振り回すと周りの魔物達に襲い掛かる。
魔物達は対応できない。
予想できていたとしても避ける事は出来ただろうか?
たぶん無理だっただろう。
レベル差は倍以上、ほぼ3倍に届こうかと言う差は抵抗を不可能にしていく。
叩き潰されたゴブリンだったものは、肉塊、肉片、部品へ変えられ、魔石へと戻っていく。
その暴走の姿は王者ではなく猛者。
「おい……ウォペ。全力のレベル29に見えるが、俺の眼がおかしいのか?」
「いや、間違っておらんさ。言ったであろう? 少々まずい事になったと」
「俺にも分かるように答えてくれ」
「御しきれない力により、精神崩壊を起こした。力のままに暴れる暴君となったというところか。つまりは知性は残っておらん。ただただ、力を開放するだけの存在じゃ。己の限界を迎える時まで止まる事はないだろう」
「じゃあ、意味も分からずにレベル29の力を吐き出しているだけって事か?」
「なかなかの理解力。ワシの配下にしたいくらいだのう」
「ずいぶんと呑気だが、勝てるのか?」
「やってみなければ分からん……」
2人の視界の先で魔物は雑草のように刈り取られ続け、残る魔物は1体になっていた。いや、それはゴブリンという枠を超えた、獲物を求めるだけの餓えた獣。
自分たちの状況は間違いなく不利。
魔法のナイフはハイネの胸に残されたまま。
残るハーフブレードで『レベル10+1』の自分は戦う事になる。
普通にやれば勝負にならない事は魔石と化した魔物達が証明している。
つまりは、レベル21の魔神ウォペとの協力でどこまでやれるかと言う状況。
「お主、何か隠された力を持っていたりしないのかの?」
「あははは……。その言葉をそのまま返してもよいか?」
そして戦場に人間、魔神、獣の影が交わる瞬間が訪れようとしていた。




