ある町と雷神の物語
むかしむかし、ある田舎の町でな、わかい雷さんが暴れとったんや。
ごろごろびかびか光って、ガーンとおちたら、あたり一面まっくろけや。
町の人はこまったけど、天の上の話や。どうしようもない。
雷小僧は、生まれたばかりやさかい、毎日おおはしゃぎでな。
あっちでドン! こっちでドカン! と町中の家を焼いて回った。
大人の雷神さんの中には、まゆをひそめるもんもおったけど、何せやんちゃな小僧のやることやからなあ。
さて、そんな大人たちの心配を知らん雷小僧は、ある日ものすごぅでっかい木を見つけた。
八幡の神様祭っとるお宮さんに、町でいっちゃん高い杉の木が生えてたんや。
あれ焼いたら楽しいやろうなって、雷小僧は喜んだんや。
で、機嫌ようごろごろ~ごろごろ~って笑いながら、お宮さんのまわりに雨と風を呼んで、杉の木に狙いを定めた。
さあ、いくぞ。いまいくぞ。
そうして雷小僧が地上に飛び降りた時、目があったんや。
杉の木の前でな、白の単衣と緋袴を着た女の子が、雨に濡れるのも構わずに、じいっと天を見上げとった。
肩で切りそろえた髪の下、夜より黒いぬば玉の瞳に宿る、星みたいな光。
それを見たとき、雷小僧は、あかん思うたんや。
この木、倒したら、彼女は悲しむやろってな。
でも遅かった。杉の木は、雷小僧に焼かれて、真っ赤な火をあげて、雨雲を裂くように倒れてもた。
最期の瞬間、生まれた頃から見守っとった女の子を避けたんは、杉の木の意地やろか……。
雷小僧もおっこちて、巫女さんから逃げるように駆け出した。
そのせい、やったんやろな。
うっかり足元すべらせて、お宮の石段から足を踏み外してもうた。
すべって、転んで、その先には、井戸があったから、もうどうしようもない。
ざっぱーんて水しぶきあげて、雷小僧は深い深い井戸の底へと落ちてもうた。
見上げるとな。さっきの巫女さんが、じいっと見下ろしてるねん。
彼女の手には、お宮さんの札があった。
仮にも武を司る霊験あらたかな神さんのお札や。
蓋を閉められて、あの札を貼り付けられたら、雷小僧は二度と天へは昇れんやろ。
井戸の中は寒くて暗くて、自分が焼いてしもうた家の人たちは、こんな気分やったんかと、雷小僧は歯を食いしばった。
お宮さんの木を、いいや、誰かの大切なものを遊び半分で潰した、天罰やってな。
けど、巫女さんは、蓋を閉めんかった。
代わりにつるべを落としてな、雷小僧は井戸綱を伝って、外へ出ることができた。
ごめん。雷小僧は謝ったよ。巫女さんも黙って頷いた。
こうして、町にやんちゃな雷が落ちることはのうなった。
この町の八幡神社には、それから何十年たっても雷が落ちることはなかったそうや。
杉の木の焼け跡からは、もういっぺん芽が出て、それが子供の背丈くらいになる頃。
綺麗になった妙齢の巫女さんが、優しそうな瞳で天を見上げるのを、町のひとが見たそうや。
むかしむかしのお話や。
冬の童話祭2015に参加しようと思ったら、規約に文字数が足りていなかったorz
短編ですが、お楽しみいただければ幸いです。