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第2話 親の因果か遺伝のせい?

「何人の女を泣かしてきたの? たくさんの生霊がついていて、手におえないよ」と占い師はお金も受け取らず、彼の占いを拒んだ。

「どうしたらいいんだ? 教えてくれ」と哀願する男に、

「きくかどうかはわからないけれど、縁切り寺に行くことだね。ああ怖い。これ以上何か言ったら、私まで祟られそうだ」

と、早々に占いの蝋燭を消して店じまいをしてしまった。

男は、ずっと体調も悪く、やることなすことうまく行かずに、とうとう金策も途絶えて、寝る家もなく道路に座り込んでしまった。

「縁切り寺か」と呟いて、煙草を一服吸った。煙草も高額になって、おいそれ吸うこともできなくなった。ついさっき、浮浪者が拾って吸おうとしているのを脅して巻き上げたものだった。



(幼い日々の修羅場)

ずっと、こうやって生きてきた。そもそも親父はヤクザ者だった。いつも女を家に連れ込んで、オカンに見つかり喧嘩ばかりしていた。

自分が幼稚園児だった頃、家に先に入ったオカンの声が外まで響いた時、真っ裸の女が窓から飛び出して来た。はだしで、一目散に逃げて行った。中からオヤジとオカンの言い争いが聞こえて来た。

「あの女、何なん?」とオカン。

「知らん。見間違えとちゃうか?」と、オヤジはとぼけている。

「このパンツが証拠やんか」とオカン。

「それ、お前のとちゃうか?」とのオヤジの声が悲鳴に変わる。

「わかった。わかった。俺が悪かったよ。もうしません。謝ったやろが」

と言って「痛い、痛い」と誰かの助けを求めていた。

『どうしようかな?』と僕は迷った。このまま入って行ったら、喧嘩に巻き込まれる。

自分を盾にしてオヤジが逃げ惑うのは目に見えている。あるいは、機嫌の悪いオカンの

とばっちりを受けるのがオチだ――と一瞬判断して、隣の家に逃げた。

「また、お父さんの浮気?」と、遠慮のない隣人のおばちゃんは笑って僕を招き入れてくれた。おやつをもらって、子供向けテレビを見ていたら、オカンがのぞきに来る。

「ごめんなさい。ウチの子が勝手に家に入り込んで、まあまあお菓子まで頂いて。本当に迷惑かけてしまって、すいません」

とお詫びの品を持ってやってきた。

オカンは、こう見えても昔はなかなかのヤンキーだったそうだ。高校に入った途端、

退学になったのは屈強な男子生徒を6人も倒したからだと、もっぱらの噂だった。

隣のおばさんも当時のことを知っているらしく、オカンにはバカ丁寧に接している。

「お宅のお母さんの真由美さんも悪い人じゃないのよ。むしろ、ピュアーというか正義感が強すぎるというか。講堂の裏手に呼び出されてボコボコにされた連中っていうのが、

ほとんどヤクザ。親戚に本職のヤクザがいるって、のさばって教師も警察も手を出せない悪者だったのよ。それが、全員可愛い女の子に打ちのめされたわけだから、みっともなくて町にはいられないよね。しかも、真由美さんの勇姿はヤクザのボスにまで知れ渡って、一目置かれたって言うじゃない。このあたりで、真由美さんにたてつく人はいないんだから」と賞賛される。隣のおばさんもオカンのファンだったらしい。

「それがねえ。なんで、あのダメオヤジなんかと一緒になったんだろうね」と首をひねる。

「ありゃあ、美女と野獣だよ」と隣のおじさんまでも口を出す。

「なのに、どうして次々と女にモテるんだ?」と悔しそうだ。

「そりゃあ、あんた。あの憧れの真由美様の主人だっていうだけで、どこか魅力があるんだって女は思うのよ。お金にも女にもルーズで、借金だらけで、見た目もたいしたことないのに。あの真由美様が亭主にしてるんだから、どこか凄いんだと思うわけ。すると、

あの男はすぐつけ上がって女に手をつける。これだけはうまい。女のライバル心を

くすぐって、自分のダメな所をさらけ出して甘えるわけさ」

と見て来たようにおじさんは語る。

「おやめなさいな。子供の前で」と、おばさんがたしなめる。

大人の事情を少しわかったフリをして、「オカンもツッパリだったんだな」と納得してしまう。なぜなら、母親を怒らせる恐ろしさを生まれてこのかた何度も思い知っているからだった。そこで、自分も両親に習って、ツッパリ、ヤンキーになった。




(親に捨てられた小学2年生)

いや、小学2年生まではおぼこい普通の男の子だった。ある日、オカンが珍しく外まで

送り出してくれた。

そしてその日に先生から、

「今日で野村君は転校します。突然で寂しいけれど、新しい学校に行っても、みんなのこと忘れないで、がんばってな。応援してるよ。大変だろうけど」と言われた。

友人からも、

「友達なのに水臭いやないか? 何も言わずに転校する気じゃったんか?」

と責められた。何のことかさっぱりわからなかった。転校するなんて知らされていない。何かの間違いだろうと言えに帰ると、家の中はもぬけの殻だった。

そこには遠い親戚のおじさんがいて、不機嫌そうに車に乗せられ、全然知らぬ街に連れて行かれたのだった。

おじさんの家には子供が二人いたが、どうも他人を見下すところがあって好きにはなれなかった。「この厄介者が」と中学生の兄の方が唾を吐き出して言った。

その瞬間、ヤクザの血が呼び起こされたように叩きのめした。もちろん目に見える所は

避けていたから、叔父たちには知られていない。呻き声で半泣きしている子の髪をわしづかみにして耳元に、

「次は命の保証はないからな。瀬戸内海に沈みたくなかったら、二度と俺にイチャモン

つけんなよ。俺のオヤジはヤクザ者なんだ。一言言ったら、オヤジさんたちも半殺しなん、わかっとるじゃろう」と脅してやったら、二度と反抗的な態度は取らなくなった。

弟の方も兄に習って恐れをなして近づかなくなった。




(体は大人?心は子供)

ある日、母が迎えに来た。新しい父との間にできたという妹がヨチヨチ歩きで母親について来ていた。可愛い子だった。笑顔を向けられると、ついほだされて母親について行ってしまった。

新しい父親は真面目人間だった。公務員をしていた。どこでどうやって知り合ったのだろう。しかし母は、ヤクザな父といる時とは一転して、普通の人のように見えた。義理の父がいない昼間には昔の母に戻る。しかし、女優のようにすかしていた母親も、だんだん本性を隠さなくなっていた。それもこれも俺のせいにしていたが、怖い母の本性を知っても義理の父は献身的に母に尽くしていた。

中学に入って煙草は吸うは喧嘩はするは、悪ガキたちと街を練り歩いては警察沙汰になる連れ子の僕にも、変わらぬ態度で受け止めてくれていた。二人目の赤ちゃんは男の子だった。異常な可愛がられ方に嫉妬を覚えた僕は、赤ちゃんを泣かせてばかりいたので母から遠ざけられた。

そろそろ母親がうっとうしい年齢だった。何日も家に帰らず、下着姿の化粧の濃い女に誘われて初体験。それからは情欲に溺れて勉強どころではなくなった。やはり、父親ゆずりなのは見た目だけではなかった。

何人の女と寝ただろう? 顔も忘れた。快楽を求めていただけなので、犬がマーキングするのに似ていた。子供ができたと泣きじゃくる女もいた。知ったことじゃない。そもそも未成年の自分を弄んだのは女の方なのだから。まだ働くこともできない中学生に、何の責任があるだろう?

そう言ってやったら、「ウソ。もう成人してる遊び人なんかと思ってた」

と言って出入り禁止にされた。

『老け顔で悪かったな』と鏡の前で父親にそっくりな自分の顔を見て苦笑した。

『上等じゃないか』と喧嘩に明け暮れた。体格も大きくなっていたし、アルバイトで

力仕事ばかりしていたので腕っぷしは強かった。




(オカンの逆鱗に触れる恐怖体験)

高校生になった時、二歳上のマドンナ的な存在の彼女と付き合い始めて調子に乗っていた。ある日、六人の上級生に囲まれて人気のない場所に連れて行かれた。

「なんや? 上級生のくせに、たった一人に六人で、何しよるつもりなん?この臆病者が。かかって来いや」

と先制攻撃で三人を蹴飛ばしたまでは良かったが、相手は金属バットや鎖などを手に

持っていて一気に攻められて逃げきれなかった。

腹を蹴り上げられ、頭をかばったが、上向きにされてボコボコにされた。途中で意識がなくなって『死んだか』と思ったが、目が覚めると病院だった。歯は前歯六本も折れていた。肋骨も六本、骨折していたらしい。口も聞けない。たくさんの管につながれていた。

目を開けるのも辛かった。

そこに母がやって来た。耳元に、

「柳川たちに、やられたらしいな」と。しゃべれないので軽くうなずく。

「よーし。わかった」と母はにこりと笑って部屋から勇ましく出て行った。

ひと眠りしていたのだろう、急にドアがけたたましく開いて、

母が誰かの首根っこを掴んで放り捨てた。ドサッと音がして、男の弱々しい声がした。

「聞こえねえよ」と母が蹴りを入れている音がした。男は呻きながら、

「もう勘弁。許してくれ」と懇願していた。

「息子の痛みを体験してみたいのか?」と母の声に、男のけたたましい叫び声が重なった。

「ここは病院なんだよ。静かにせんとな」と母は男のほっぺを思いっきりつねっていた。

「本当に申し訳ありませんでした。息子には、それ相当の反省を促し、二度とこのようなことはさせません。これは、ほんの慰謝料と言いますか、お見舞いです。ここの病院代も、もちろん私の方でお支払いしておきますので、どうぞお許しください」と土下座させられていた。「ウチの息子は声も出せんよ。なんせ、歯を六本も折られてるけんなぁ」

と、まだ母はいたぶっている。騒ぎを聞きつけた看護師が入って来て、ヤクザが座り込んでいるのに驚いて部屋から出て行ったようだ。

母は急に可愛い声で、「ホンマ怖いわあ。どうしたん? ひどい顔。お医者さんに

診てもろうたら?」と言って男を立たせてドアの外に放り出したみたいだった。

『ほんまもんのヤクザ相手にウチの母親は何しよるん? 母親が高校一年の時、気に入らない六人の不良たちをボコボコにやっつけたという噂は本当だったんだ。それに比べて、俺の不甲斐なさ。やっぱり見た目だけじゃなく中身もオヤジに似とるんかな』

とため息をつく。

この一件以来、誰からも絡まれることはなくなった。それどころか、皆が顔をそむけて

近寄らなくなった。そして母の伝説は、また語られるようになった。




(オカンから逃げて、辿り着いた先は)

『このままではいられない』と高校を中退して働いた。工事現場やガソリンスタンド。

住み込みのパチンコ屋。なんでもよかった。あの母親から逃れられるなら。

父親のように捨てられるのはわかっていた。金ができると次々に女を抱いた。若かった。結婚とか将来のことなど何も考えず、ただただ日々快楽を求めて生きていた。

そのうち、水商売の女に貢がせてフラフラ遊び呆けるようになった。恐ろしい母親に

仕返しをするかのように女たちを邪険に扱っては虚しい日々を送っていた。

そして、ある時、父親の死を知った。大阪で生活保護で日雇いで稼いだ金を覚醒剤に

使って薬物中毒で孤独死だったと大阪府警から連絡があったが無視した。自分を捨てた男を父親だなんて思ったことなどなかったからだ。

父と母を恨んで、自分の人生を嘆いて、一緒にいる女に当たった。そして逃げられ、

追いかけ、暴力で支配した。ボロボロになった女に飽きて、女が稼いだ金を持って次の町へと逃げる。そんな繰り返しだった。

何人の女に恨まれているのか? 思い出せない。

そして、父親が亡くなった年になって、女たちにも見向きもされなくなって、金も使い果たして、さて。今さら、どこも雇ってはもらえない。いや、労働するのが馬鹿らしく、

頭を下げてまで生活保護なんて性に合わない。

最後の千円で占い師なんて頼ったのが悪かった。

今までの女たちが恨んで自分に取りついているなら本望だ。何度も親に捨てられた人間なんだから。誰かの心に、たとえ深い傷だとしても刻まれているなら、忘れられていないなら、それもいい。ブスばっかりだったけど、綺麗な顔して恐ろしい母親よりも数倍マシだ。

――そう嘲笑しながらも涙がとめどなく流れる。

「母ちゃん」と小さく呟く。

母親に愛されたかった。綺麗な母が自慢だった。残酷だったが強い母を崇拝していた。

今どこでどうしているんだろう? 会いたいようで会いたくない。でも、母親の面影を

求めている今が一番本当の素直な自分だと認めざるを得ない。

「オカン」

何度も言う。そのたびに様々な呆れるほどのエピソードが思い浮かぶ。涙を流しながら、そんな日々の思い出はいつしか笑い話になり、凍った心を温かく溶かしてくれる。

悔しいけれど、あの父親と母親のもとに生まれて良かったと思えた。

『俺が、ありがとうなんて言う時は死が近い証拠だな』

と観念した時、ポケットに、さきほど占い師から拒まれた千円札があるのに気づいて

立ち上がった。






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