“投稿の続き”と、触れた手の温度
夏海さんの指先が、
ほんの一瞬、ボクの手の甲に触れた──
その程度の接触なのに、
どうして世界がこんなに静かになるんだろう。
カフェのざわめきも、
カップが触れ合う小さな音も、
全部、遠くへ押し流されていく。
あるのは、
“触れた”という事実だけ。
「……投稿の続き、ね」
夏海さんは、指先をそっと引っ込めた。
名残惜しそうに。
そして、少し笑った。
「読まれるかわからなかったから、送るか迷ったんだけど……結局、送っちゃったんだよね」
そう言いながら、スマホを取り出す。
画面に映る文字を自分の胸で隠すみたいに持っていて、
ボクには見せない。
“読んでほしいけど、全部見せるのは恥ずかしい”。
そんな女の子みたいな仕草が、あまりにも可愛い。
「ねぇみおちゃん、目を閉じて聞いてくれる?」
「……え?」
「恥ずかしいから。
でも、聞いてほしい。
声で伝えたいの」
声で。
伝えたい。
その言葉だけで、胸がきゅんと縮む。
ボクは素直に目を閉じた。
テーブルの下で、手がぎゅっと握り合うみたいに震える。
⸻
間を置いて、
夏海さんが、小さく息を整える音がした。
そして──
ゆっくり、ラジオ投稿の“続き”を読み始めた。
⸻
「……もしも、今日出会った“ボク”ちゃんが、
またわたしに会ってくれるなら──」
静かな声。
耳の奥に落ちてくるみたいな声。
「“同担拒否”だったわたしの気持ちを、
少しずつ変えてくれるんじゃないかなって……
そんなふうに思いました」
手の甲がじんわり熱くなる。
「ほんとは、誰かと好きなものを共有するのが怖かった。
比べられるのも、負けるのも、奪われるのも、全部。
でも……」
言葉がひと呼吸だけ止まる。
息を吸って、吐く音。
それすら甘くて苦しい。
「“ボク”ちゃんとなら、怖くない。
同じものを見て、同じ場所に立って、
同じ声を好きになれる気がするの」
心臓が跳ねて、
喉がきゅっと締まる。
「──もしかしたら、好きなのかもしれない。
まだ名前は言えないけど……
一人称が“ボク”の、その子が」
言い終えた瞬間、
ボクは思わず息を吸った。
目を開けると、
夏海さんが、恥ずかしそうにスマホを胸に抱えていた。
耳まで赤い。
唇を噛んで視線を伏せている。
まるで、告白した直後みたいな顔。
⸻
「……それって」
ボクは机の下で手を握りしめたまま、
かすれた声で続ける。
「ボクのこと、ですよね?」
聞いてから気づく。
たぶん、もう答えは決まっている。
でも、ちゃんと聞きたかった。
この胸の奥で暴れ続けている“想い”に、
形を与えてほしかった。
夏海さんは、
ちょっとだけ微笑んで──
そっと、ボクの手を握った。
逃げる気配なんかまったくなくて、
むしろ優しく、包み込むみたいに。
「……うん。
みおちゃんのことを言ってる。
他の誰でもないよ」
世界が、やわらかく溶けていく。
外の風の音も、
カフェの時計の針も、
全部背景に消えて──
手と手が触れた場所だけが、
いま、確かに存在してる。
ボクは、泣きそうな声でつぶやいた。
「……うれしい……」
言った瞬間、
夏海さんの指がぎゅっと重なった。
「わたしも、うれしいよ。
みおちゃん」




