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呪われた御曹司は、解呪のためにラノベ作家をご指名です! ー禁足地に風は吹くー  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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22/23

22話 開襟シャツの男

 その日の晩。

 翠はベッドで眠っていた。


 背後では、かたかたと石堂がキーボードをたたく音が聞こえている。


 この音が今では安眠剤代わりだ。

 部屋にひとりではない。

 誰かがいる。

 自分はひとりじゃないと実感できた。


 自宅では真っ暗じゃないと眠れないのに、室内灯さえ気にならない。


 明るいせいで眠りは浅くなるのだろう。

 時折目が覚める。


 だが日中動き回ってたせいか、すぐにまた、とろんとした眠気にからめとられて意識を手放す。


 この日も。

 ふとしたことで、翠は目を覚ました。


 キーボードを叩く音が止んだのだ。


 ぎしり、とマットレスの音がし、小さく石堂の欠伸が聞こえた。伸びをしたのか、うう、とそのあと声が続いた。


 石堂は足音を忍ばせるようにして移動した。

 どこに行くのか、と思ったが。

 静かに扉が開く音がする。


(トイレなのかな……)


 何時なのかはわからないが、石堂も作業を終えて眠るのかもしれない。


 翠も欠伸を漏らした。

 ふと、腰に痛みを覚える。寝返りをしなかったのだろうか。


(よいしょ)


 翠は、横向きから仰向けになろうとしたのだが。

 びくりとも身体が動かない。


(え……?)


 一気に思考が覚醒した。


 足を動かそうとするが、重い。

 身体が動かないというよりは、粘着質な液体の中に放り込まれた気分だ。ゆっくりとしか動かない。


「……あ……、う」


 声を上げようにも、喉の奥で言葉がつぶれて出てこない。

 翠は必死に手足をばたつかせた。


 ベッドの上で暴れているぐらいに動いているつもりなのに、実際にはゆっくりと仰向けになっただけだ。


 視線を動かす。

 そして、ぎょっとした。



 自分の腹の上に、男が乗っている。



「あ………」


 白い開襟シャツの男だ。

 馬乗りになり、前かがみに翠の顔を覗き込んでくる。


 男は、翠の胴体に両手をついている。

 だから、男が翠の顔を見ようとすると、圧迫されて肋骨が痛んだ。


「うう」


 呻くとともに、目を固くつむった。拍子に目から涙があふれ出る。痛い。

 圧迫されるから肺も大きく膨らまない。苦しい。


「どいて」


 翠はかすれた声で言う。もつれながらも舌は動いた。


 実際は怒鳴ったのに、喉から搾り出たのはか細い声だった。

 しかし発声機能は徐々に戻りつつある。そのことが翠に安堵をもたらした。


「いやだ」


 男は嗤う。

 短い。それだけの返事なのに、そこには翠に対する嘲《あざけ》りと、侮蔑《ぶべつ》があった。


「寄こせ」

 不意に痛みから解放される。


 ようやく大きく息が吸えたのに。


 男の両腕が自分に向かって伸びてくる。


 顔を、首を。

 翠ごとつかみ取ろうとして来る。


「か、風が吹くわよ!」


 口をついてでたのは、おまじない。


 幼いころ聞いた伯母の声が耳に蘇る。

 怖いものがいる、と泣く翠に伯母はゆったりと微笑む。


『風が吹く、と言ってやりなさい。きっと逃げていくから』

 ぎゅ、っと手を握られた記憶。


「……風が……」

「布士さん?」


 ぐい、と肩を掴まれて翠は目を開いた。


「ふく……」

 涙目のまま、翠は声を漏らした。


 ベッドに腰掛け、真上から覗き込んでいるのは石堂だ。

 自分は今「副社長」と言いかけたのか。それとも「吹く」と言いたかったのか。


「ひぅ……っ」


 わからぬまま、翠は腹筋を使って上半身を起こすと、そのまま石堂の首に抱き着いた。


「どうしました。なにかありましたか」


 背を撫でられながら、翠は泣く。

 恥も外聞もなかった。

 きつく石堂にしがみつき、子どものように声を上げて泣く。


「大丈夫です。ここには、なにも入ってこれませんよ」


 何度も言われたが、翠は泣きながら首を横に振った。


 嘘だ。

 あれは、入ってきた。


 今もきっとどこかにいる。

 そして、自分を狙っているのだ。


「大丈夫、大丈夫。わたしもそばにいますから」

「ざ……、ざっぎ、いながっだ……」


 えぐえぐと嗚咽交じりになじると、石堂は苦笑したものの、素直に詫びてくれる。


「ごめんなさい。そうでしたね。もう大丈夫です。もう、ずっとここにいますから」


 石堂は翠を腕に抱えたまま、ゆっくりと倒れ込んでくる。

 背中にベッドを感じる。


 石堂がまだ翠を離さないから、彼の重みがのしかかる。


 だけど、さっきのような圧迫感ではない。

 石堂も加減はしている。


「あとは、もう一緒の部屋です。大丈夫」


 耳元で囁かれ、ようやく翠は頷き、洟をすすりながら石堂の首から両腕を解く。


「一緒のベッドで眠った方がいいですか?」


 上半身を起こした石堂がからかうように笑うから、翠は耳まで真っ赤になって掛布団の中にもぐりこんだ。


「おやすみなさい」

 ぽすぽす、とその布団を軽く叩いて石堂は言う。


 翠は目を閉じた。

 石堂の優しい手つきはそのままだ。


 そうやって。

 うとうとと眠り始めた頃。


 ようやく、石堂はベッドの端から立ち上がったようだ。


 深い眠りに入る前。

 ぎしりとベッドが軋んだ音を、翠は聞いた。


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