第5話 結婚式には白いドレスで
「最近の女の子は、結婚式で白いドレスを着てはいけないって知らないのかしら?」
と、受付をしているベテランの宴会係・幸代が言う。
「どうして白のドレスはダメなんですか?」
と、若い金髪の入社したてのベルボーイが聞き耳を立てる。
「そうね。ホテルマンなのに髪を金色に染めたままなんて、新人にはわからないのは
当然よね」と、ため息をついて続ける。
「ウエディングドレスの新婦と競り合っているみたいでしょう。結婚式の主役は花嫁
なんだから、その色は花嫁以外は着けないのが常識でしょう」と、先輩らしく教えていた。
美幸は、そんな会話など意にも留めずに受付を済ませる。美幸のドレスは、ウエディングドレスにも引けを取らないくらい豪華できらびやかなものだった。受付の女性は、顔をじろじろ見ながら、きまり悪そうに式場の案内をしてくれた。
しかし、受付に来る女子がみんな白いドレスという異常な光景に、やがて顔色を失っていた。
――何か、とんでもないことが起こりそう。
と思うと、興味半分、不穏な情景に目を光らせていた。
親戚の姿はなかった。予定していたのかもしれないが、いや、来賓全員、白いドレスを
着た女性ばかりだった。しかも、みんな孤立していて話し声も聞こえない。
新郎新婦が席に着く。新郎はその時、会場の異様な光景に息を呑んだ。見覚えのある女性ばかりだった。つい最近別れた女が一番前の席で睨んでいた。その隣には、最近まで二股をかけていた女が怖い目をして睨んでいる。
異様な光景に司会者からも笑顔が消える。しかし、プロだけあって淡々と進行していく。幸せそうに笑っているのは新婦だけだった。
来賓の女性たちは痩せ型が多かったが、新婦だけはむしろ太っていた。お腹が大きいのはオメデタなのか、メタボなのか。聞くこともできない。新郎の顔はみるみる青ざめていく。
「それでは、新郎様の方からお祝いの言葉を頂きましょう。仕事場では上司だったという横井様、どうぞ」
紹介されてマイクを持った女性は、この会場では一番年上のように思えた。
「新婦の美保様。この度は、ご愁傷様です。このように晴れがましい場所に、新婦様が利用し捨てた女性を、白いドレスのレンタルチケットを同封してご招待するなんて粋なこと。私たちの怨念を理解して新郎をこらしめるために、こんな盛大なパーティーを仕込むなんて感心しています。一体何者? 自分が勝ったと思って、さぞ気持ちいいことでしょうね。
それぞれが、新郎に貸して返してももらえなかった金額を確かに入金して頂いたこと、お金以上に失ったものは大きかったけれど、親のいない伸ちゃんに事あるごとに甘えられて、お金をむしり取られた遺恨を、ここでぶち明けられるのは本当に晴れがましく、嬉しいことだと感謝しています。
この呪われた結婚、本当にオメデトウ。もう二度と社会に野放しにしないよう、これ以上被害者を出さないよう、よろしくお願い申し上げます」
とのスピーチに、女性たちから大きな拍手が巻き起こった。「どういうつもりだ!」
新郎は席を立って逃げようとした。「ちゃんと自分のしてきたことを聞く責任があるで
しょう? それとも、一人一人に土下座して許しを乞うなら席を立っても構わないわよ」
と神父は笑いながらマイクで言うと、声援が巻き起こる。
「このペテン師!」
「詐欺師!」
「私の結婚もダメにしておいて、自分だけ!」
「私の青春と五百万円返せ!」
そこからは全員の女性が泣き叫び、司会者は収拾に困惑し、ホテルのスタッフたちも
茫然としていた。
「さて、どう料理しても構いませんよ。今日から彼は私の奴隷。思う存分、
女の敵をいたぶってこらしめましょう」
と笑う新婦の後ろにも、何十人もの悪霊化した女たちが黒装束でついているのが見える。
自分だけ、縁もゆかりもない結婚式にギャラ付きで雇われた意味がわかった。
この美保という新婦の顔に思い当たる節があった。
「もう男は愛さない。すべてをだまし取られて、父と母にも顔向けができない。
死んでしまいたい」
と涙ながらに話していた、あの少女だ。
(雪とはだしの少女)
寒い日だった。どこかでジングルベルの曲が鳴っていた。だから年末のことだったと思う。
少女は素足で、上着もまとわず、千円を差し出した。
「付き合っていた男に売られたの。どうしたらいい?」と口早に話す。
「そんなことは、よくある話。そんなクズ男なんかにとらわれている方がもったいない。あなたには、黄金に輝く大黒様がついているのに」と言ってあげたら、急に顔色は良くなった。
「本当なんですか?」半信半疑で聞く目から邪気が消えた。
「男は相手の幸運を取っていくダメ男。縁が切れて正解だよ。かわいそうに。はじめての恋だったんだね。でも、その経験が、これからの肥やしになるって言っている。嬉しいね。ここにいると、怨霊ばかりを連れてくるから、私まで祟られそうだったから。
こんなにありがたい神様を見るのは久しぶり。信じて、あなたが忘れていた夢を思い出して。そして、男なんかに惑わされずに、脇目もふらずに……そうね、五年頑張ってみて。ほら、あそこに、あなたを一番愛してくれている人が待っているから」
そちらを向いた少女の目から涙があふれる。
「……お母さん」
雪が降ってきた。少女は一目散に白杖を持つ女の元に走って行った。母親らしき女性の
コートに包まれて泣いている。一緒にカフェに入って、温かい飲み物でも飲んだら、
悪い男への執着は溶けてなくなるかもしれない。
しかし、その母親の後ろには、黒い影が。
光と影。幸せと不幸はセットなのかもしれない。
――と思った。
あれから、大黒様はどうなったのだろう。復讐心を忘れることができなかったのか。
逃げようとしていた新郎の周囲には、白いドレスの女たちが囲んでいた。蹴りを入れて
いる女もいた。ブーケで頭を叩いて笑っている女もいた。集団心理とは怖いものだと
踵を返して帰ろうとすると、新婦が行く手を阻む。
「五年ぶりですね。あの時は助けていただいて、ありがとうございます」
満面の笑みをたたえている。その顔は、まるで能面のように、笑っているようでも、
泣いているようでも、怒っているようにも見える。
「ここのブライダルも、私の会社の傘下に入ったところなんです。そのオープニングに、過去を清算したくて。いかがでしたか?」と聞かれた。
「人を呪わば穴二つ。許せとは言わないけれど、執着は不幸への扉のひとつ。気は済んだ? こんな見世物、悪趣味だね。この報いはきっと自分に戻ってくるよ。その証拠に、
大黒様の姿はもうない。いるのは、あなたの母親に取りついていた悪霊だけ」
と言い放って、その場から逃げ出した。
この結婚式場も、あの結婚式が噂になって、しばらくしてなくなってしまった。




