おすすめのクレープはバナナホイップクリームです
「もし、貴族女学院の生徒ではないですか?」
急に声を掛けられてどきりとした。
(そうよね、制服だもの。登校している筈の時間なのに、こんなところにいたら不良だわ。)
声を掛けてくれたのは若い男性で、昨日の軍務省の人たちが着ていたものと似たような服を着ていた。
汗がダラダラと背中を伝う。
(不良だと警察に連れて行かれたら、ますます私が犯人だと思われてしまうわ。いえ、それよりも…)
一度でいいから、もう一度生家のあった場所を見たかった。空襲でほとんど焼けてしまったけれど、それでもきっと、覚えている景色はある筈だから。
(…きっとお母さんに一番近い場所だわ。)
「ははあ、さてはサボりだな。その反応は初犯だろう。」
男性はニヤッと笑った。
そのままキョトンとするモルガナの隣に腰掛ける。
「何だなんだ、せっかくのサボりなんだ、盛り盛りに生クリームやアイスを乗せてしまえばいいのに。お嬢様は控えめだなあ。
どうせ怒られるんなら、堂々とやれるだけやっちゃえばいいんのに」
「そんな発想はなかったわ、凄い…」
男性はハハハッと明るく笑った。
(爽やかな海のような青い瞳。この方は目が宝石なのかしら。)
撫でつけた黒髪、高い鼻梁、ちゃめっ気のある丸い瞳。整った顔立ちながら、親しみやすい。
背は高く、鍛えているのだろう姿勢も良い。
(きっと女性にモテるのね、慣れているから私などとも話してくれるのかも)
「実はね、これから大事な仕事なんですよ。」
「え⁉︎ではこのようなところでお休みになっていては…」
「いやいや、公僕として、幸せの象徴クレープを食べながら、泣きそうな顔をしている女の子を放っておいたらいけないって法律で決まってるでしょう?」
「…聞いたことありません。私、泣きそうでしたか?」
「うん、今にも天使になって空に召されそうなほど儚かったですよ。」
「…素敵な表現をなさるのですね。」
飄々としているようで、的を射た答えに、モルガナは男性の顔を見られなくなった。
下を向いたモルガナに男性は続ける。
「十代の悩みって色々ありますよね、うん、そういう俺も二十歳になったばかりですけどね。」
「まあ、しっかりしてらっしゃる。」
とても二十歳には見えなかった。それは良い意味で。堂々としていて、大抵のことはきっと上手くこなせるのだろうと思わせる何かがあった。
「まあね。親なしなもんで、逞しく育ったんですよ。そんな俺が貴族のお嬢様に言えることなんてあんまりないですがね、何かひとつでも自分の柱になることがあると良いですよ。」
「自分の柱、ですか」
男性は一瞬伏し目がちになった。魔法や貴族に関する犯罪が主な仕事である軍務省に、この若さで親もない中入省しているのだとしたら、相当な苦労と研鑽があったのだろう。
だが、男性は一際明るく言った。
「実は、ここは俺が初恋の人にあった場所なんです。昔、一緒に遊んだんですよ。かくれんぼが上手で、すごく綺麗な子で、明るくて優しくて、俺大好きだったんです。」
「まあっ」
思わずモルガナは口を押さえた。同級生はよく恋の話をしていたが、権力のあるローズによって爪弾きにされているモルガナには、初めての恋の話だった。
「戦争があったでしょう、俺には親も家も何もなくなってしまった。
道端で食べるものを一日中探して、辛い日が多かったけれど、俺生きてその子にまた会うぞって決めて、出来る限り毎日ここに来てるんですよ。」
「きっと会える可能性は殆どないけど、でもその子がどこかで生きていると思うだけで、俺は前に進めました。
お嬢様の悩みは俺には分からないけど、何か役だったら嬉しいですよ。あとおすすめのクレープはバナナホイップクリームです。」
「有難うございます。」
「ぜひ、次会ったら感想を教えてくださいね」
男性の声は「次」を強調したように聞こえた。
「……次…。」
モルガナがそう呟いた時、後頭部に鈍い衝撃。世界が暗転し、硬い床の冷たさが背に走る。




