反抗と脱出
「……ここは?痛っ!」
倒れた体勢から身体を起こそうとすると、響くような痛みがあった。頭を押さえると手にべったりと血が付いた。
モルガナは冷たい石の床の上に横たわっていた。
薄暗い地下室。分厚い扉、ここが屋敷の離れにある古い防空壕だとすぐに分かった。
「やっと起きたわね」
ランプの光に浮かび上がったのは、エマ夫人の顔だった。氷のような瞳で見下ろし、手には杖が握られている。
「どうして……」
「どうして? あんたが生きてるからよ。私の子は死んだのに、あんたばかりが生き延びて。あんたが犯人だと言えば、誰も疑わないわ。宝石でもない硝子しか出せない化け物だもの。
やっと役目をあげるんだから、しっかり果たしなさい。」
モルガナは必死に首を振る。
「私は、アンナさんを傷つけていません!」
「黙れ!」
杖の先がモルガナの喉に突きつけられ、声が出なくなる。
「お前が『犯人です』と言えば、すべて丸く収まるの。スミス家も傷つかず、ローズも守られる。あんた一人が罪をかぶればいい。それが、拾ってやった恩に報いる唯一の方法よ」
縄で縛られた足首が痛む。
けれどモルガナの心は今までと違い、恐怖と諦め以外の感情があった。
(まだ、私、死にたくない……)
もっと大変な状況でもあんなに頑張っていた人がいた。
(今は、もう少し生きてみたい。本当はまだ、まだ足掻きたい。次はクレープの感想を言わないと……。お母さんと過ごした家だって見ないといけないわ……!)
「嫌です!もう貴方の言いなりにはなりません!」
その瞬間、重い扉が外から破られる音がした。
軍務省の制服の紋章を縁取る金糸が薄い明かりの中で煌めく。
黒髪の青年が飛び込んでくる。
「動くな!」
怒声が響き、エマ夫人の手から杖が弾き飛ばされた。
青年は迷わずモルガナに駆け寄り、彼女の手足縛る『不可視の縄』へ杖を押し当てる。ぱん、と乾いた破裂音。
「ナイト嬢、!?君は今朝の…とにかくこちらへ!」
同じ制服姿の男性たちが複数入り込み、素早くエマ夫人を拘束した。エマ夫人は狼狽して叫んだ。
「な、なんで…どうしてここが!そう、主人を呼んでください!スミス公爵家に対して何という無礼な…」
青年は一瞥だけをくれて、淡々と告げる。
「ご主人には今朝早く知らせが行っている。防空壕があることを教えてくれたのはスミス公爵だよ。何か隠して行うならそこだってな。
どう言い訳しようが我々はとうに全部把握している。
ローズ・スミス、エマ・スミス。違法杖の入手経路も、暴漢にアンナ嬢を襲わせたのも、支払いに充てるためアンナ嬢の宝石を売ったのも、穴だらけの計画だ。」
エマ夫人の足から力が抜ける。軍務省の職員が静かに両腕を取り、拘束具を嵌めた。
青年はモルガナへ目を戻す。
「……立てるか?」
彼の声は、どこか懐かしい温度を持っていた気がした。モルガナは小さく頷く。ふらついた彼女を、彼の手が支えた。堅く温かい掌だった。




