目的の先
ハイネと俺は魔神の居城の前で立ち尽くしていた。
城を守っているような魔物は見えない。
結界が張ってあるわけでもない。
もちろん場内に入るべき扉がないわけでもない。
だが入城する事が現段階で不可能である事はわかる。
「いったい何を考えているんだ? 魔物達は……」
「わかりません。理解できません。魔物たちにとっても利益がある行為とは思えません」
2人の視線の先にはダンジョンの主の居城がある。いや、時間の経過とともに『居城だったもの』となっている事は簡単に予想がつく。
原因は自分たちの視界を赤く染めあげる炎。
遠くから見た時にはそんな様子はなかった。つまりは炎が発生したのはそれほど前ではない。実際、崩れ始めている箇所は見受けられない。自分たちとすれ違った魔物達が自分たちで放ったのか、それとも別の誰かが放火したのか?
ハッキリしているのは、炎は城を囲む様に勢いを増していく一方である事。
そして、突入するどころか、これ以上近寄る事も難しい状況であるという事。
「この城を捨てたのか?」
「宝珠がある場所からですか? ちょっと考えにくいとは思います」
「この炎で宝珠が破壊されるなんてことは……」
「ありえないですね。城が崩壊しても傷がつくかどうかも怪しいです。破壊が可能とはいえ、それほど簡単に壊れる物ではないと聞いています」
「という事は、この炎が収まるまで待たなければ手出しも出来ないという事か」
問題はどれくらいで炎が収まるかという事だろう。
明日か、明後日なのか、どちらにしても今出来る事が何もないのは間違いないだろう。
「ここで待っていて、先ほどの集団が帰ってくれば逃げ場はなくなりますね。このまま待つ事は得策ではない気がします」
ハイネの言うとおりだ。魔物が居ないからこそ近づけただけだ。この炎の原因が、あの集団によるものであれば良いが、別の理由による炎となれば戻ってくる可能性が出てくる。ここに居続ける事は危険だろう。
しかしダンジョンの入口は抑えられ、2つ目の攻略であるはずの宝珠破壊も今の状況では不可能。炎が治まった所で、あの瓦礫の中から探すのは無謀な行為。
そして自分たちの活動限界はそれほど遠くない未来だ。導き出される答えは手詰まりという事。
「とにかく、ここを離れよう」
炎に追い返されるように、足取りの重い2人は森へと姿を消した。
そして戻ってくる様子のない魔物達に違和感も持ちつつも、当てもなく2人は歩み続けるのだった。
◇◇◇
どれくらい歩いただろうか?
無言のままで歩き続ける重い空気を壊したのは、後ろを歩いているハイネだ。
「ここを出たら、ケーキ食べたいですね。甘い紅茶も一緒に」
突然の現実離れした話に、俺は風の妖精のささやきかと思うほど。
「町においしいお店があるらしいんですよ。クロスさん一緒に行きましょうね」
脱出の目途も立たないのに何を言っているのか理解できない。
「あああ、その前にお部屋の模様替えもしなくちゃ。殺風景で生活感がないんですよね。あそこって」
(帰れると思っているのだろうか?)
「クロスさんは帰ったら何をするんですか?」
続けられる期待と希望と未来への言葉が、追い詰められ疲れ切った自身の心に大きな波を起こす。
「何を言っているんだ! ここから出れるわけがないだろ! 魔神と魔物と炎に包囲されて、食料も尽きかけている! 帰る? どうやって帰るつもりだ!? もう攻略する方法も時間もない!」
吐き出せるだけ吐き出し強い視線を背後へと向ける――
しかしそこにあったのは、続けられた甘い言葉とは裏腹に、崩れそうな表情で滴を落とし続けるハイネの姿だった。
彼女も分かっているのだ。それも当然。魔神を見た時にショーツを汚してしまったほどだ。
この状況で楽観的になっているわけがない。
少しでも現実を忘れようとしているのか、重い空気を振り払いたかったからか、どちらにしても……
(何をやっているんだ! 俺は!)
同じ初心者とはいえ、こちらは雇い主であり、そして何よりも男だ。
こちらの世界の考え方がどうなのかは知らないが、女性を守るのは男性であるべきだ。それなのに自分の方が先に折れてしまっていた。
「すまない」
俺は言葉を告げると共に頭を垂れる。彼女の反応を待つ――
どれくらい時間が経っただろうか?
彼女の鼻を啜る音が聞こえなくなっていた。
「あやまるくらいならっ! 脱出する方法を考えてくださいっ! 私は諦めていませんよっ! 本当に死ぬ寸前まであがいてくださいっ! 私はケーキを食べたいんですっ! 希望を……希望を見せ続けてくださいっ!」
彼女は前進する事を強要してくる。もちろん簡単な事じゃない。でも彼女は俺みたいな新米に希望の光を求めてくるのだ。自分よりもレベルが低いはずの俺に。
「そうだな。死んだわけじゃない……。終わっていないんだ。まだ道は続いている。自分で道を閉ざしている場合じゃない。何を考えていたんだ俺は」
俺の言葉に返ってくるハイネの表情からは微かな笑みが見えた。
「ダメかもしれない……ダメかもしれないけど、まだ未来へと一緒に歩めるだろうか?」
「ちょっと違う意味に聞こえてきそうな言葉だよね?」
そう、まるでプロポーズの様な言葉。しかし、これ以上の言葉が見つからない。
自分の視線からは、ハイネの頬には赤みが差しているようにさえ見える。日の光の角度のせいかもしれないが……。
「分かりました。今回だけは許します! でも次に同じような姿を見せたら私の魔法で焼き入れるからね?」
「焼かれない様に気を付ける。ハイネ……ありがとう」
その言葉への返事の様にハイネからグーパンが、俺の腹へと吸い込まれた。
もちろん痛かった。それは焼かれた方が楽じゃないかと思うほどに。
それでも俺は弱音を吐かずに、涙目の視線を魔物達が向かったであろう方へと向ける。
ダンジョン入口で待ち構える魔神『ウォペ』。
その方向に向かう千を超える魔物の群れ。
そして宝珠と共に炎に包まれた城。
冷静になった今なら異常性を変換できる。
無防備にもソロ活動をしていた魔神。
今更ながら魔神の元へ向かう魔物達。
自分たちの城を放火した事の意味。
視線の先には、今の状況を変える何かがあるのではないかと。
「ハイネ。魔物達の向かった先へ――魔神の元へ――ダンジョンの入口を目指そう」
2つの影は夕焼けが近づく空の下をダンジョンの入口へと歩き始めた。
ようやく、このダンジョンの攻略へ向けて進み始めました。
「レベル4の主人公」と「レベル12魔女ハイネ」の二人が向かう先に待つのは一体……?