表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/20

第五章 点繋道

(何歳くらいだろうか、この人は)

 見張りに立って青年の寝顔を眺めながら、一平は思いを巡らせた。

 自分よりは年上に見えるが、海人の年齢はいまいちわからない。六歳か七歳くらいだと思っていたバールが実は九歳で、二十九歳であるミラやメーヴェがもっと若く見えていた。一平自身はよく年より上に見られる。見た目よりも、中身の方がしっかりとして大人びているせいだ。

 その青年は色白で、どちらかと言えばほっそりとしていた。背は一平とそう違わない。薄青い髪は短く切り揃えられており、端正な中にも精神の強そうなキリリとした眉を持っていた。が、体毛の色が薄いためか剛毅には見えず、優男の印象が強い。

 服装は以前一平が身に着けていたものに似ている。父の形見の品であったトリトニアの衣装に。丈の短めの上下を腰のところで留めているのは同じだが、ベルトではなくサッシュだった。日本の着物に似た襟があり、両肩からはマントではなく、ケープのようなものが取り付けられている。剣帯も巻かれていたが、剣も鞘も携えていなかった。

 後で青年に聞いたところによると、先程の戦いの序盤に失くしたらしい。矢筒状の槍入れも身に付けていたのだが、シャチに帯を食い千切られて海底に沈んでしまったそうだ。

 あの槍が本当に最後の武器だったのである。

 その槍は青年の傍らに並べて置いてある。


 やがて目を覚ました青年は、一平の姿を認めるとしきりと瞬きを繰り返し、あったことを思い出そうとした。思考の焦点が合うとガバと跳ね起き、一平の前に畏まった。

 機敏な動きは武人のそれと見て取れた。

「…忝い‼︎…。先程は危ういところを助けていただき、お礼の申し上げようもありません」

 深く(こうべ)を垂れて興奮気味に訴えた。

 一平は少々面食らう。明らかに年上に見える人から遜って対されるのには慣れていない。何と答えればよいのかわからず、数秒黙した。青年がいつまでも低頭したままなので、一平は口を開いた。

「あの…。どうか、お手を上げてください」

「私の気持ちがすみませぬ。旅先で何も持たぬ身、平身低頭して感謝の意を表す他なす術がございません」

 丁寧ではあるが、はきはきとした決して小さくはない声に、休んでいたパールも眠りを破られる。寝ぼけ眼を擦りながら「一平ちゃん⁈」と声を上げる。青年がパールの声に気づいて、思わず顔を上げた。

「イッペイチャン、と申されますのか。私は、キャプターと申します。ジー国防軍の一兵卒であります。この度の南氷洋遠征軍に随行を許されここまで参りましたが、強風に迷い、孤立したところをシャチめに襲われ、危うきに至ったのでございます。貴方様が手を差し伸べてくださるのが今少し遅かったならば、私はこの海の藻屑と消えていたでしょう」

 キャプターと名乗る青年の話は滔々と流れるようだ。だが、一平はしっかりとは聞いていなかった。この青年の出身がジーと聞き、思考が一瞬停止状態になった。

 ジーはトリトニアと同じく、ポセイドニアを成す十国のひとつ。確かトリトニアにも極めて近い。隣国だったはずだ。トリトニアからの訪問者を待ち侘びていたので、出鼻を挫かれてしまったのだ。

 だが、ジーはトリトニアの隣。悲観する事はない。

「一平ちゃん!」

 パールがぼんやりする一平の袖を引っ張る。

「ジーだって。よかったね」

 パールの方が冷静に状況を把握している。それだけ、ジーはパールにとって身近な国だと言うことだ。

「あ…。…そう…だな…」

 思い直して一平は居住まいを正し、キャプターに向かう。

「ボクの名は…『一平』と申します。ちゃんはつきません。不要です。実は、あなたをお助けしたのには理由があるのです。ボクらは…ボクとこの『パール』は、トリトニアを探しています。夏季にはこの南氷洋へトリトニアの人が来ると聞いて、ぜひお会いし、トリトニアがどこにあるのか教えてもらおうと思っていたのです。まさか、ジーの方がおいでになるとは、至らぬことに思いませんでした。…でも、ジーは隣国とか。教えていただけませんか。具体的にトリトニアが北大西洋のどこにあるのか」


 騎士の礼をとっていたキャプターは、意外な面持ちで一平を見上げた。

「一平…どのは、トリトニアの方でいらっしゃったのか」

「ええ、まぁ…。半分…ですが」

「半分⁈」

「ボクのことより、この子です。パールは迷子で、トリトニアに帰りたい。だからボクは送りに来たんです。…お願いです。どうか教えてください」

「何か…色々とご事情がありそうですな…」

 一平の話に驚きと疑問を感じながらも、キャプターは深くは追求してこなかった。一平の必死の様子に、訳ありとの事情を察し、敢えて口を噤んだ。命の恩人の一平を困らせまい、との思いもあっただろうが、元々が紳士的で、人の心にずかずかと踏み込む質ではなかったようである。

「よろしゅうございます。お安い御用ですとも。トリトニアもそうでしょうが、我々ジーの住人も、軍の関係者以外はこのような遠方まで足を運ぶ事はありません。それほど厳しい地だ、ここは。それを敢えて目的のためにやってこられた。年端もゆかぬ少女を連れてということであれば、それも並大抵の努力ではできぬことです。しかも、―失礼であればお許しください―私よりは年下に見受けられるあなたのお年で。頭が下がります」

「そんな事は…ないですよ。無知なだけだ」

 お尻がムズムズとこそばゆい。

「トリトニアは…ご指摘の通り、我がジー国の隣、東にございます。ポセイドニアの中西部に位置する、気候のよい美しい国だと伺っております。大西洋を北上すること、赤道からおよそ三十八万アリエル。我々の速度で、ここから二年ほどかかります」

「ニ年…」

 そんなに…と言うべきか、それだけで…と思うべきか。

「けれど、我々は近道を知っています」

「近道?」

「抜け道、と言うべきでしょうか。遠く離れたある地点とある地点を結び、膨大な距離を跳躍するものです。限られた場所にしかありませんが、我々はそれを知っている。点繋道(てんけいどう)と呼ばれるその抜け道を駆使すれば、このような遠隔地まで時間と労力を無駄にせずに済むのです」


「点繋道…」

 SFでよく使われるワープのようなものかな?と一平は連想する。

「それは一体どこに?どことどこが繋がれているのですか?」

 どう話したものかと考え込むかのように、キャプターは顎を擦りながら、口を開いた。

「正直に申し上げましょう。これは…ジーにとっての国家機密です。あなた方はトリトニアに所縁(ゆかり)の方。そのすべてをお教えするわけには、実はいかないのです」

「そんな…」

「ジーにはジーに便利な道があり、トリトニアにはトリトニアの事情があるはずです。もしも、誰もが自由に使用することができ、その先が例えば他国の城内であったとしたらどうなります?軍による侵略が容易に可能になる。点繋道は各国の先人たちが苦労して探索し、所有しているもの。そのための道標は国それぞれの表し方をし、極秘扱いとされています。軍の機密です。つまり、他国の方に教える事は禁じられているのです」

「……」一平には言葉がない。「ボクたちに教えられる事はない、ということですか…」

 落胆を露わにして、一平は聞き返す。

「申し上げにくいが、その通りです」

 知っているのに教えてもらえない。予想もしていなかった厳しい現実に、一平は臍を噛む。

 軍の極秘事項であれば当然のことだ。いくら命の恩人とは言え、簡単に外に漏らしていいわけがない。その種の分別が必要な事は一平にもわかる。だが、悔しい。

 キャプターと言うこの青年が、ジーの人間であるために、自分たちトリトニアの者との間に一線を引かれてしまうのだ。無理を言って聞き出してもこの者に咎めがあるだろうし、また新たにトリトニアからの訪問者を見つけ出すことを考えると、気が遠くなりそうだ。トリトニアにいたとは言え、このパールが軍の機密事項を知っているはずもない。

 途方に暮れる一平を、パールも心配そうに見上げている。


 だが、キャプターは続けた。

「いや、そんなにがっかりする事はありませんよ。ごく重要な点繋道は、遠距離を跳ぶので多くの時間を短縮できるのですが、もっと小さな跳躍なら、そして偶然にもニカ国以上で重複して発見されたものなら、公道としていくつか公開されている。それなら、私の口からも教えて差し上げられます」

「‼︎」

 一平とパールの目の色が変わった。

「…と言っても、あまり便が良いとは言えない所にあるのですが…」

「でも使わずに済むよりは近道なのでしょう?」

 身体の弱いパールへの負担を考えると、ぜひとも利用したい。一日でも二日でも早く、パールを両親に会わせてあげたい。

「いくつか組み合わせることで、もっと短縮されます」

「行ってみたい!公道で構いません。ぜひ教えてください」

 いつの間にやら、一平は大きく身を乗り出していた。

「ここから一番近いのは…逆に南極点の方角へ向かわなければなりません。南極半島の西側をウェッデル海に進みます。『魔の極海』と呼ばれる、常に雪と風の吹き荒れる一帯に、流氷ではない氷の塊があります。その辺は棚氷で、四角い氷山に取り囲まれています  が、その氷は不変で変わった形をしています。丸い山の両端に塔のあるような形です。その北側の海底を600メートルも潜ると横穴が穿たれています。それをお探しなさい。

 …そうですね、シャチぐらいなら楽に入れる大きさです。そのため注意が必要ですが、オーロラの見える夜ならば、跳躍の扉は開いています。横穴に入ってゆくだけでいいのです。ものの半時もしないうちに、いきなり視界の開けた場所に出ますから。それが終着点、この場合はスコシア海へ繋がっています」

「そんなに…」

 秋が来るまでには着きたいと思っていた所を遥かに超えている。南極の海は天候が悪く荒れやすいので、かなり楽ができることになる。

「但し、お気をつけ下さい。その辺はほとんど生き物の近寄らぬところ。巨大な吸血植物が一面に繁茂し、獲物が来るのを手ぐすね引いて待ち構えているといいます」

「吸血⁈でも、そこを通った人は、何人もいるのでしょう?」

「ええ。でも、半々、ですかね。無事通れた人と、餌食となった人は。私としては、あまりお勧めしたくはない。だが、通過できればそれが一番早い。お教えできるものの中では」

「結構です。得難い情報だ。植物なら、何とか剣で切り払うこともできましょう。ご心配には及びません」

 一平の口振りから、腕に覚えあり、とのニュアンスを、キャプターは感じ取った。


「お見受けしたところ、あなたはかなりの使い手のようだ。不意を突いたとは言え、シャチを一、二太刀で仕留めた者を、私は未だかつて見たことがありません。しかも、そのように見るからに重く、扱いに難儀しそうな大剣で」

「そう…ですか?ボクの師匠は…女性ですが、ボクよりもっと優雅に、まるで芸術のように大剣を使いこなしていました。彼女の弟も同じように大剣の使い手だし、結構いるものと思っていましたが」

「いや。ご謙遜ですよ。わがジー国にも、そうはいません。あなたがトリトニアのお方なら、トリトニアとは、絶対に争いたくはないですな」

 平はパールに目で問う。

 ―ジーというのはトリトニアと⁈―

「ジーとトリトニアとは仲良し国だよ。今まで一度も交戦状態になったことない」

 一平の疑問をその目の色から読み取って、パールは答えた。

 一平は微笑む。安心と、尊敬の念を込めて。

「…あなたは、あまりトリトニアにはお詳しくないようですね。先ほども、半分、と申されていた。理由をお尋ねしてもよろしいだろうか?」

 ふたりのやりとりに引っ掛かるところがあったのだろう。キャプターは逡巡しながらも尋ねてきた。

「…特に、隠すいわれはないのです。あなたのご好意に感謝して、お答えしましょう。この子は…バールは正真正銘トリトニアの人間です。トリトニアで生まれて育った。だが、ボクは違う。父はトリトニアの者だが、母は地上の人間なんです。生まれたのも育ったのも地上だ。言ってみれば…雑種ですね」

 地上人との混血、と聞いてキャプターは目を丸くしたが、すぐに思い直して言った。

「…にもかかわらず、迷子のこの少女をトリトニアへ送り届けようと?」

「ええ。知らないことばかりで、本当に困る。不甲斐ない道連れなんです」

「それはご苦労な…。だが、あなたならできるでしょう。とても海に不慣れなようには見えませんよ」

「ありがとうございます」

「それに…雑種とは一般的に言っても強いものです。適応力があり、多少の事ではへこたれない。あなたを見て、その通りだと実感できます」

 面白い解釈だと思った。言われてみればもっともだ。

 小学校の校庭でよく草むしりをさせられたが、むしってもむしっても、雑草はすぐまた生えてきて、必要な草花より幅を利かせていたものだった。また、日本古来からの生き物よりも、交配の進んだ生き物の方が、個体数を増やしてはいなかったろうか。

 自分もそんなものの一部なのかと思うと複雑な気持ちだが、キャプターが一平を称えてくれているのはわかる。一平は曖昧に笑うしかなかった。


「点繋道は大陸の反対側、ロス海にもありますが、そこへ行くとなるとかなりの年月がかかります。今からでは時間的に不可能だ。着くまでには夏がとっくに終わってしまう。氷に閉ざされたらそこへは入れませんから、私はお勧めできない。

 …スコシア海にはサウスジョージア島と言うミナミゾウアザラシの繁殖地があります。そこでミナミゾウアザラシのドードーを訪ねるといいでしょう。あの辺一帯のミナミゾウアザラシの長です。彼のハーレムの近くの海底に、今ひとつの公道がある。そこからフォークランド諸島を通過して、パタゴニアのバルデス半島へ出られるといい。そこにも公道があると言いますから。

 詳しくは分かりませんが、一気に赤道を越えてメキシコ湾へ出られる公道がどこかにあることは確かです。そこまで行けば、もうトリトニアはすぐだ。三月もかからず辿り着けますよ」

 トリトニア、ジーを含むポセイドニアは、フロリダ半島の東の海域にあるとキャプターは言う。話を聞いていると、どうやらサルガッソの辺りだと見当がついた。船が難破をしたり、飛行機が行方不明になったりすることの多い、『魔のバミューダトライアングル』と呼ばれる地帯だ。

 彼を疑う気は毛頭なかったが、なるほどと思わせる何かを、一平は確かに感じていた。


「本当に…お世話になり申した。命拾いした上に、活力まで得ることができるとは。これで、仲間を探せます」

 キャプターははぐれ軍人。今夏の南氷洋での任務をこなし、同僚を見つけて共にジーへ帰らなければならないのだ。一平たちに同行することはできない。

「本当に大丈夫なんですか?お一人で?」

 一平は心配だ。今一度、パールの歌で体力を復調させはしたが、先だってのようなこともあり得る。

「ええ。この通り、槍も無事でしたし。あのシャチには油断をしていたのです。運も悪かったのでしょう。ジーでの卦にこの事は出ていましたから。大きな白い腹に気をつけろと。それをやり過ごせば全てよき方向に向かうだろうと。無くし物と引き換えに、得難いものをも得るだろう、とも。どうやら、よく当たる占いだったようだ」

 そう言って、キャプターは満足げに笑う。人好きのする笑顔にこちらも引き込まれてしまう。

「あなたは幸せ者だ。こんなかわいい守り神がいて」

 キャプターはあどけなく笑う珊瑚色の髪の人魚に目をやって呟いた。少女の前に屈み込み、真摯な瞳を覗き込む。

「稀有な力をお持ちだ。私の国でなら荒人神(あらひとがみ)として奉られるほどの聖なる力です。きっとあなたは真に純粋で美しい心の持ち主なのでしょうね。

 …してくださったこと、忘れはしませんよ。どうか、私の恩ある方をいつまでもお守りくださるよう、お願いします」

 パールは目をぱちくりさせてキャプターの言うことを聞いていたが、一平を守れ、と言われて戸惑った。自分の方こそが常に一平に守られている。足手纏いになってばかりの自分にはキャプターの期待は荷が重いと感じたのだ。

 素直なパールはすぐその通りに口にする。

「あの…パール…。パール、いつも一平ちゃんに迷惑かけてばかりなの。守ってもらってるのはパールの方なの。それでも…パールが一平ちゃんを守れると思う?」

 キャプターは一平に劣らぬ優しい目をして答えた。

「守ると言うのは…何も、武力や腕力といった強い力だけができることではないんですよ。優しい力や清い力の方が、どれほど生き物にとって真に必要であるか、あなたにも少しはわかるはずだ。人を生かすのは、優しく純粋な心、愛です。一平どのも、それがあるからお強いのですよ。そして、あなたの癒しの力の源も、そこから生まれてくる。自信をお持ちなさい」

 キャプターの背後に、一瞬オパール色の光が見えたような気がした。

 以前、悲しくて、苦しくて辛かった時、パールに適切な助言を与えに現れた守護神のことを、パールは思い出した。

(ビビア女神様みたい…)

 そう思いながら、真剣に頷いた。

「パール、本当は、一平ちゃんをいっぱい助けたいの」

 キャプターも頷く。

「そうでしょうとも。わかりますよ。あの方をお願いしますね」

「はい!」

 傍らでは、入り込めない話題になってしまった一平が居心地悪そうに突っ立っていた。

「では、お暇します。トリトニアに落ち着かれましたら、ぜひ一度をジーを訪問ください。大抵が、王宮に詰めておりますゆえ」

「ええ…」

 はにかんだままの一平は気の利いた挨拶を捻り出すことさえできなかった。

「お気をつけて…」

 そう言うのがやっとだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ