最終決戦……?
岩肌むき出しの大地。空は赤黒く染まり、耳をつんざく轟音と共に火柱が噴き上がる。
――ああ、これぞファンタジー。
正面には巨大な影があった。山脈のごとき体躯、漆黒の鱗、燃え盛る双眸。 邪竜。 ゲームや小説で見たことがあるような“ラスボス”が、いま目の前にいる。
「ククク……よくぞ来た、勇者よ!」
雷鳴のような声が大地を震わせた。竜の口からは赤熱した吐息が漏れ、硫黄の匂いが辺りを覆う。 まるで劇場の幕開けのように、竜は翼を大きく広げた。
「幾多の試練を越え、ここまでたどり着いたその胆力、褒めてやろう。だがここで終わりだ! この邪竜ティアマットが、お前の魂を永遠の炎で焼き尽くす!」
こちらにはお構いなしに、前口上を続ける。 その語り口は荘厳で、確かに迫力はある。
けれど、妙に“用意された台本”を読み上げているように聞こえるのは気のせいではあるまい。
「さあ、我が爪と炎に挑んでみせよ! 勇者よ!」
大地を揺るがす咆哮。熱風が吹き荒れ、岩が砕け散る。 否応なく、戦いの幕は切って落とされーー。
「ちょっと、タンマ」
ノリノリな邪竜に、俺はあえて水を差す。
しぶしぶ邪竜が浮かせていた前脚を降ろすのを尻目に後ろの五人を振り返り、「どう思う?」と尋ねた。
「テンプレ」
「ウケる」
「確実にこれラスダン攻略した後のクライマックスシーンですよね……?」
「まさか、わ、わたくし達、今からこの邪竜に、い、挑みますの……!?」
挑んだら死人が出そうなので遠慮したい。
何せ今ここにいるのはポンコツ聖女、悪役令嬢、ギャル魔女、脱力系美少年、そして……。
「お、思い出した」
大柄な体に健康的な角刈り頭の、体育会系男子がわなわなと震え出す。
「おれは……おれはこの世界の勇者だ……っ!」
何も知らない人がそれを見たら、絶対に彼と関わり合いになりたくないと切実に思うだろう。だが俺たちの全員、「やっぱりお前だよな」とむしろ納得して彼以外と目配せをし合う。
別にコイツが突然厨二病を発症した訳ではない。
俺たちはこれと同じような光景を、既に他の世界で経験してきた。
何はともあれ、成果としては十分だ。
頷き合い、誰からともなく同時に口を開く。
「「撤収っ!」」
「なにぃ!? 我との決着はどうする!? おい、勇者ーー!」
まだ頭を抱えている自称勇者を全員でひっつかみ、背後にあった扉に放り込む。三度目ともなれば皆慣れたものだ。
最後の一人が扉を閉めた瞬間、直前に邪竜が慌てて吐いた炎の熱気が扉のこちら側に届き、俺たちの頬を撫でた。
「これ、もしかして毒ブレス……」
「げっ」
美少年の呟きに全員が熱気を浴びた場所を手で払う。
ギャル魔女がくるりと指を回すと、俺たちを風が包んだ。
「さ、サンキュ……」
「一応吹き飛ばしといたけど、毒とかはなさそうだし」
「おい」
変に心配させるようなことを呟いた美少年に非難の目を向けると、ごめんごめんと軽く謝罪された。
ここは真っ白な世界。扉と俺たち以外何もない、空白。既に見慣れてしまった光景。
俺はため息をつく。
「それにしてもどの扉もロクでもねぇな。悪役令嬢の断罪シーン、イケメンだらけの騎士団、それから邪竜との最終決戦か……」
指折り数えて、げんなりしてしまう。
どれも異世界転移物の小説によくありがちな展開たち。
既にお腹いっぱいなのだが、まだ開けていない扉はあと二つ残っている。
もう全部順番に開けてみね? という短絡的な結論に全員一致で至ったのは今からつい十数分前のことだ。どうせ神様によれば全部開けることになるのだから、どれから行ってもいいじゃないか、と。
まだ背中を丸めている体育会系男子、いや勇者に声をかける。
「おーい、大丈夫かー?」
ビクッと大きな肩が跳ねる。
振り返った男前の顔はひどく歪んでいた。
「あ……あ……お」
「ん?」
はくはくと口を開け閉めしていた勇者は、青ざめた唇を震わせて叫んだ。
「お……お前らもどうせ用済みになったらおれを見捨てるんだろ……!? ダンジョンの奥に置いて行くんだろぉぉぉぉ!?」
「……」
何言ってんだコイツ、と冷めた目が集まるが、勇者はなおも頭を抱えてブツブツと呟く。
「死ねない……死んでたまるか……一人でも生き残るんだ……他の全員を蹴落としてでも!」
「だ、大丈夫ですか……? 気分でも……」
恐る恐る尋ねる聖女の声も聞こえていなさそうだ。
そういうことか。
ようやく俺は事情を察して天を仰いだ。仰いだところで白い天井しかないのだが。
「分かった。コイツ、追放からの成り上がって復讐する系の勇者だ」
これもまた異世界転移物のラノベではよくある設定だが、それを実体験するのは全く違う話だ。見知らぬ異世界で味方皆無、地獄そのものだろう。
「何考えてやがる、あの神様……!」
しばらく再起できそうにない勇者を見下ろして俺は毒づいた。




