洗礼の儀式
遠くを見れば広大な森が見え、両隣の畑では人々が作業している。
すると、その住民達が父上に挨拶にやってきた。
「これは領主様! おはようございます!」
「おはよう、朝から精が出るな」
「いえいえ! 我々も頑張ります!」
うわっ、家族以外で初めての人だ。
みんなは俺を伺うように、チラチラと見てくる。
すると、父上が一度俺を下ろす。
「次男のセリスだ。三歳を迎え、これから外に出ることもあるので、皆の者よろしく頼む」
「こりゃめでてぇ!」
住民達は何やら大盛り上がりだ。
俺が領主の息子だからかな?
疑問に思いつつも、再び抱っこされて道を歩いていく。
「ちちうえ、領地はどのくらい広さがあるのですか?」
「難しい質問だな……例えば、あの森一帯も領地だ」
「それって、さっき見えた森ですか?」
「そうだ。ただし、まだまだ開拓は出来ていない。我々が管理しているのは、本来の領地の一部分ということだ」
「そうなんですね」
「あそこを開拓できれば、子供達に……民に貧しい想いをさせなくて済むのだが……私の力がたりないばかりに……いや、気にするな」
「ちちうえ……僕も手伝います!」
「ははっ、お前にはまだ早いさ。だが、その気持ちは嬉しく思う」
そう言い、俺の頭を撫でる。
俺も領地の役に立ちたいから、役立てるような魔法適性があると良いな。
領地を歩くこと数十分、一際大きな建物が目に入る。
「セリス、あれがセイント教会の支部だ」
「セイント教会……?」
「教会の説明はしてないか。セイント教会は大陸にまたがる中立組織で、各国に支部を置いているのだ。アーティファクトによる魔法適性と、洗礼の儀を受けさせる役目を持つ」
「ふむふむ、そうなんですね。でも、問題とか起きそう……」
こういうのって一部の組織が腐ってたり、賄賂とかあったりするイメージ。
なんか、あんまり良い印象がない。
「よくわかるな。確かにないとは言えないが、建前上は俗世に関わっていけないことになっている。何より、我々人類にとってはなくてはならない組織だ。それに、唯一神マリアール様を祀っているしな」
「マリアール様……?」
「ああ、なんでも初代聖女様に加護を与えた方だとか。その聖女様だが……おっと、着いてしまったか。この話は、また今度にしよう」
気がつくと、教会の前に立っていた。
しかし、俺はそれどころではない。
そのマリアール様という言葉が引っかかる。
「セリス? どうした? ここからは自分で歩くぞ」
「あっ……うん!」
前を父上、後ろからホルンに見守られ教会に入る。
そこは西洋文化の教会で、前世ではテレビや教科書で見たことあるような感じだ。
すると、白いローブを着たお爺さんが立っていた。
「マイル司祭様、お待たせしてしまい申し訳ございません」
「そんなことはありませんよ。ここにいたのは、たまたまお祈りをしていたからなので」
「それなら良かったです。セリス、挨拶をしなさい」
「え、えっと……セリス……あれ? 僕の姓って?」
物凄く今更なことに気づく。
今まで、自分の姓を確認したことがない。
それも当然で、家族内で姓で呼び合うことはない。
「はっ……俺としたことが。誰かが、教えているものとばかり」
「ほほっ、そういうこともありますな」
「失礼いたしました。セリス、うちの家名はトライデント家という」
「……セリス-トライデントです、よろしくお願いします!」
……トライデント? これも何かが引っかかる。
でも、それがなんだがわからない。
「はい、よろしくお願いします。それにしても、歩いてきたのですか?」
「つい嬉しくて、領民に息子を紹介したかったのです。お披露目は、また別の機会になりますが」
「ほほっ、無理もないですな。よくぞ、無事に育ったかと」
「ええ、本当に」
その物言いも気になったが、それより頭に引っかかる。
マリアールとトライデント、この二つを何処かで聞いたような。
洗礼の儀を受けている間も考えていたが、結局答えは出なかった。
気がつくと部屋に通され、目の前には水晶がある。
「あれ? ここって……」
「セリス? ……やけに静かだと思ったが、まさか洗礼の儀も聞いてなかったのか?」
「あはは……そ、そんなわけないよ」
やばい、全然聞いてなかったや。
なんか、司祭様がブツブツ言ってた気がするけど。
「やれやれ、司祭様申し訳ございません」
「いえいえ、ただじっとしていられるだけ偉いですよ。ただ、これはきちんと聞いてくださいね」
「は、はい!」
「良い返事です。では、この水が入ったコップを両手で押さえてください」
「押さえるだけですか?」
「ええ、そうです。それにより魔法適性がわかるのですよ。火なら温くなり、水なら溢れ、風なら揺れ、土なら水が減り、光なら光り、闇なら暗くなります」
なるほど、なんかどっかで見たようなやり方だ。
とにかく言われた通りにコップを両手で挟む。
「……見た目的には何も変化がない? ってことは火なのか?」
「じゃあ、母上やねえさんと同じだ!」
「いえ、少しお待ちください……これは暖かくない」
「……へっ?」
「……適性なしということかもしれません」
その言葉に、俺の頭は真っ白になるのだった。




