生体番号:i
ちなみに、俺の名はカミオシノブ。十六歳、男。他は知らん。
名前と年齢は、適当に「ステータス」と呼んでみたら半透明なウィンドウみたいなのが出てきて、そこに載っていた。名前の登録がカタカナオンリーしか受け付けないのか、自分の名前の漢字すら分からなかった。
俺達は(覚えていないけど)スキルとステータスを持って異世界に連れて来られたって神様が言っていた。であるならば、何かしらそれを確認する術があるはずだと思っていたが、予想通りだった。俺以外の五人も、俺がやっているのを見て同様に確認していた。
だが解せない。俺のステータスウィンドウに載っているのは名前と年齢、そして神様が何度か口にしていた「生体番号」の欄だけだ。しかも「生体番号:i」としか表示されていない。普通、もっと腕力とか体力とかいうパラメータとかスキル一覧とかあるもんじゃないのか? ちょっと期待していた俺は肩を落とした。
まあ、実際の人間はこんなもんだ。
強力なスキルも超人的な能力もない。
そう思っていた時期が俺にもありました。はい。どういう意味かは分かるな?
「おれは、コウノマサヨシ、で良いのかな? 十八歳で、えっと……スキル〈一意専心〉ってやつを持っています」
「シミズセイラ、これは何かしら……お花……? よく分からないけれど、〈世界樹の加護〉を持っているみたい」
「ウチ、ジンノウチマヤ。マヤPって呼んで。取得済み魔法だけでスクロール五ページ分あるし」
「アクツミレイと申します。……残機と記された羽根のマークがいくつか並んでいますけど、残機って何ですの?」
「ん……ヤミグニコウ。称号〈魔王〉」
「俺以外まともなヤツがいねぇ!!」
どういうことだ! おい、俺のステータスだけずいぶん手抜きじゃないか!?
「うるさいですわよ、生体番号:i」
「ん……僻まないで、虚数くん」
「誰が生体番号虚数だっ!?」
それだけじゃねぇ。ステータス画面を全員で見せ合って分かったことだが、名前、性別、年齢、生体番号は共通している反面、その他の項目はてんでバラバラだったのだ。
体育会系男子・マサヨシのステータスには腕力、敏捷、体力といったパラメータが記載され、それら全てが三桁であった。比較対象がないから高いのか低いのかは分からないが、そこは重要ではない。セイラはもはやステータスウィンドウのほとんどが花の意匠で占領されていて、花びら部分が赤や青など各色に光っていたし、ギャルのマヤのステータスにはマジでスクロールバーが搭載されていた。
あまりにチグハグ。ステータスとは自分の能力を客観視し、自分の状態を把握するためのシステムであるはずだ。世は多様性の時代とはいえ、ステータス画面まで個性豊かでは本来の用途で使えない。これはまるで別ゲームのステータス画面を見比べ合っているような……。
「いや……それで合ってるのか」
思い出せ。神様は何と言っていた。
『お前達は幸運にも、他の世界に招待されました』
同じ世界に飛ばされたとは聞いていない。
俺たちがそれぞれ別の世界に飛ばされたと考えるべきだ。それならばステータス画面がバラバラなのにも説明がつく。
おあつらえ向きにも、扉は五つある。
そこからは話はトントン拍子に進んだ。
何にせよ、俺たちに他に選択肢はない。扉を順に開ける、という「ドキドキ!連続異世界ミステリーツアー」が敢行されたのはそのすぐ後である。
結果。
「うっ……うっ……」
「はい、深呼吸ー。吸ってー吐いてー、落ち着こうなー」
まだすすり泣く勇者・マサヨシの背中をさする。
どうやら自分が飛ばされた異世界に入ると記憶が戻るようで、マサヨシも前回の異世界で負った心の傷がぶり返しているらしい。
「クズ王様も、ビッチ姫様も、絶っ対に許さん……」
おっと、恨みつらみの方が強そうだ。
話を聞くに、勇者として召喚されたはいいが望まれていたスキルをマサヨシが持っていなかったがゆえに、ダンジョンの最奥部にわざと取り残されて始末されそうになったらしい。死に物狂いで魔物から逃げたり、倒せそうなヤツを死闘の末になんとか倒して経験値にしたり、くっそマズイ魔物肉を食べて飢えをしのいだり、とにかく筆舌しがたい苦労をしたようだ。
「ちなみに聞くんだけど、あの邪竜とは戦ったのか?」
「……一人じゃ勝てないから、おれの魂と引き換えに王国を滅ぼしてもらった」
「人類の敵じゃねぇか」
何気なく尋ねたら、虚ろな目で勇者にあるまじき真っ黒な答えが返ってきた。情状酌量の余地があるだけに責められない。
「仕方ありませんわ。呼び出しておいて異世界の方々は勝手ですもの」
「急にぐわぁっと記憶が押し寄せてくるの、辛いですよね。分かります」
うんうんと頷いて勇者に共感するのは、中世ヨーロッパ風の世界で断罪されそうになっていた悪役令嬢・ミレイだ。本人曰く、全て冤罪で、異世界人を妻にするという国の慣例に嫌気の差した王子が本当の婚約者と仕組んで彼女を陥れようとしていたのだという。
直前で全てに気が付いたミレイは「やられる前に◯ってやる」と王子と婚約者もろとも断罪前に毒殺するという暴挙を犯し、死罪となるところを脱走、崖から落ちて転落死するという前世を持つ。なお「次はもっとうまくやりますわ」などと宣っている。刑事さん、犯人はコイツです。
その隣で頬を押さえて正ヒロインぶっているのは、さる異世界で聖女として召喚されたセイラ。清楚そうな見た目に騙されるな。コイツは扉を開け聖女専属の騎士団に囲まれた瞬間、「眼福!」と叫んで鼻血を噴いて倒れた。
そう、騎士団の面々は全員がイケメンばかりだったのだ。
「俺様、影のあるタラシ、ツンデレ眼鏡……これだけよりどりみどりなのに、信じられます? 共有する同士も、書き留める紙もないんですよこの世界……地獄」
ベッドで顔を押さえてすすり泣く彼女は、どうしようもなく腐っていた。
なるほど。顔面偏差値の高いこの世界は彼女を、ご馳走を目の前にぶら下げられているのに絶対に食べられない、生殺しの日々へ突き落としたのである。
そして人間、ダメだと思えば余計にそれが欲しくなるものだ。
極限状態に陥ったセイラは、遂にイケメンを視界に入れると鼻血を噴く謎の体質を手に入れた。
「…………」
「何も言わないでください! こんな私だって、聖女としてのお仕事はちゃんとしてたんですから!」
「聖女の仕事って?」
「庭でお花を植えるおしごと……」
後方支援どころか、戦力外通告である。
ちなみにこの世界、魔樹と呼ばれる邪な樹木が凄まじいスピードで勢力を伸ばし、人間の生活圏を脅かしているのだとか。魔樹の瘴気に触れた草花まで魔樹化し取り込まれる。植物が人類の敵と化した世界観の中で、やることがガーデニングとは予想以上のポンコツである。
「わっ私が植えたお花だけは魔樹化しなかったんですよぉ!」
「せめて食糧難対策に野菜植えれば良かったのに」
「その手がありました!?」
ポンコツである。
よく見捨てられなかったな、この聖女。
「我らが聖女様は、我々のために異世界からお越しくださりご尽力してくださっているのです。感謝こそすれ、見捨てるなど……」
聖女の護衛も兼ねたイケメン騎士団はちゃんと紳士であった。
異世界間の良識の差が激しい。
扉から引き返すのも「聖女様! またのお帰りをお待ちしております!」と一同剣礼された。当の聖女様は鼻を押さえて視線を逸らしていたが。
閑話休題。
しかし困った。再起に時間がかかりそうな勇者を置いて他の扉を見に行くべきか。現状を打開するために、今はどんなものでも情報が欲しい。
なぜなら、あの神様が時間無制限で待ってくれるとは思えないからだ。「やっぱ飽きた」といつ俺達を放り出すか分かったものではない。どうせ今この時もどこかから俺達を監視し、小馬鹿にして笑っているに違いないのだ。
「ねぇ、シノP」
何やら話をしていたマヤとコウが俺を手招きした。
「残りの扉、ウチらだけで行かね? って」
「ん」
マヤが親指で扉を指し示し、コウも同意して頷く。
驚いた。俺も同じことを考えていたからだ。
「マサっちは、まだ動けない……なら、二手に分かれるべき」
「根拠は?」
「シノっちは、気付いてるでしょ。扉は、二つしかない」
まだ記憶が戻らないのは三人、一つ足りない。
それが何を意味するのか。
「一人、神様側の人が、混じっているのかも」
「俺達三人の中にか?」
「ん。あの神様が、ホントに味方か分からない。誰か一人、ジョーカーを混ぜて慌てるぼくらを、楽しんでいるのかもって」
「……あぁ、確かに。アイツの好きそうなやり口だ」
箱庭の中にウサギを放つだけではつまらないから、嘘つき狼を紛れ込ませる。バレなければウサギは咬まれるだけ、バレても驚くウサギたちが見られて愉快だ。
あの神様はきっとそういう楽しみ方ができる。
「同じ世界に二人転移していたってパターンなら平和的でいいんだがな」
「仲間はずれがいても縛り上げたらいいんだし。よゆー」
「……ずいぶんな自信だな。自分は違うって?」
えー、とマヤは無邪気に笑った。
「だってさー、ウチ最強だし。みんな敵に回しても、ウチしか勝たんし」
つまり、自分がもしそうでも生き残る自信があるのだろう。
はっきり言わないが、コウもそうだ。他の五人がもし敵だろうが味方だろうが別に関係ない。自分一人でも何とかできるという確信があるから別行動という提案ができる。
肩をすくめた。俺も人の事は言えない。
「分かった。三人で行こう」
自分が嘘つき狼だろうが、最悪どうにかできると考えているのは俺も同じなのだから。
まだ開けていない扉に向き直る。
次はどんな世界が広がっているのかという高揚感はもはやない。どうせ碌でもない世界が広がっているのが分かっている。
俺は扉のノブに手をかける。
視線をやると、マヤもコウも頷いた。
「えっ、ちょっと!? 貴方たち、勝手な行動は……」
背後で悪役令嬢の引き止める声が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
力を込めて扉を引き開けると、慣れた光が俺達三人を包み込んだ。




