イベントの後で
週末の朝。カーテン越しの光は柔らかく、春の匂いを運んでくる。
ボクは制服の上に軽くカーディガンを羽織り、手元にチケットとスマホを握りしめていた。
「……今日か」
小さく息を吐く。心臓が、胸の奥で早鐘を打つ。
同担拒否のボクが、同じ推しを愛するあかりと会う日。
頭では「落ち着け」と言い聞かせるが、胸の奥のざわつきは止まらない。
会場に足を踏み入れると、熱気が体中を包み込んだ。
歓声、光の波、ペンライトの揺れる光――まるで空気そのものが震えている。
ボクは深呼吸をひとつして、手のひらの汗を拭った。
スマホを開くと、案の定あかりからDMが届いていた。
『ボクさん、見つけたかも!同じブロックだね!』
――えっ、隣!?
指先が自然と震える。送信ボタンを押すべきか、悩んでいる間にも心臓は暴れまくっていた。
結局、ボクは小さくスタンプを送った。
“リアルに近いけど、距離感は守る”
自分なりのルールを思い出しながら、深呼吸。
ライブが始まる。蒼真くんの声が会場中に響き渡り、胸の奥をくすぐる。
「皆さん、準備はいいですか?今日は一緒に楽しみましょう!」
歓声が波のように押し寄せ、ボクも思わずペンライトを振る。
隣で揺れるあかりのペンライトも見えた。声は聞こえないけど、DMで『きゃー!楽しすぎる!』と送られてくる。
ボクは思わず笑みがこぼれる。
“同担”のこの子と、同じ空間で同じ推しを応援している――ただそれだけで、胸がじんわり温かくなる。
曲の合間、蒼真くんのトーク。
「皆さん、最近ハマっていることはありますか?」
周囲が歓声で答える中、ボクはスマホを開き、あかりに返信する。
「ボクは……やっぱり、ラジオかな」
すぐに返事が来る。
『やっぱり!ボクさんらしい〜』
画面越しでも、あかりの笑顔が浮かぶ気がする。
次の曲は、蒼真くんの代表曲のひとつ。会場の熱気はさらに高まる。
ペンライトの光の海に、ボクもあかりも完全に包まれていた。
その瞬間、ボクはふと心の中で考える。
――この子と一緒にいる時間、なんでこんなに楽しいんだろう。
でも、同担だから……ドキドキするのはまずいはずなのに、体が勝手に反応する。
ライブ終了のアナウンスが流れる。
蒼真くんの声は最後のあいさつ。
「また次回も、一緒に楽しい時間を過ごしましょう!」
会場の熱気はまだ消えない。ボクはスマホを握り、あかりにDMを送った。
「今日は、楽しかった……ありがとう」
すぐに返事が届く。
『ボクさんも!隣で見れて嬉しかった♡』
胸の奥がじんわり熱くなる。
“同担拒否”のボクなのに、この子と過ごした時間は自然に嬉しくて、特別で、たまらない。
帰宅途中、夕陽が街をオレンジ色に染める。
ボクはふと呟く。
「……あかり、特別かも」
まだ距離は遠い。
でも、心は確かにこの子に向かっている。
春の風が、少し冷たくカーテンを揺らす。
ボクの胸も、少しずつ揺れていた。




