アラン視点
いつ以来だろうか。
妻が、こんなに晴れやかな表情になっているのは。
森の中にある果樹園で、鼻歌を歌いながら嬉しそうに採取を行っている。
きっと、セリス達に食べさせるデザートても考えているのだろう。
その姿に、俺も思わず笑みがこぼれてしまう。
「アラン? ちょっと、何を笑っているの?」
「すまんすまん。つい、君が嬉しそうでな」
「ふふ、当たり前じゃない。あのセリスが、元気に育ってくれたもの」
すると、まるで少女のように微笑む。
これは子供達の前では見せない、俺だけが知る顔だ。
そして同時に、最近は見れなかった顔でもある……セリスには感謝せねばな。
俺は妻なしでは生きてはいけないし、妻の笑顔が好きだから。
「本当にな。あの時は、揉めに揉めたなぁ」
「だって貴方ってば、産むのをやめないかとか言うんだもの」
「それは……君の身体が心配だった。まだ子供たちも小さかったし」
「意地の悪い言い方してごめんなさい。でも、どうしても産みたかったの。いや、産まないといけないって」
俺達は結婚して、割とすぐにナンナとキュアンという子宝に恵まれた。
しかしそれ以降妻は体調を崩すことが多く、もう子供は無理と思っていた。
そんな時に七年ぶりに妊娠し、夫婦でよく話し合うことに。
俺は喜びつつも反対し、妻は絶対に産むと言って聞かなかったっけ。
「産みたいはわかるが、産まないといけないとは?」
「あの時、それを強く思ったの。問題は色々あったけど、不幸せと思ったことはないし……どうしてかしら、その方がいい気がしたのよ」
「直感というものか……だが、結果的には合っていたな。セリスが元気に育ってくれたおかげで、我が家は随分と明るくなった」
ナンナとキュアンは喧嘩ばかりで、セリスが生まれるまでは口も聞かなかった。
それが今や、セリスを通してたがきちんと仲良くやっている。
俺も領内の問題やストレスなどにより疲れていたが、帰ってきて楽しそうな家族がいることで耐えられた。
妻の笑顔も増え、平穏な日々を過ごせたのだ。
「きっと、神様が授けてくれたのよ。私達に幸せになって良いんだって」
「……そうかもしれないな」
俺も妻も、生家の家族との関係が良くない。
俺は厳格な家柄とは合わず、妻は大貴族との結婚を強いられそうになったり。
俺が手柄を立てたから結婚を許されたものの、半ば駆け落ちに近い形だ。
「でも、子供を産んでわかったこともあるわ。誰も、子供に茨の道を歩んで欲しくないもの」
「それは言えてるな……俺も戦争に出ると言ったら反対されたっけな。セリスが成長したら、それぞれの実家にご挨拶に伺うか」
「それも良いわね。さて、こんなものかしら。あんまり長いと、あの子達が寂しがるわ」
「俺としては愛しの妻と二人きりで嬉しいのだが」
「そんなこと言って、気になってるくせに」
「……バレたか」
確かに妻との時間は良い。
しかし、子供との時間も掛け替えのない時間だ。
きっと、いられる時間はそんなに長くはないだろう。
キュアンやナンナなどは、あと数年で成人してしまう。
「バレバレよ。セリスにだってデレデレだし」
「ナンナとキュアンにも愛情はあるのだが、あの時は余裕もなかったからな」
「それはそうね。領地のことで大変だったし、あの子達はほとんど年子だったから」
「いやはや、良くここまでこれた。妻のおかげ……いや、セシルのおかげだ。引き続き、よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ。それじゃ、戻りましょう」
「ああ、そうするか」
名残惜しいが、これでデートは終わりだ。
村の外れ故に護衛などもいないので、久々にゆっくりできた。
明日からも、引き続き頑張るとしよう。
「ふふ、何を作ろうかしら」
「リンゴか。焼きリンゴとかだろうか?」
「それくらいしかないかな。本当は牛乳とかバターがあったら、お菓子とか作れるんだけど」
「あれらは高級品だしな——危ない!」
考えるより先に、俺はセシルを突き飛ばす。
「きゃっ!? アレン、何を……あっ」
「グルルッ……!」
目の前にいるのは、魔狼ガゼルと呼ばれる魔獣である。
こいつが、突然草むらからセシルに向かって襲いかかったのだ。
咄嗟にセシルを庇ったのは良いが、利き腕に傷を負ってしまったか。
「セシル! 衛兵がいる場所まで逃げるんだ!」
「そんな……利き腕を怪我してる貴方を放ってはいけないわ!」
「グルルッ!」
「ちっ、そもそも逃がさせてくれないか」
ガゼルの視線は俺ではなく、セシルの方を向いてる。
最初からセシルを狙ったことといい、そちらに狙いを定めているようだ。
くそっ、なんでこんなところにガゼルがいる。
領地の外れとは言え、ここは人里だぞ。
「ガルル……!」
「ならば、倒すまで!」
利き腕ではない方で剣を構え、どうにかガゼルと戦う。
セシルに狙いが行かぬように果敢に攻め立てる。
「セァ!」
「グルッ!」
「くそっ、素早いな」
やはり利き腕じゃないのが厳しい。
何より、利き腕からは血が出ている。
長引くたびに、こちらが不利になるだろう。
「わ、私も戦うわ」
「だめだ。無事に産まれたとは言え、君はセリスを産んだ時に体を悪くしている」
彼女は本来なら一流の火魔法使いだ。
それこそ、森の中でも火事を起こさないほどのコントロールを持つ。
しかしセリスを産んだ時に無理をし、戦うことは難しい。
「で、でも、このままじゃ」
「大丈夫だ、君は命に代えても守り抜く」
「そんなの……私だって」
「グルルッ!」
「とにかく君は後ろに!」
様子見していたガゼルが、再び襲いかかってくる。
俺はそれを迎撃しようと剣を構えた時——激痛が走った。
「くぅ……!」
「グルァァァァ!」
腕の痛みにより、一瞬動きが止まってしまう。
「しまっ——」
「アラン——!!」
そして目の前には……俺の前で両手を広げる愛しき妻の姿があった。




