明日会いに行きます
「……手を、こんな風に……」
ふと自分の手を眺めた。薄く引き攣れた火傷の跡がある。右手の甲から指にかけて、白く光沢のある傷痕が広がっている。
母の形見の櫛を焼却炉で焼かれた際に、手を入れて探したからだ。炎が手の外側を焼き、熱せられた櫛が内側を焼いた。
「あの時、手の届くところにあってくれて良かった……」
櫛の歯が溶けてあちこちくっ付いている、硝子の櫛。
モルガナは首から下げている櫛を握りしめた。温かい。いや、自分の体温が伝わっているだけかもしれない。でも、母の温もりが残っているような気がした。
あの時は瞬間湯沸かし器的だが情には厚い公爵が、ローズに雷を落としてモルガナを医者に診せてくれた。
もっとも公爵は官僚であり多忙のため、医者にかかるのはかなり遅れた。
一部の指同士が癒着しており、高度医療魔法が必要だと言われて、エマ夫人は「そのような高価なものは、この子には勿体無いので結構です」と医師に断ろうとして、公爵に雷を落とされていた。
あれから、モルガナは片時もこの櫛を手放さなかった。エマ夫人もローズも、この櫛に関してはもう触れてこようとしなかった。
公爵の怒りを買うことを恐れたのだろう。
櫛の歯がくっついてしまったので、ちょうど良いので穴のようになっている部分に紐を通して首から下げている。大きな半月状のネックレスのようだ。
「お母さん……会いたいな…。」
十八にもなって恥ずかしいのかもしれない。
先日、エマ夫人はローズに見合い話が来たと言っていた。
(もうお嫁に行く歳なのに……)
けれど、今日は特に母が恋しかった。
(お母さん、誰も私を信じてくれないの……ご飯を二日も食べていないの……ねえお母さん、会いたいな……。夢でいいから)
涙が溢れてきた。透明な雫が頬を伝い、カランと音を立てて床に落ちる。
その音を聞きながら、モルガナはふと思った。
「会いに行けば良いんだわ……」
モルガナの血液がソーダ水になったようだった。爽やかで今まで味わったことのないほどすっきりとした気分だった。
(何故かしら、生きなければと思っていたわ……。死ねと言われても悲しいと思うばかりで……。そうよね)
ローズの話を信じたエマ夫人に髪を掴まれ、物差しで背中を叩かれたが、きっとこの十年で一番ぐっすり眠れた夜だった。




