ロクでもない託宣
時は少し遡る。
俺の、俺達の物語は空白から始まった。
『あれぇ、おかしいですねぇ。きちんと設定したはずなんですが、部屋がうまく構築されせんねぇ』
反響した声が耳に響く。
重い頭を持ち上げて、ようやく俺は自分が今まで寝ていたことに気が付いた。
見回すと、そこは白い空間。
壁も天井も、床の境界すらも見当たらない全くの白。だけど白の中に浮かんだ自分の体はちゃんと地面に横たわっている感覚で、視覚と体感の差に脳が混乱を起こし、遠近感を失う。
そして俺の他に倒れている五人。
俺と同じぐらいの年代、恐らく十代半ばから後半の男女。全員今起きたようで、俺みたいに体を起こす者、頭を振って眠気を覚そうとする者、それぞれだ。
こいつらが誰かは知らない。初めて見る連中だ。ただ分かるのは、反響する声がコイツらの誰かのものではないということ。
『うーん。ま、いっか』
ずっと唸っていた声は、すっぱりとそれまでの悩みを捨て去ったようだった。
切り替え早く、明るくまのびした声を響かせる。
『さてさて、皆さん起きましたか。気分はどうですかぁ? さぞかしいい夢見やがったんでしょうよ、この寝坊助ども』
幼い少女のようなあどけない声にも関わらず、吐く言葉はまるで暴言だ。悪意を隠そうともしていない。
『さぁて。起きたばかりのヤツもお耳かっぽじってよぉく聞きやがってくださいよぉ。お前達の状況を説明してやるんだから。きっと自分が誰かもよく分かってねぇでしょう? それはお前達が自分の名前も忘れる馬鹿だからじゃなく、このアタシがお前達をリセットしてやったからです。そう。アタシは、お前達の言葉でいうと神様ってヤツです。お前達を管理し、お前達が心地よく生きられるように手助けする存在です。褒め称えてくれてもいいんですよぉ〜?』
ずいぶん口が悪い神様がいたもんだ。
体裁を整えるのも面倒だから全部かなぐり捨てました、と言わんばかりの適当さ。こんなのが神様など世も末である。
「か、神様……? 教えてください、ここは、どこなんですか?」
おっと俺の隣で起きたらしい一人が、勇気を振り絞ってといった様子で恐る恐る手を挙げる。
背が高くて肩幅も広い。短く刈り上げた頭から、体育会系の部活にでも入っていそうな男に見えた。少なくともバスケ部とかからは諸手を上げて歓迎されるだろう。
それにしても、バスケ部か。
全ての記憶がリセットされてしまったのであれば、バスケ部なんて言葉は出てこないはずだ。ということは何もかもを忘れてしまったという訳ではなさそうである。
途端に『ブーッ!!』とどこぞのクイズ番組の不正解の時に鳴る音が空間に響く。
『はぁい、順番に説明してやるって言ってんでしょーが、生体番号9436818番。勝手に私語を挟まないでくださーい。センセーに言いつけてやりますよー。お前達がここにこうしていられるのはアタシの温情だってことを忘れるんじゃねぇですよ。あぁ、そっか。忘れてるんでしたっけぇ?』
耳障りな笑い声が響き渡り、俺は顔をしかめる。
だが、ここで誰も「ふざけんな!」と叫ばないのは、恐らく自称・神様の言う通り俺達の誰も、名前もなぜここにいるのかも何も覚えていないからだろう。
真っさらな状態。
頭を文字通りリセットされたのだと、自称・神様の言うことが本当なのだと嫌でも理解させられる。
ふざけた言動ながらも今自分達に語りかけているのは、人智を超えた絶対者である、と。
『えー。まずは教えてやる、ーーお前達は失敗者だ』
その神様から、無情にも言い渡された。
『お前達は幸運にも、他の世界に招待されました』
『俗に言う、異世界転移ってヤツですよ。嬉しいでしょう?』
『お前達は運良く、クソつまんねぇ未来のない現実世界からオサラバして、ファンタジーの世界への切符をつかんだんです』
『自分だけのスキルをもらって、ステータス画面掲げて、異世界での物語を始めましたとさ〜めでたしめでたし』
『でもねぇ、良かったのはここまで』
『お前達ときたらせっかくやって来た理想の世界で、勝手にバッドエンドに進んで破滅しやがったんです』
『せっかく与えられた機会をふいにして、無駄に時間を潰して、貴重で尊い命を踏みにじってくれたんだよ、お前達は』
『アタシは神様としてそんな暴挙は看過できねぇんですよ。アタシは生きとし生ける皆さんに、楽しく幸せな人生を送って欲しいんです、分かりますぅ?』
『もう一度言うぞ。ーーお前達は、失敗したんだ』
身に覚えがない。
当たり前だ、俺達はリセットされている。記憶を全て抹消された後だ。だから誰も反論できない。
まるで眠っている間に犯した罪を指摘されているような気分になる。自分の意識外で行われていたものは果たして自分のせいなのか。釈然としないながらも、しかしそう他人に言われるのであればそうなのだろうかという己に対する疑念が湧き上がる。
だって、全て忘れているのだから。
『で、す、が。アタシはとっても慈悲深いのでお前達にチャンスをあげようと思いま〜す』
悪意の神様は薄笑いで告げる。
突然、俺達の目の前に木製の扉が五つ現れた。
金属製の、捻るタイプのノブがついた扉だ。壁も部屋もないのに、白の空間の中に扉だけが俺達を囲うように扇状に横並びになる。
『目の前の扉の向こうには、お前達がめちゃめちゃにした異世界が広がっています。せっかくなんで異世界の方も破綻する直前の状態に戻しておきました。さぁて、ここで問題です。お前達、人のもんを壊しちまったらどうすべきですかぁー?』
「まさか……」
神様の『失敗者』通告から、口を押さえたまま固まっていた少女が呟く。
背後から見える横顔からでも、クマのヘアピンで留めた前髪の下で、見開いた目が驚きに満ちているのが分かる。
空虚に『ピンポーン』と効果音が鳴る。
『生体番号9128436番さんの正解〜い、そぉですね〜。壊しちまったら直しましょう。子どもでも分かる簡単な話です』
「き、記憶もないのにどうしろと仰いますの!?」
思わず叫んだのは、気の強そうな猫目をした少女だ。小綺麗なデザインの制服と細かな所作から、育ちの良さが窺える。後ろで一つ結びしている黒髪がゆるく波打ち、それがなんとなく「お嬢様」のイメージを植え付ける。いや、偏見だけども。
他の連中の反応はどうかと横目で見ると、思ったより落ち着いていた。
まずは最初に質問を投げていた体育会系男子。黙っていろと言われてぎゅっと口を引き結んでいる。馬鹿正直かよ。
その向こうでは、ギャルっぽい子が興味なさそうに自分の金髪を一房、指でもてあそんでいる。「ダルい話早く終わんないかなー」って顔だ。
少し離れたところにうずくまっている、あれは男か? この中では最年少だろう。小柄な体躯に長めの髪の女の子と見間違えかねない美少年は、やはり我関せずとばかりにぼんやりと眠そうな目で周囲を見回している。
『はぁ。だから、それを考えろって言ってんですよ、生体番号8927522番。分かってます?』
「そもそも、わたくし達が何をしたと!? 異世界転移とか、バッドエンドとか、訳が分かりませんわ!」
お嬢様はなおも噛み付くが、神様ははぁ〜と呆れたため息を返した。
『言ったでしょーが。お前達がここにいるのはアタシの温情ですよ? 本当はバッドエンドのままのお前達を放っておいて地獄に落ちるのを眺めてたっていーんです。いいから黙って異世界を救え。お前達に拒否権は最初っからねぇんですよ』
結局、そういう話だ。
今や俺達はこの神様のおもちゃなのだ。ただ気まぐれでここに呼び出されただけ。興味がなくなれば捨て置かれるちっぽけな存在なのだから、「やれ」と言われればやらざるを得ない。
そんな、とお嬢様はへなへなと崩れ落ちる。
『はいはい。じゃあ頑張ってくださいね〜。あ、一つだけ最後に言っておきます。五つの世界の一つでもまた破滅させたら、お前達みんな今度こそ救いのない地獄の世界に転移させてやりますから』
んでは、良い異世界ライフを。
とってつけたような、恐らくこれまでも同じように送って来たことがあるみたいに慣らしたフレーズを口にして、神様の気配が去る。
残されたのは俺達六人、五つの扉。
誰も動かなかった。
飲み込みきれない状況に、知らない人達。沈黙の合間に疑念が渦巻いているのが分かる。一体どこまで信用できるのか。信じられないならいっそ一人の方がいいのではないのか? しかしあの扉の向こう、一人で行くにはあまりにリスクが高すぎる…。
「あー……」
重たい沈黙に早々に耐えかねて、俺は頭を掻きながら提案する。
「とりあえず、自己紹介でもしてみるか……?」
そうして、神様によると二回目となるらしい異世界ライフは始まった。




