深夜ラジオと、名前を呼ぶ声
夜十二時すぎ。
アパートの部屋は、街灯の薄いオレンジがカーテン越しに差し込むだけで、ほとんど闇だった。
ベッドの上にあお向けになったまま、ボクはスマホを胸の上で転がしつつ、今日一日を頭の中でぐるぐる反芻していた。
──放課後に届いた、あの人からのDM。
“会えてよかった。声、すごくよかったよ”
たったそれだけなのに、もはや全身が発熱してるんじゃないかってくらい、胸の奥がじんじんしている。
人に褒められることは慣れてるつもりだった。
でも、夏海さんに言われると、どうしてこんなに刺さるんだろう。
いや、刺さるんじゃなくて……沁みる、って感じ?
ベッドの上でゴロッと寝返りを打つ。
髪が頬に落ちてくすぐったい。
「……ボク、調子乗ってないよね……?」
小声でつぶやく。
別に誰もいないけど、独り言はいつだって慎重になる。
スマホの通知が震えた。
ビクッとして画面を見ると──深夜ラジオの視聴予約のリマインダーだった。
そう。
夏海さんが毎週、匿名で投稿しているという噂のラジオ番組。
ボクは最近、その番組を“習慣”のように聞くようになっていた。
ボクが勝手にそうしているだけなんだけど……なんか彼女の息遣いがそこに混じっている気がするのだ。
⸻
アプリを開くと、いつものオープニング曲がじわ〜っと流れた。
程よく脱力したDJの声が、夜の部屋の天井を柔らかく振動させる。
> 『さて、今日もリスナーの皆さんとゆっくり夜を歩いていきましょう。まずは一通、ラジオネーム“星影のリスナー”さん』
いつものほんわかしたメール。
だけどボクの耳は、そこで急に集中する。
夏海さんが投稿しているのは“星影のリスナー”じゃない。
でも、彼女の投稿はいつも突然、番組の後半──静けさが深くなる時間に出ることが多い。
だからボクは、待つ。
画面を消して、布団に潜って、耳だけを澄ませて。
⸻
そして二十分後。
> 『では次のメール。……お、久々ですね。ラジオネーム“SN”。』
……来た。
スマホ握る手が無意識に強くなる。
DJが読み始める。
> 『こんばんは。今夜は誰かに会いました。
> 会ったというより、遭遇、と言うべきでしょうか。
> 声を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなる感覚を、久しぶりに思い出しました。
> 名前は……まだ言いません。でも、その子の一人称は“ボク”でした。』
脳が一瞬で沸騰した。
布団の中で、ボクは声にならない息を吸い込む。
絶対に、ボクのことだ。
でも、でも……そんなはず……いや、そんなはずしかないだろ!?
DJが笑いながら続ける。
> 『へぇ〜。気になるねぇ、その“ボク”ちゃん。続きがあれば、また来週も読ませてください。』
投稿が読み終わると、部屋の空気が急に静かになった気がした。
ラジオの音は流れているはずなのに、ボクの意識はまるごと持っていかれていたから。
胸がぎゅうっと縮んだ。
うれしいのか、こわいのか、わからない。
照れてるのか、舞い上がってるのか、それもわからない。
ただひとつ確かなのは──
「……ボクのこと……好きなの……?」
言葉が勝手に口から落ちた。
返事はもちろん、返ってこない。
深夜ラジオは何事もなかったかのように次の曲へ進んでいく。
でも、確かに聞いた。
ボクを“ボク”として見つけた誰かの声を。
その“誰か”は間違いなく、夏海さん。
⸻
スマホの画面を見つめながら、ボクは唇を噛んだ。
──明日、会いたい。
でも、会ったら絶対に意識する。
距離が近すぎたら、変な顔してしまう。
そんなぐるぐるを抱いたまま、ボクは布団の中で身体を小さく丸めた。
「……ボク、どうしたらいいの……?」
見えない誰かに問いかけた夜だった。




