選択
何かが戦場に降臨した。
いや、そんな神々しいものではない。
肌に絡みつくような気持ち悪さを感じる生々しい感じ。
悪意から生まれた者と表現するのが正しいかもしれない。
その生まれた者は異様だった。
魔神ウォペや使徒フォルネウスとは根本的に違う。
瞳に映るだけで呼吸が苦しくなるほどの圧迫感を持つ存在。
まるで空腹の猛獣が、それ隠しきれないでいる状況。
「まずいの……。支配人よ、早くその娘を何とかせんと『色々』と取り返しのつかない事になるぞ?」
「そんな事は分かっている! 分かっているがどうしろと言うんだ!?」
フォルネウスの魔法はハイネを侵食し続けている。
だが、それに対する方法がない。
「レベルダウンは終わっている。その蛇が今現在も吸い続けているのは娘の命の方じゃ。もう長くはもたんぞ?」
「だから、どうしろと言うんだ!」
その言葉に返事したのは3人目だった。
「クロスさん……」
それは意識を失ったと思われていたハイネの声。
声の主は、こちらが触れる事が出来ない事を理解しているのか、自力で仰向けになると苦しい筈にも関わらず笑みを浮かべる。
「ハイネ! 大丈夫か!?」
「だい……じょうぶではないですね……。でも、お願いがあります……」
彼女は囁く様に言葉を続ける。
耳を澄まし聞き逃すまいと集中する。
しかし、それはあまりに無謀で正気とは思えない願いだった。
「本気なんだな?」
声は返ってこない。
既にそれすらも難しい状態なのかもしれない。
ハイネは覚悟を決めたように瞳を閉じる。
(後は俺の覚悟だけか……)
もう選択肢は残されていない。微かな望みにでも縋り付くべきだ。
それが俺の手でハイネの命を奪う事になるとしても。
転がっていた魔女の杖を手に取る。『魔法を使うために』。
もちろん、回復魔法なんて使えるわけがない。
だが、『炎の魔法』は十分に見てきた。
そして、ハイネのステータスをブーストしている自分なら使えるはずだ。
(強くなくてもいい。少し、少しで十分だ)
思い浮かべるイメージはガスバーナー。
「フレイムバーナー!」
それは適当な魔法名。
イメージに一番近いと思われる言葉を安直に使っただけのもの。
しかし、言葉と共に生まれた小さな青白い炎は杖とは反対の手に納まる『魔法のナイフ』に吸い込まれ、弾けた。
魔法はハイネの『予想通り』無効化された。
これで刃の部分は消毒作用されるらしい。
つまりは俺の心以外は準備は出来たという事だ。
(クソ! 迷っている場合じゃない! やる方がビビッてどうする!)
ナイフを持つ右手が震えている。
それを抑え込むように左手で包み込む。
そして、そのナイフは『彼女の胸』に挿入された。
作られた魔物達に刺すのとは違う感触。
徐々に押し込む刃からは、ハイネの命を削り取っているかのような感覚がある。いや、実際に減らす事は間違いない。
ただし、ハイネの言う通りなら先ほどに比べれば時間は伸びたはず。
なぜか?
彼女の願いとは入り込んだ魔法を体内から直接、無効化をする事。
もちろん、腕からという考えもなかったわけではない。
しかし、侵食が進んでいた為に確実な部分は胸しかなかった。
幸い、彼女は子供っぽい顔の割には豊満と言っていいくらいに胸はあった。臓に届くほどには深くは刺していないはずだ。
問題は――
「ハイネ……? ハイネ! おいっ!」
彼女は歯を食いしばるように耐えていたが、糸が切れたように全身から力が失われた。
「本当にやりおったな。いや、褒めるのはその娘の方か。心配せずとも気絶しているだけじゃろ。と言っても多少、命が伸びた程度。治療が早いに越したことはない」
ウォペのいう事に間違いはなさそうだった。
息が浅いとはいえ、呼吸は途切れていない。
ただ、期間の保証のない動作である事も間違いない。
このままハイネの命が消えた場合、自分が命を奪った事になる。
(とんでもなく、責任重大じゃねーか……!)
「随分と凛々しい表情になったの」
「ああ、やる事がハッキリしているからな。アレは放置したら、外の世界に出てくるんだろう?」
「その通りじゃ。あれは十分に力を持っている。結界を抜ける事も難しくないだろう。しかも、現状では私よりも強い。逃がしてくれるとは思えんのう」
俺は耳を疑う。
(魔神であるウォペより強いだと?)
「なんじゃ、そのびっくりした顔は。気づいていなかったのか? 私が随分と『弱体』している事に」
「……!?」
慌てたようにサードアイを使用。
そして厳しい現実を突きつけられる。
対象 『ウォペ』
種族 『魔神』
レベル 『22』
力 『D』
耐久力 『A』
機敏 『C』
器用 『B』
魔力 『B+』
使用魔法『炎、風、水、土属性』
スキル 『支配者の権利』
その他 『落ちたダンジョンの主』
ステータスの詳細が把握できるようになっていた。
それは自身のレベルが上がった事で、もしかしたらと予想はしていた。
重大なのは『レベル22』という状況。
(これは!?)
確かにレベル20を超えるステータスを目にするのは初めてだ。
しかし、ダンジョンの主であり王である魔神が、ゴブリン達と10ほどしか変わらないのは異常だ。
「まさか!」
「お前の思っている通りだ。お主ら『館の支配人』ほど仲間からの力の上乗せは大きくない。数で物を言わせているようなものじゃ。もちろん、逆に数十体くらいなら倒されても影響は少ない。しかし――今回は減りすぎた」
減りすぎたと言う言葉の意味は、今までここに多数存在していた魔物達の事。
それは魔神ウォペの力が大きく弱体するほどの減少を意味する。
「フォルスウスの奴の策略だよ。まんまと嵌められたと言うわけだ」
「一体、奴は何者なんだ? 2人とも互いを知っている様だったが?」
「今はそんな事を言ってる場合ではない。あのホブゴブリンの方も見てみろ。いや、もはやゴブリンキングと言った方がいいかもしれんがのう」
「ゴブリンキング?」
視線の先に居る、空腹の猛獣を観る。
対象 『ゴブリンキング』
種族 『ゴブリン族』
レベル 『29』
力 『B+』
耐久力 『B』
機敏 『C』
器用 『E』
魔力 『E』
使用魔法『無』
スキル 『ナチュラルウェポン』
その他 『新王』
「レベル29……! 新王……!?」
「新王か……ついに王座が陥落したという事かの」
「ちょっと待て! お前が魔神でダンジョンの王じゃなかったのか!?」
「魔神である事は変わりがないが、力関係が変わればダンジョンの王は移行する事もある。目の前のこれがそうじゃ」
つまりはゴブリン如きに魔神と呼ばれる存在が王の座を簒奪されたと言う事実。
「という事は……あのゴブリンとお前が戦ったら……?」
「まぁ、タイマンでは勝てないとダンジョンが判断した事になるのう」
(冗談じゃない!)
自身とハイネのステータスを確認を急ぐ。
対象 『クロス・ロード』
種族 『人間』
レベル 『10』
力 『C』
耐久力 『C』
機敏 『B』
器用 『S』
魔力 『D』
使用魔法 『炎属性』
スキル 『サードアイ』『支配人の権利』
アビリティ『双剣の素質』
職業 『アビスの館の支配人』
(……!?)
自身のレベルが上がっている事は実感していた。
あれだけの敵を葬ったのだ。そのレベルも納得出来る。
各種の能力は、そのレベルでの相対評価となるのだろう。
それは3つのステータスを比べれば分かる。
つまり俺がゴブリンよりも『機敏』だとは思わない方がいいという事。
一番の問題は――
対象 『ハイネ』
種族 『人間』
レベル 『1』
力 『Bー』
耐久力 『E』
機敏 『D』
器用 『E』
魔力 『E』
使用魔法 『無』
スキル 『無』
アビリティ『格闘家の素質』『薬師の素質』
職業 『魔女』
「ハイネのレベルが1……」
「やはり全て持っていかれたか。あの新たな王に」
「ここからは『レベル21』のアンタと、ブーストしても『レベル11』しかない俺とで、あの『レベル29』のバケモノに勝つしかないって事か……」
明確になってしまったステータスにより、今まで以上に恐怖を感じる時が迫ろうとしていた。