悲鳴の先
「ハイネ!」
前線で刃を振るいながらも一瞬流した視界の端にあったのはパートナーが、うつ伏せの状態で地面に抱かれる姿。間違いない。悲鳴の主はハイネだ。
頭によぎったのは魔神ウォペからの攻撃。
息の合った連係を見せていたとは言え、やはりダンジョンの主であり、魔物達の王。人間からは敵と見られる存在だ。
しかし、そんな俺の意識を否定する様に魔神は後方支援を続けている。
本来は2人で行っていた役割がハイネの離脱により負担が大きくなったのか、その表情は険しい。その様子を見ればウォペが仕掛けてきたとは思えない。
「おい! 支配人! 少しだけ私が持ちこたえてやる! そのうちに、その娘の左腕のそれを何とかしろ!」
「分かった! 暫く任せるぞ!」
「左腕のそれ」の意味はわからない。
ただ今は中途半端な後退はしない。
魔物も残り20体を切っている。
魔神ウォペの言う事を信頼する。
そして一人でも十分に耐えられるはずだと判断。こちらはハイネに集中する。
彼女の離脱はブーストに影響が出始めている。実際に自分自身の体から力が失われる感覚がある。それは支配人スキルの対象である、ハイネがそれだけ難しい状態だと告げている様な物。
近づいて来る彼女の姿は意識がある人間には見えない。
そして更に距離が縮まる事でウォペの言う「左腕のそれ」の意味が理解できた。
「なんなんだ!? この腕に絡みついている煙の様な物は!?」
ハイネに絡みついていた物は煙の渦の様にも見えるが、良く見れば生きているように蠢いている。その動きはまるで蛇。
「それはレベルドレインの魔法だ! かなり強力なやつだよ! そのままだと命まで持って行かれる! その子が居ないと、お前はただの駆け出し冒険者になっちまうんだろ!? なんとかするのじゃ!」
なるほど、俺の力の低下はハイネのレベルダウンが原因。
それも問題だが、命までとはかなりまずい。
ハイネの元に辿り着き、腕に絡みつくそれを取り払おうとした時にそれを止める声がした。
「おおっと、支配人くん。その人間の肌に触れたら君も巻き添えですよ?」
その声はウォペでも、もちろんハイネからでもない。
俺自身が気に入らないと決別した『使徒フォルネウス』、俺達はターゲットでないと言っていたはずの男だ。そいつが背後に立っていた。
「もしかして貴様の仕業か!?」
「私以外に誰が居ると言うのですか? 人間的に言うなら「裏切った相手に刑を執行した」と言うところでしょうか?」
本来なら念頭に置いておくべき事だった。
しかし、戦闘が始まってもフォルネウスは姿を見せる様子もなく、更には実際に協力体勢にある魔神ウォペを信頼しきれず、警戒をそちらに重点を置きすぎていた。
そこから戦いが順調に進み、このままならと油断をした瞬間を狙われていたのだろう。
フォルネウスは支配人のスキルの弱点を正確に狙ってきたという事だ。こちらが2人だけのパーティーだからこその最大の弱点。
「俺たちはターゲットじゃないと言っていなかったか!?」
「そうですよ。貴方たちはどうでもよかったのですが……ウォペ殿との協力となると問題がありますね~」
「この絡みついたやつを解除しろと言っても……」
「もちろん、その魔法を解除するつもりはありませんよ」
「十分だ」
本当に解除をしてくれるなんて思っていない。
1つ確認したい事があったからこその誘導だった。
そう、これが魔法であるという事の確証を。
「じゃあ、このナイフで無効化出来るってわけだ!」
魔法と確定したそれを、青白い光の刃が切り裂く――はずだった。
「あはははっ! 魔法が効果を発揮する前ならいざ知らず、既にその人間の体内に侵入しています。言うなれば、その絡みついているように見えているのは魔法の残滓です。残滓をその魔法を帯びたナイフで切った所で意味があるわけがないでしょう?」
「くそがっ!」
フォルネウスに飛び掛かりたい気持ちを押し殺す。
そんな無駄な行為をした所でハイネより先に自分の命が途切れるだけだろう。
それだけのレベルの差がある事は十分に理解している。
悪態程度しか反撃の方法がない。
そこへ2人の会話を邪魔する様に一条の光が迸る。
その狙いはフォルネウスへ伸びていた。
しかし、動く様子もなくフォルネウスは片手でそれを受けきる。
「いいですね。ウォペ殿ともあろう方からの不意打ち。光栄ですね。そんな事をしなければ行けない程に力の差が開きましたか?」
「ふざけるな! 不意打ちが得意の貴様に言われる筋合いはないわ!」
「おおおっ、女性のヒステリーは怖いですね。これ以上言われると何かに目覚めてしまいそうです。私は退散するとしますかね。ああっと、そうそう。ドレインした力は置き土産として受け取ってください。重すぎて2人とも潰れなければよいですがね。せいぜい頑張ってください」
「どういうことだ!?」
俺の言葉を無視する様に、返答もなく空間から奴は消え去った。
「置き土産……、答えはあの魔物達の中にあるようじゃぞ支配人」
ウォペの視線の先に居る魔物達は動きを止めていた。いや、何かが生まれるのを待っているかのようだ。
「奴はその娘のレベルドレインで奪った力を、あの集団の指揮をしていると思われるホブゴブリンに流れるように仕組んでいた様じゃな」
ウォペの言葉に誘われるように、数だけだったはずの魔物の中から今、1体の王が生まれようとしていた……。
 




