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第二章 食うものと食われるもの

 南アメリカ大陸を左手に見ながら南下する。

 さすがは大陸と言うだけあって、今までになく陸地の途切れることがない。ここ二、三ヶ月、山影が姿を見せてくれなくなる事はなかった。

 日本を出て以来、広大な太平洋の島々を目安に進んできたが、こんな事は初めてだ。旅程の先が長いことを痛感すると同時に、あの陸地の切れたところが南極への入り口なのだと、目を凝らすことを止められないでいる。

 緯度はだいぶ高くなった。

 それに伴って、気候も寒くなる。

 もう十一月になろうかと言う頃だが、ここは南半球であり、季節は冬ではなく夏へ向かっている。それでも日本の十二月くらいには寒くなっていた。南へ進むにつれ、風も強くなる。

 それと言うのも、南極大陸とその沿岸には、瞬間最大風速百メートルを記録するほど強烈な偏東風がいつも吹いているからだ。南緯七十度くらいを境として、この風は偏西風の影響を受けて大きく向きを変え、毎秒十から二十五メートルの南西風に変身する。その強風が海面に波を起こし、海流を押し出して、強い東回りの水流を生じさせていた。

 にもかかわらず、寒さが身堪えないことに一平は驚いていた。

 日本にいた時も、冬は半袖でも平気だったし水風呂が好きだったが、生粋の海人である父ほどには特異体質だと言われなかった。ジャンパーやコートも着れば、熱い風呂にも嫌いだが入ることはできる。同時に寒中水泳などはお茶の子さいさいだった。

 海へ出ると決めた時も、寒さ対策には重きを置かなかった。父が着ていたという服があったので、それで賄えると思っていたのだ。

 水や風の冷たさが増したということは身体の感覚として充分感じ取れた。だが、辛くはない。海も底の方へ潜れば、表層面よりはぐんと温度が低くなる。そんな事は経験済みだったが、ここまで自分の身体が海に対応できるとは意外だった。海を軽く見ていたわけではないが、明らかにこの二年間で一平の体質は海人のそれへと変質していたのだと言えよう。

 むしろ今は病弱だったというパールのことが気掛かりだ。極地近くになど行って、この子の身体が保つものなのかどうかは甚だ不安だった。だが、その心配も解消されつつある。

 一平の半分の体力もないが、口で言うほど不健康ではない。この旅の間に免疫力と忍耐力がついたようだ。相変わらずよく眠る子ではあるが。

 寒さに関しては、一平同様あまり感じていないようである。この分ならホーン岬を回るのも大丈夫だなと、一平は胸を撫で下ろしていた。


 その日も陸地は見えていた。幸いなことに、人間の街はそれほど多くない。陸地のほとんどが大自然の景観を呈している。開けた土地は少なく、崖が多い。しかも気候が厳しいせいか荒く切り立っている。波も荒波と言われる日本海など比べ物にならないくらい高い。いよいよ極地が迫ってきているのだと感じさせられた。

 その崖に、何か蠢くものがいる。たくさんだ。黒くもぞもぞと、そしていきなりスピード感を伴って、海中に消えてゆく。

「なんだろう?」

 好奇心に駆られ、一平は目を凝らした。

「なあに?」

 一平以上に好奇心の強いパールが乗り出して見つめる。

 よく見えないので、自然と前へ進み出る。

「見に行こうよ、一平ちゃん」

 にこやかに言うなり、先に立って泳ぎ出した。

 おい、待て、と止めるには、一平の方も気を惹かれ過ぎている。結局二人して陸地近くへと泳ぎ寄って行った。


「ペンギンか…」

 崖や岩を物凄いスピードで滑り降りているのはイワトビペンギンだった。

 イワトビペンギンは、大西洋の亜南極、南部温帯域から南極前線の南で繁殖する。マカロニペンギン属の中でも最も小さいペンギンだ。

 海では群れを作り、短い叫び声を上げて群れを維持している。沖合で採餌しては、波が砕ける岩場に上陸して休む。両足を揃えて岩の上を素早く跳び歩くのでこの名が付いた。

 ペンギンというと氷の上をよちよち歩きまわる可愛らしい水鳥というイメージが強いが、このイワトビペンギンはかなり攻撃的である。動きも活発で、相当な高さから平気で落下したり、土手や崖を滑ったり飛び降りたりして海に入るのだ。

 辺りにはケルプが繁茂していた。

 見通しの悪い海の中を、イワトビペンギンの群れが縦横無尽に泳ぎ回っている。

 そのスピードも大したものだ。陸の上で休んでいる時の様子からは想像もつかないほど猛々しく、まるでミサイルのように突き進む。

「うわ‼︎」

 一平たちのすぐ脇を、ペンギン弾丸(だま)が掠めてゆく。

 この危険は計算外だ。迂闊に近寄ったことを悔いたが、後の祭りだった。

 戦場さながらに逃げ回っていたが、一羽のペンギンにどつかれた。

「こんなとこでウロウロしてんじゃねーよ!」

「……」

「死にてぇのか!」

 何を怒られているのかわからず言葉に窮していると、背中に張り付いていたパールが袖を引いた。ペンギンたちがやってきた方向を指差して言った。

「オタリアだよ、一平ちゃん」

 オタリアとは、南アメリカ大陸を中心に生息するアザラシの仲間である。獣食性であり、ペンギンの天敵だ。ペンギンなど一呑みにできそうなほど大きい。

 ペンギンと同じく水陸両用の身体を持つため、常にペンギンは危険に晒される。が、何万頭と群れていても、腹が減っていない時には見向きもしないので、ペンギンの中には入り江に群れる三万ものオタリアの間を縫って海へ出る度胸を身に付けた種類もいるほどだ。

 オタリアがペンギンを狙う時は、主に海の中である。三十メートルもの長さがあるジャイアントケルプと言うどでかい海藻の林に身を潜めて、油断しているペンギンを狙うのだ。


 そのオタリアが、巨大な体を驚くほどしなやかにくねらせてペンギンロケットを追ってこちらへ向かっている。

 逃げた方がいいのかどうか、一平は一瞬迷った。

 シャチやサメならば、即断できた。だがこの場合は?アザラシは人間にとっても危険とは思われない。だが、大きな牙を持つセイウチやトドなどはどうだろう?オタリアはペンギンを主食とするらしいが、海人も襲うことがあるのだろうか?

 イワトビペンギンは体長四十から六十センチだ。体重は二、三キロ。生まれたばかりの人間の赤ちゃんほどの大きさしかない。

 よく動物園で見かけるペンギンと違い、頭に美しい飾り羽がある。

 お定まりの黒い顔と首筋、濃い藍色の背と白い腹に加え、鮮やかな黄色の側頭線が嘴の左から目の上を通って後頭部に達している。その先にあるのが繊維状の黄色い飾り羽だ。側面に長く垂れ下がっている。この飾り羽に挟まれて、後頭部に黒い冠羽が逆立っているのだ。濃いオレンジがかった茶色の嘴をけたたましく開け閉めし、短く尖った球根のような赤い目を険しく顰めて警戒音を上げ続けている。

「わーっ‼︎もう来たよォ…」

 一平たちに怒鳴りかかっていたペンギンが慌てて逃げて行った。

「そういうことか…」

 溜飲を下すとともに、一平は肚を決めた。

 自分たちがペンギンであるかどうかは関係ない。このペンギンの集団に紛れていること自体が、オタリアの標的となってしまうのだからと。

 とは言え、オタリアはもうすぐそこまで迫っている。一平たちの周りは逃げ惑うペンギンでひしめき合っている。

「ボクから離れるな、パール。しっかり捕まってろ」

「うん」 

 パールは再び一平の背中に貼り付き直した。

 そこに既に大剣はない。素早く引き抜いて一平の手の内にある。

 来ないでくれ、と一平は祈る。

 オタリアに恨みはない。奴はただ単に食事をしようとしているだけだ。できれば殺したくない。だが、向かって来られればこの剣を振るわざるを得ない。

 一平にはわかっていた。この剣にはオタリアを一撃で倒す力があることを。他でもない、一平自身の技倆がそうさせるのだ。

 一平の祈りは届かなかった。オタリアは彼の目の前で口をカッと開け、二人もろとも、ペンギンたちを十把ひと絡げにするつもりで襲いかかってきたのである。

(許せ!)

 彼は刀を振るった。

 鈍い感触と共に、辺りが生温かく温んでくる。

 オタリアの血に依るものだ。

 巨獣は己の血液のみを置き去りにして、ゆっくりと海上へと浮かんでいった。


 逃げ惑っていたペンギンたちの動きが乱れる。弾丸のように皆同じ方向へ向かっていたというのに、少しずつ舞い戻ってきた。天敵の脅威が去ったことを知り、その状況を作った功労者をよく見ようと群がってきたのだ。

 まず最初に接触を図ってきたのは、最前一平たちにぶつかって怒鳴り立てたペンギンである。

 まだ若い。茶がかったオレンジ色の嘴をけたたましく開け閉めして再びがなり立てた。

「すげー。スゲースゲースゲーッ‼︎」

 一転して感心しまくりの態度に変わっていた。

「海人だよな、あんた。海人ってそーゆー手を持ってる奴もいるんだ⁈」

 どうやら一平の右手の大剣のことを言っているらしい。二本の腕の先に―それも片方に―剣が生えているとでも思っているのだろうか。エビやカニの仲間には片方のハサミだけが大きいものもいるので、別におかしなことではないのだろうが。

 そう言えば雄にだけ見られる特徴だ。一平にとっては、充分すぎるほど意外な言われようである。

「牙も毒も持ってない上におれたちみたいな嘴もないから、もっとずっと弱いもんだと思ってたぜ。あー、びっくりした。それにしてもスゲーな」

 これか?と、大剣を両の手で支えて見せると、ペンギンは後退った。

「おおっと。おっかねーなー。中に引っ込めらんないのかよ」

 怖がってはいるようだが人懐っこい奴だ。一平が己の敵を一刀の下に倒したので、警戒心よりも好奇心が先に立っている。

 ああそうか、と一平は背中の鞘に大剣を収めることにする。それに気づいてパールも邪魔にならないよう一平の背から離れた。だが、剣が収まったのを確認してからまたすぐそばに来て、一平の服の袖を掴んだ。

「外れるのか?体から⁈」

 ペンギンは目を丸くしてその様子を見ていた。いつの間にか彼らを遠巻きにしてペンギンの輪ができていた。ペンギンたちの多くは近寄る勇気を持ち合わせていないらしい。

「これは身体の一部じゃないよ。海人の手で作られた武器だ」

 そう答えながら一平は思う。でも、ボクの身体の一部になりつつあるよな、と。海人の手で作られた事は聞き知っていたが、作っているところを見たこともなければ、作り方も素材が何なのかも知らないのだと。

「あんたが作ったのかい?」

「いや、ボクは…。ボクには作れない。そういう専門の人がいるんだ」

「海人でなくても使える?おれたちペンギンにも…」

 問われて一平は首を傾げる。

「いや。どうかな…」


 一平の大剣は五キロもの重量がある。ムラーラで指南を受け、訓練して自在に振るえるようになるまでニヶ月かかっている。海の中なので地上ほどには物は重くないが、イワトビペンギンはペンギンの中でも特に身体の小さい方だ。身長も体重も、人間の赤ん坊くらいの大きさしかないことを考えると、とても『使える』とは言えなかった。

 気持ちはわかる。これがあれば天敵のオタリアももう怖くはないと思ったのだろう。それが海での理とは言え、弱肉強食の『弱』に当て嵌まる生き物としては、何とか酷い運命からは逃れ出たいところだ。

 聞けば、目の前のペンギンのスーは両親を共にオタリアに殺られていると言う。ペンギンにとっては日常茶飯の出来事ではあっても、自分もそんな目に遭いたいと思えるはずがない。

「無理だよ。すっごく、重いんだよ」

 言い渋る一平の横からパールが口を挟んだ。本当に正直を絵に描いたような子だ。考えなし、と言えなくもないが。

「パールなんか、怖くて触れないもん」

「おまえは、刃物が苦手だからな」

 ついこの間も、そんな話になったばかりだ。

「重さはともかく…君たちでは、剣の(つか)を握れない。ボクらのような五本指がなければ難しいと思うよ」

 スーは自分のフリッパーを眺め、残念そうにため息を吐いた。

「そっか…。そうだよな…」

 彼らの周りで成り行きを眺めているペンギンたちも、顔を見合わせたり首を横に振ったりして、無言で意思の疎通を図っている。

 そんな中から一匹のペンギンが進み出た。

 身体はスーよりも大きいが、妙にしなびて見える。人間のように皺があるわけではないが、皮膚の張りや毛皮の色艶で老齢なのだとわかる。頭の冠羽の逆立ち方も威力がない。だが目つきは鋭い。スーも赤く生き生きと輝く目をしていたが、この老ペンギンには、若い光の代わりに物事を見据える洞察力と悟りの心が表れていた。

「おまえさん、名は何と言う?」

 年寄りとは言え、ペンギンのせいか声は甲高い。

「一平…ですが…」

「ふむ…」

 老ペンギンは考え深げに頷くと、来し方を振り返って大きな声を張り上げた。

「皆の衆、聞くがよい。これが勇者じゃ。この方こそが、言い伝えに漏れ聞く勇者に違いない。皆も見たであろう。一刀両断とはこのことじゃ。我らイワトビペンギンにはどう逆立ちしてもできぬこと。この者は一瞬であのにっくきオタリアめを海の底に屠った。これこそ、勇者の証。この場に居合わせた我らは勇者との遭遇を得た。この後の幸いに繋がるはずじゃ。覚えておくがよい。偉大なる勇者の名、『一平』を」


「………」

 呆然と、一平は老ペンギンが話すのを聞いていた。勇者と呼ばれるのは初めてではないが、オタリアを一頭仕留めたくらいでこのように持ち上げられてはたまらない。なんて大袈裟なんだ、と話を止めることすらできずにいた。

「わー」

「わー」

「わー」

 ペンギンたちが突然大歓声を上げ始めた。

 飛び跳ねるような動作をしたり、ぐるぐる辺りを回ったり、フリッパーを打ち合わせたりと、実に(かまびす)しい。

 煽っているのは老ペンギンだ。そしてスーと言う若ペンギンも。

「スーよ、特におまえにはご利益があろうぞ。何しろ勇者と一番に口を利いたのだからな」

「ほんとかい?じいちゃん⁈」

 満足げに頷く老ペンギンは実に嬉しそうだ。

「わしも鼻が高いわ。孫が勇者と接触があるとなってはな」

 話の流れからすると、どうやらこのスーと言う若いペンギンは、老ペンギンの孫に当たるらしい。老ペンギンも、この落ち着きようと貫禄から言って、ルッカリーの長かまとめ役であると見て間違いない。指導者を祖父に持つにしてはスーは些か軽妙で喧嘩っ早いが、そもそもイワトビペンギンは攻撃的なきらいのある種なので、これが普通なのかもしれなかった。

「ちょっ…ちょっと待ってくださいよ…」

 さすがにバツが悪くなって、一平はやっとものを言う気力を取り戻した。

「ボクはそんな大層な者じゃありません。ただの…ちょっと大剣の扱いを覚えただけの海人です。こちらにどのような言い伝えがあるのかは知りませんが、大きな勘違いです」

「勇者の伝説は海人の間にもあると聞くが?」

 事実、ムラーラにはあった。だが、ペンギンの間で当て嵌められるとは思いもよらない。そして一平自身、それほどのことをしたとは思っていない。

「ボクは…故郷から遠く離れた地で育ったので…実はトリトニア…海人の国の伝説のことはよく知らないんです」

「トリトニアにもあるよ、勇者のお話」

 パールが一平の言い訳を台無しにしてくれた。悪気は全くないのだろうが。

 そんなことを言うなと目配せするが、パールは全く気づかない。

「海人どものことはどうでもよい。わしらイワトビの間に伝わる話の内容が重要なのだ」老ペンギンが言った。「なに、別におぬしに何か物理的な期待をしているわけではない。ただちょっと、あやかりたいだけじゃ。特に、このスーのような血気盛んな若者には大きな励みとなることだろうからの」

 さもあろう。最前まで一平に食ってかかっていたのに、一平がオタリアを倒すやスーの態度は百八十度転回したのだから。


「……」

 一平は困り切ってしまった。

 既に若ペンギンのスーは英雄を崇拝する目つきとなっている。その目ははっきりと、一平のようになりたい、自分も勇者と呼ばれたい、と訴えている。

「ねぇ、こっちの剣なら持てるんじゃないの?」

 パールが思いついて一平の腰の短剣を差し示した。

 確かに大剣と比べれば、頼りないほど小ぶりで軽い。しかし、いずれにしろペンギンのフリッパーで持つ事は適わない。万が一持てたとしても、うまく使えるのか。使えたとしても、ここのペンギンたちにこの短剣を与えて去ることはできないのだ。衣服を新調した今となっては、父を辿る(よすが)はこの短剣しか存在しないのだから。

 パールの言葉を聞いて、見せてくれとせがまれ、一平は剣帯から短剣を引き抜いた。細かい細工の為されている鞘と柄を食い入るように見つめ、触ってもいいかとスーは問う。

 断る正当な理由は何もない。

 スーは片方のフリッパーを差し上げ、一平の掌の上の短剣をつついてみた。ペンギンの力でも転がすくらいのことはできる。いろいろ試してみて、最後にスーは嘴で魚を咥えるように鞘を掴んだ。

「うん、うん。こうすればいいんだよ。ねぇ、一平ちゃん⁈」

 パールが嬉しそうに手を叩く。

 スーも嬉しそうに短剣を咥えたまま頭を振ってみせる。が、到底使いこなせるようになるとは思えない。

 周りのペンギンたちはおっかなそうに身を引き始めた。

 見兼ねて老ペンギンが口を出した。

「やめるがいい、スー。それは海人の持ち物。われらイワトビには用のないものじゃ。おまえには扱えん」

「用がないだって⁈」

 反論した途端、短剣はスーの口からポロリと落ちた。

「立ち向かえるじゃないか、これで。あの憎たらしいオタリアに」

「無駄じゃ。そのようなもの奴らには屁でもないわ」

「だって。勇者はやっつけたよ」

「オタリアを殺ったのはそれではない。あの大きい方じゃ」

 老ペンギンは短剣に目をやりながら、一平の背中の大剣を指し示す。

「ぐ…」

 スーにはぐうの音も出ない。

「勇者どの、お尋ねする。そなた、これでもオタリアめを殺れるのかね?」

 どう答えたものかと思いながら、一平は言っていた。

「…やり方によっては…。でも、効率の悪いことは確かです。巨体に対するには剣も大きく威力ある方がいい。残念ながら、百発百中の自信があるとは言えません」

「聞いたか、スー。われらには手に余るものじゃ。速やかにそれを勇者に返すがよい」

「……」

 落とした短剣を両のフリッパーで必死に支え、スーは悔しそうに唇―はないので嘴を尖らせる。

 老ペンギンの言うことには仲間を従わせる力があるらしい。不承不承ながら、スーは短剣を一平の手に戻した。

「スー…」

 なんと声を掛けてやればいいのか…。

「スーは…強くなりたいんだね」

 パールがぽろりと呟いた。

「一平ちゃんとおんなじだ。ムラーラで剣の稽古に励んでいた一平ちゃんと同じ目をしてるよ」

 遠い目をして懐かしみ、愛おしむように、パールは首を傾げている。

「勇者と…おんなじ⁈⁈」

 スーの目に輝きが戻る。勇者と同じ、と評されて平静でいられるわけがない。

「うん。だからきっと、スーも強くなるよ。きっとだよ」

 意外な者の意外な一言で皆がしばらく口を噤んだ。

 初めに声を出せたのはスーだった。

「……そう…かな…⁈」

「うん‼︎そうだよ‼︎」

 満面に笑みを湛えて即答されると、本当にそんな気がしてくるのだから不思議だ。もう、誰も異を唱えようとは思わなかった。

 スーももう短剣に固執してはいない。目つきまでもが、今までと打って変わって清々しくしっかりしたものに変わっていた。

「おれ…あんたみたいになる。きっと…」

 一平に向かって決意を述べた。

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