宝石を宿す
「俺は迎えに来たよ。十年前の約束通りに。」
モルガナの呼吸が止まる。
声の方を見れば、笑顔の青年と、記憶の中の少年の姿が、色水が紙に染み出すように重なっていく。
黒髪が揺れ、青い瞳に光が走る。その面影が一気に鮮明になった。
「……本当に……私を迎えに来てくれたの……」
熱い涙が頬を伝う。それは硝子ではなかった。
青年は小さく頷き、優しく微笑んだ。
「お待たせ。遅くなってごめん。」
声にならない。
少年は、この青年はモルガナを大好きだと言ってくれた。生きる柱だと言ってくれたのだ。
「俺は軍務省魔法犯罪課のノア・グレイ。君と話したいことはたくさんある。十年かかるくらい。」
「……はい、たくさん聞かせてください」
「そうしよう、これからの時間は、これまでより長いから」
「でも先に一つ大事な話があるんだ」
その顔は今までにない真剣な顔だった。
「はい。」
だからモルガナも真剣に受け止める。
「今回、君の保護者が不在のため、病院から代わりに話を聞いた」
彼の声が低くなる。
「君には、忘却と宝石隠しの術が掛けられている」
遠い、遠い場所で、誰かの声が聞こえる。またきっと何かを思い出している。
「君はこう言った。『このあと、わたし、姿を変えるんだ』って。『危ないから』って。――そのときは分からなかった。けど、いまは分かる。あの虹色に光って透き通る髪も、星みたいな瞳も、流れる涙も。全部、あれは”ダイヤ”だった」
ぱきん、と、頭の奥で小さく割れる音。
「君の父上が、髪の毛一本落とさないように注意して君を抱き上げて。君はまだ遊ぶんだって暴れて、涙が落ちて。父上がそれを回収していた――けど、俺は、一粒だけ、持ってる」
彼は胸ポケットから小さな包みを取り出した。薄布を解く。米粒ほどの透明の石が、窓から差す光を受けて七色の虹を散らした。
「これが、俺の『生きる柱』。戦争中も、独りきりだった戦後も。ずっとこれを見て、君に会うことを考えてた。」
七色の光が、白い病室を照らす。その瞬間。
「忘れていなさい。忘れることが、お前を守る。」
(……お父さん?)
「モルガナ、大好きだよ。」
忘れていた父の優しい声。
忘却の術が、事実を告げられたことで役目を終える。
ぱらぱらと落ちたのは『硝子片』ではなかった。
「……!?」
モルガナは思わず口元を押さえた。
忘却の呪いが忘れさせていたものが姿を現す。
モルガナの全身から溢れた光が、モルガナの髪に、瞳に、肌に蔓のように絡み染みていく。
黒かった髪の一本一本が、光を透かし、やがて髪全体が夜明けの空のように、薄く、透きとおって輝く。
黒だったはずの瞳は、星明りのような光点を宿し、虹彩は虹の花が咲いたようだ。
繊細なレースのような睫毛が優しく花を縁取っている。
頬を流れた涙は、今までとは異なる光を纏い、雫というより花びらの形で、薄い音を立ててシーツへ落ちた。
「……私」
それを見たモルガナの声が震える。
「君は『宝石族の中の宝石族』。王家にさえ滅多に生まれない、あまりにも価値のある『宝石を宿す人材』。だから、父上は戦時下で狙われないように隠した。忘れさせたんだ。君が生き延びるために。」




