放課後、二人きりのカフェで
放課後。
校門を出た瞬間、冷たい風が制服の袖をふわっと撫でた。
緊張しすぎて、呼吸が浅い。
夏海さんと会うだけなのに、どうしてこんなに足がすくむんだろう。
“会って話したい”
その一言が頭の中で反響し続けて、
授業中もノートはほとんど埋まらなかった。
黒板を見てるふりしながら、心臓ばっかり気にしてた。
スカートのポケットのスマホが小さく震える。
夏海さんからのメッセージ。
⸻
【夏海】
《ついたよ。入って奥の席にいる》
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画面を見るだけで指先が熱くなる。
人を好きになるって、こんな些細なことで体温が変わるんだ。
知らなかった。
ボクは息を整えて、
学校から二駅先の小さなカフェへ向かった。
⸻
扉を開けると、
カラン、と小さな鈴の音が鳴る。
その瞬間、
奥のテーブルで誰かがゆっくり顔を上げた。
──夏海さんだった。
窓越しの夕陽に照らされて、
髪の先まで淡く光って見える。
白いカップを両手で包んでいて、
視線が合った瞬間、わずかに目を丸くした。
「……来てくれて、ありがとう」
その一言が、
夕暮れよりずっとあったかくて、
ボクは一歩、また一歩と吸い寄せられるみたいに席へ向かった。
⸻
向かいに座ると、
胸の前で手をぎゅっと握りしめたくなるほど緊張した。
近い。
近い。
夏海さんのまつげの影まで見える距離。
「昨日のラジオ……聴いたんだよね」
やわらかい声。
だけど逃げ場のない、まっすぐな目。
「……はい」
かろうじて声にしたけれど、
ボクの喉は乾ききっていた。
⸻
「どう思った……? その、“ボク”って言ったところ」
“ボク”
わざわざ、その単語にだけ優しく指を置くみたいな声の出し方。
その瞬間、
ボクの心臓は壊れたみたいに跳ねた。
「……ボクのこと、ですよね?」
聞いた瞬間、後悔した。
声が震えてる。
目をそらしたのも、たぶんバレてる。
でも、夏海さんは笑わなかった。
からかわなかった。
むしろ、
少し息をのむ音がした。
⸻
「……気づいてたんだね」
静かな、でもどこかうれしそうな声。
「ううん、気づかせたくなかったわけじゃないの。ただ……あの投稿、少し気持ちが出すぎたから」
夏海さんは、カップの縁を指でなぞる。
その仕草さえ、胸を締め付ける。
「だって、昨日のみおちゃん……すごく綺麗に声を出してて。
最初は“同担の子だ”って思っただけなのに……気づいたら、目で追ってて。耳も奪われてて」
“みおちゃん”
名前を呼ばれただけで視界がにじむ。
「……ボクも、夏海さんのこと……ずっと見てました」
言ってしまった。
でも嘘じゃない。
推しとして見てたけど、それだけじゃない気持ちも混じり始めていた。
だからこそ、胸が苦しい。
⸻
カフェのスピーカーから流れるジャズの音がゆっくり溶けていくような静けさ。
夏海さんが、
テーブルの上でそっと手を伸ばしてきた。
触れられるか迷っているみたいに。
でも確かに、ボクの手の方向へ──
あと少しで触れそうな距離。
「同担拒否のこと、ね……。
本当は、拒否したいわけじゃないんだよ。
怖いんだ、たぶん。
好きなものを誰かと分けるのって」
その横顔が、泣き出しそうに優しくて。
ボクの胸の奥の奥まで入り込んでくる。
「でも……みおちゃんは違う。
分け合う、じゃなくて……一緒に見てくれる気がしたから」
手が、触れた。
ほんの指先。
それだけなのに世界が一度止まった。
⸻
「ねぇ、みおちゃん……
ボクの投稿、まだ続きがあるんだ」
夏海さんの声が、
夕陽に染まったカフェの空気を震わせる。
「続き、聞きたい?」
心臓が、痛い。
でも、ボクは迷わず言った。
「……聞かせてください」




