第十二章 使役魚エルシー
パドは力強い道連れだった。
回数を重ねるにつれ、一平とパールの二人を乗せて泳げる時間も長くなったし、滅多にものを恐れない。そして何より、地理を知っている。大西洋に不案内な一平たちにとって、またとない道案内だ。
バルデス半島界隈にあった点繋道はもちろんのこと、ブラジル半島を超えるまで、いくつもの点繋道の恩恵を蒙った。
現在、一平たち一行は赤道を越えようとしている。
北太平洋から南太平洋に入った時も、南太平洋から南極の海を越えて南大西洋に入った時もそうだったが、今回も極相が変わってきていた。海の生物は、陸を越えて繁殖の勢力を伸ばすことができないので、その大洋独特の生態系が生まれることになる。似たような魚はいるが、明らかに模様や形が異なり、お互いの海の中には絶対に混じる事はない。
自然界においては。
パナマの東の海で、一平たちは一匹のリーフィーシードラゴンに出会った。
リーフィーシードラゴン。オーストラリア東沿岸辺りに生息する生き物である。ハナミノカサゴに似た色合いの、海藻のような鰭飾りをたくさん持っている魚だ。タツノオトシゴの仲間に当たる。海藻に身をやつし、敵の目を欺く技を身に付けている。
この魚のいる海は限られている。絶対に、こんなところにはいるはずのない魚だ。だから却って目についた。隠れ蓑に最適な海藻がこの海に生えていないからだろう。
異境に生きるものの常ではあるが、リーフィーシードラゴンは他の魚たちにいじめられていた。
見ていれば、すぐわかった。仲間外れにされているのは。
おそらく繁殖期なのだろう。リーフィーシードラゴンは連れ合いを探して雌にアプローチしていたのだ。雌に気に入られようと派手に自己PRするのが動物の雄の常套手段だ。このリーフィーシードラゴンにしても、客観的に見る限りは、とても優雅で美しくしなやかだ。男性に美しさが求められると言うのは、地上生まれの人間である一平にはどうにもピンとこなかったが、自然とはそういうものらしい。リーフィーシードラゴンは自慢の鰭を一層ひらひらさせ、そのため余計目立って見えたのだ。
タツノオトシゴ系の魚たちが、珍しそうにリーフィーシードラゴンの美しい鰭飾りを見る。それに惹かれて、フラフラと寄っていく雌たちがいる。それも一匹やニ匹ではない。周りの雄たちは眉を顰める。不満げに口を尖らせる。とは言ってもタツノオトシゴに眉はないし、怒ってなくても口は尖っているが。もてもての様子を呈してくると、雄たちは一致団結して新参者のリーフィーシードラゴンに攻撃を仕掛け始めた。 四方八方からつつく。ヒレヒレがボロボロになる。小さくても残虐な部分を持ち合わせていることに驚かされる。アマゾンに住むというピラニアのようではないか。
だが、これも、弱肉強食の海の掟に則った上での出来事なのだ。いちいち関わって心を痛めていては、こちらの身がもたないのである。
そう考えるようにもなっていた一平はそのまま通り過ぎようとしたが、パールがそうさせない。
パールは「あっ」と小さく叫ぶなりリンチの現場へ飛び込んでいって、タツノオトシゴたちをその手と尾鰭で追い払ったのだ。
「パール!」
集団暴行した方もされた方も、拳の中に簡単に収まるほどの小さな生き物だ。いかにひ弱なパールと言えど蹴散らすのは容易い。パールは傷だらけのリーフィーシードラゴンだけを両手で掬い上げて心配そうに覗き込んだ。
一平もそばへ寄る。
咎め立てするほどの行為ではない。一緒になって怪我人を覗き込んだ。
「珍しいな。リーフィーシードラゴンじゃないか。南太平洋の魚じゃなかったっけ」
「エルシーだよ…」
「エルシー⁈」
一平の疑問に答えた、とはとても言えない口調で、パールは呟いた。心なしか目も焦点が合っていないような気がする。
「…使役魚だよ。トリトニアには結構いるの。王宮や軍でいっぱい飼って使ってるの」
「使役魚?」
「うん、この子たちはね。兄弟同士なら遠くにいても話ができるんだよ。だから、遠征に行く時なんかに一匹ずつ連れて行くの」
テレパシーが使える、ということだろうか。地上で言うなら携帯電話か。
「ボクたちとも、話ができるのかい?」
海の生き物と話ができることを自覚してもうずいぶんになる。一平が、形態の違うパールと自分が同族であると認識するにあたって、その事は一つの要素であった。
だが、それもある程度大きい動物に限られる。小魚の類とは、魚に知能がないからなのか、体が小さいために声も小さく聞き取れないだけなのか、とにかく話を通わせることはできない。一平たちにとっては捕食の対象なので、そうでなくては心が辛すぎて、食事をするのが難儀になる。うまくできているものだと思っていたが、見るからに小さいこの魚にパールは話す能力があると言う。
だが、予想に対してパールは首を横に振った。
「…話は…できないの。ただ、こっちの言ったことを、あちらの兄弟を通して向こうの飼い主に伝えることができるだけ」
言ったことをそのまま、声すらも変えることなく、直接頭の中に伝えることができるのだと言う。
「へえ…」
また、一つ、勉強になった。海の不思議は本当に数え切れないと一平は思う。
パールはリーフィーシードラゴンを水を掬うような手付きで抱え込んで念じ始めた。
こうなると一平には近寄りがたい。幼く、いつもあどけない人魚の少女も施術をする時だけは大人の顔になる。その身に神が降り立ったかのような神々しさを覚える。
施術の邪魔になってはと思うと、横から話しかけることも近くをうろつき回ることも憚られる。
一平は仕方なしにパールから少し離れた所におとなしく座り込んだ。パドを手招きして一緒にどうだと誘う。
イルカはすぐさまやってきた。小声で問う。
「初めて見たのか?」
という事は、パドは知っているのだ。この、エルシーと呼ばれる生き物を。
「知ってるなら教えてくれないか?遠距離通信ができるっていう事は、もしかしたらトリトニアにいる誰かと話ができるって言うことだろう?」
「そいつはどうかな」
「なぜだい⁈」
「一平も言ってたようにリーフィーシードラゴンはこの辺にはいるはずのない生き物だ。ポセイドニアじゃ養殖して増やしてるが、ここはポセイドニアじゃない。それがいるということは誰かが連れてきたんだろうけど、一匹でウロウロしてるってことは何かの理由で飼い主とはぐれたか、あるいは…」
「飼い主自体を失ったか⁈」
言い淀むパドの後を一平は引き取った。
「うん。そっちの可能性の方が大きいな」
この辺は鮫やシャチが少なくない。バドの言うのは尤もだと思えた。
「リーフィーシードラゴンをエルシーとして使うには、多少訓練が必要だ。勝手な振る舞いをせず、飼い主の指示をおとなしく守るよう躾けられている。でもこいつはガールハントしてた」
「パドみたいにね」
一平の茶々に、パドはちょっとむっとしたが、自分の主張を続ける事をやめはしなかった。
「つまり、飼い主と離れてからかなりの日数が経っているって言うことだよ。何分にも脳みそがちっちゃいからな。指示をしてくれる主人がいないと覚えたことも忘れて野生に戻っちゃうんだよ」
「なるほど…」
もしかしたら可能かな、と考えていたことも、この様子では無理かもしれないと思い始めていた。
このエルシーを使って、誰かと連絡を取るのだ。自分の兄弟としかコンタクトが取れないのなら、相手は限られている。だが、それでもよかった。トリトニアでなくても、ポセイドニアにいる誰かと話ができるのなら、それだけでトリトニアへ近づいたと思えるじゃないか。
そうこうしているうちに、パールは施術を終えたらしい。
「どうだい?」
リーフィーシードラゴンの容体を尋ねる一平に、パールは両手を差し出して見せた。掌の上には、患者が乗っている。パールの掌の上で、元気を取り戻した魚が水を掻いていた。
その魚は海藻としか見えない。鰭の先がいくつにも分かれて丸く広がっている。色が淡いのでどうにか見分けられる。繁殖地での保護色なのだろう。頭はタツノオトシゴそっくりだ。
「大丈夫…みたいだな…」
「うん。よかったよ、早く見つけて」
元気になったのならすぐこの場を離れて逃げていきそうなものだと思ったが、この魚は泳いで行こうとしない。パールを見上げて鰭を一層ひらひらさせて自分をアピールしているようだ。
「利口だな、こいつ。パールに助けられたことがわかってるみたいだ」
パドの言うように、リーフィーシードラゴンの小さな目には、感謝の光が点されていた。
「まだ完璧に野生に帰ってるわけじゃないのかな?」
「そうかもな。…あっ…」パドが小さく叫んだ。「こいつ…パールにモーションかけてるぜ。ほら」
確かに、先ほど仲間にリンチされる直前の行動とそっくり同じことをしている。だがまさか…。
当のパールは小首を傾げ、面白そうにリーフィーシードラゴンのパフォーマンスを眺めている。
「いいのかよ⁈ほっといて⁈」
一平のパールに対する気持ちに気がついているパドがしかつめらしく目配せした。
「…って言っても…」
相手は到底パールの伴侶とはなり得ないサイズと知能の持ち主だ。パールを誰にも渡したくないと考えている一平でもまともに取り合うのはばからしいと思えた。
だが、一生懸命鰭を動かして自分を美しく大きく見せようとしているリーフィーシードラゴンの健気なダンスは一見の価値がある。
自分にお礼を言っているのだと受け取って、パールは嬉しそうに手を叩いて声援を送って返している。
「おまえ、まだパールに告白してないんだろ⁈魚だからって甘く見てたら、ばかを見ることになるぞ。なんたって、パールの身体は半分魚だからな」
どこまでが本気でどこまでが冗談なのやら。パドはパールに聞こえないようにこそこそと一平に耳打ちするのである。
―告白だなんて、とんでもない!―
パールはまだ子どもなのだ。十二歳になったとは言え、十五の一平の目から見てもうんと子どもだった。その愛くるしさで多くの少年たちの心を虜にはしても、大人の女性よろしくそれにパールが応える図は想定しにくい。親に手を引かれて歩く(泳ぐ)のが、まだまだ似合う年頃に見える。
自分はパールを抱き締めたりキスしたりしたいと何度も思っているくせに、パールの方にそういう準備がまるでできていないので踏み出せない。
「結婚はまだしも、好きの一言ぐらい言っといた方がいいぞ。海人は早熟だからな」
パドが煽る。
パールのどこを見れば、早熟だなどと言う表現に辿り着くのだと、これまた一平にはぴんとこない。
「ボクがいつそんなことを考えてるって言った?言いがかりはいい加減にしてくれよ」
苦し紛れに一平は言う。口とは裏腹に、一平の頬は紅潮して動揺が顔に出ている。
「あれ?いいのかなぁ、そんなこと言っちゃって…」
パドはそれを捨て台詞にして話を打ち切った。
パールがこちらに声を掛け始めたからである。
「ねぇ、一平ちゃん、この子ペンタクスに弟がいるんだって」
「ペンタクス⁈」
忘れていた。
パールはいろんな動物の言葉を理解する、という特技を持っていたのだった。
それでは可能ではないか?あのリーフィーシードラゴンの真意を汲み取ることが⁈
俄かに心が騒ぎ始めた一平だが、それ以上に心を掻き乱されたのは、パドの方だった。
ペンタクスはパドの姉がいるという国だ。場所はポセイドニアの中でも南の方にあると言う。対するトリトニアは北方なので、南から北上を続けている彼らにとっては通り道となるはずだ。
パドも一平も、いそいそとパールのそばへ泳ぎ寄る。
「八人もいるんだって」
パールが報告する。
「それは、すごいな」
「そうなのか?」
感心するパドに確認を促す一平。
「何匹生まれても、エルシーとして使い物になるのはせいぜいが四匹だ。最低限必要な二匹っていうのも珍しくない。警戒心が強い魚だからな。まず慣れるのに時間がかかるんだ」
つくづくパドがいてくれてよかったと、尋ねながら一平は思った。トリトニアについてパールから聞き出せることはないとは言わないが、どうしても表現が未熟で不十分だ。病気がちで伏せってばかりいたせいで、知識も不足している。
パドの補足説明は簡潔明瞭でわかりやすく、一平にとっては良き友人であると同時に先生でもあったのだ。
「聞いてみようか?」
誰からともなく、そう言い出して、エルシーとして使わせてもらうことになった。
八人兄弟がいたと言うことを覚えているのなら、使役魚としての能力は温存されている。
八人の兄弟に片っ端から電話をかけて―もとい、連絡を取って―近道がないか調べようと言うのである。
やってみろと言われて、一平はエルシーの前に押し出された。
「ど…どうやるんだ?…」
電話なら受話器を耳に当てるものだが、この小さなリーフィーシードラゴンではそぐわない。
「そのまま、エルシーの目を見て喋ればいいんだよ」
と、パールは言う。
「このまま…か?」
だが、どこの誰が相手になるのかもわからない。誰なのかがわかったとしても、一平には見たことも会ったこともない人であることは確実である。見知らぬ人へ手紙を書くようなもので、なんと始めればよいのか戸惑ってしまう。
「………」
数秒考えた後、一平は言った。
「パド。代わってくれないか。どうにも思いつけない」
「ばか言え。自分のことだろうが。おまえが知りたいんだろ、おまえが聞けよ。それにおいらじゃ相手してもらえないよ。イルカだからさ」
(そういうものなのか?)
「…パール…は?…」情けないがパールに水を向けてみる。「パールは使い方知ってるんだろう?」
パールはキョトンとし、何かを思い出そうとするかのような素振りで答えた。
「知ってるけど…使ったことないよ?点繋道って子どもだけで通っちゃいけないものだから、そのことも訊くんだったらパールじゃ教えてもらえないよ、きっと」
(ボクが訊くしかないってことか…)
こんなことで…とは思うが、見知らぬだけではなく、顔も見えないとあっては話すのも緊張する。頭の中で文章をきちんと構築してから始めなければ…。パドの催促とパールの期待のまなざしも、一平の身体に突き刺さった。
「…わかったよ!」
意を決し、彼は居住まいを正した。
「…このエルシーの兄弟を従えるペンタクスの方よ。ボクの話を聞いてください」
深呼吸をするため、間を置いた。
「はじめまして。ボクの名は一平と申します。大西洋北上の旅の途中、このエルシーを拾いました。飼い主とはぐれた様子です。ボクらはポセイドニアへ向かっています。本来の生息地ではないところに放っておくのは忍びなく、また、エルシーならばいなければお困りでしょう。兄弟の元へ送り届けようと思いますので、場所を指示していただけませんか?」
エルシーは小さな丸い目を精一杯瞠くような仕草で一平の言葉を聞いていた。一言一句聞き漏らさず、記憶に留めるのを使命とする使役魚の、従順で真摯な性格がはっきりと表に現れた態度だった。
一平の言い分が終わったとわかると、エルシーは体を転じた。北の方角の海面を見つめ、尚一層目を瞠いた。
エルシーの体が明滅する。僅かな光だが、明らかに体の内部から光が発せられている。
一平はムラーラの神獣を思い出した。赤や青に光る神獣のボディーは、凶暴だが、美しかった。
発光することで通信は送られた。
返信が来るまでには思ったよりも時間がかかった。
いや、今か今かと待っているのでそう思えただけなのかもしれない。
ともあれ、返信は来た。
リーフィーシードラゴンの身体が再び光を発し始め、一平の脳に直接通信が飛び込んできた。
―ご連絡をいただき、心より感謝申し上げる。私はシェークス。ペンタクスのペリエ将軍にお仕えしている者だ。ペンタクス西部のシャワン砦に常駐している士官である。
お申し出のエルシーは我がペンタクス軍に所属するもの。こうして私と連絡が取れたのが何よりの証。かのエルシーの主はクシュラと言う。私の弟で二ヶ月ほど前より行方がわからなくなっていた。だが、エルシーだけが保護されたとあれば、おそらく弟はもう生きてはいまい。何か詳細な手掛かりなりをご存知であれば聞かせてもらいたい。こちらへ同行してもらえるのは非常に助かるので、行程を指示しよう―
ペンタクスのシェークスと名乗る者の声は一平にだけ聞こえている。事前に説明されていても奇異な体験だ。ムラーラでオリハルコンの剣に話しかけられた経験に似ているが、常時聞き慣れているわけではないので驚愕が顔に出てしまう。
それを察してバドが促した。
「なんだって?」
「あ…ああ…。えっと…」
気を取り直して通信の内容を伝達した。
「それってペンタクスへ来いってこと?」
「ああ、そうだ。強制されてはいないけれど」
「願ってもないじゃんか!」
パドは実に嬉しそうに尾鰭を振った。
「ペンタクスっていうのはどの辺だったかな?」
パールに教えてもらったことを思い出そうと、一平は頭を巡らす。
「西部ならトリトニアに近いよ。ジーとテトラーダも端の方が隣接してる。だから、砦があるんだ」
他国からの侵攻を監視、牽制するためにあるのが砦だとパドは言う。辺境の地に多い。
「それじゃあ…」
「ああ。シャワンまで行けばもうトリトニアは目と鼻の先さ」
パドのだめ押しを聞いて一平の顔がパッと輝いた。暗闇の中を手探り状態で進んできたが、やっとトンネルの先の光が小さく見えたような気がした。
「早速、返信しよう」
一平は件のエルシーに目を戻した。
「え…と、…何から言えばいいかな⁈…そうだ」コホンと咳払いをひとつして、一平は語りかけた。「ペンタクスのシェイクスさんにお伝えします。ボクらの見つけたのは残念ながらエルシーのみです。少なくともボクらが通った海域ではお探しの弟さんらしき人どころか、海人とも会っていません。南氷洋でジーの方に一人お目にかかったきりです。
弟さんの情報を持っていないボクらでもそちらへ伺ってもよろしいものでしょうか。ボクは一人ではなく連れが二人います。訳あってトリトニアへ帰る途中ですが、ポセイドニアの外からトリトニアに向かうのは初めてなので、行程を教えていただけるのは願ったり叶ったりなのですが」
「ちょっと待ってよ、一平ちゃん!」
不意に強い調子で遮られて、一平は身を引いた。パールがいきなり腕を掴んで何かを訴えようとしている。
黙した一平に、通信文は終わったと解釈したエルシーは再び明滅を始めた。
「もう送っちゃったよ。一体どうしたんだ?」
見上げるパールの目は真剣である。
「その人のことなら、パールが聞けるかもしれない」
そうだ。その手があったのだ。このエルシーがペンタクスのものだとわかったのは、パールの他の言語を解する能力のおかげだったのに。
そのことに思い至らなかったのは、やはりそれだけ一平も浮き足立っていたと言うことだだろうか。
「だったら、さっさと聞いてくれればいいものを」
パドが愚痴った。
「だって!……今思いついたんだもん!」
パールとて責められれば、一応反撃は返すのだ。
「まあまあ。どのみち今は訊けないよ。ほら…」
仲裁に入った一平は、仄かにに光るエルシーを指で差し示した
そして今度は即返答が返ってくる。
―もちろん大歓迎だ。訓練されたエルシーは貴重なのだ。それにもしかしたら、あなた方の何でもないと思われたことの中にも、手掛かりが隠されているかもしれない。
トリトニアへ行かれるのだったら、このシャワンは通り道となる。最短の点繋道をお教えするので、一刻も早いおいでを乞う―
「最短?」
いいのだろうか?と疑問が走る。
ジーのキャプターは、点繋道は数あれど、教えられないものが多いと言っていた。同国人ならともかく、一平たちは明らかにペンタクスの住人ではなく、そのことを伝えてもある。
「ボクたちはトリトニアの者ですよ?よろしいのですか?」
一平もすぐに返事を返していた。
―大丈夫。まさかいくら何でも砦内に出入り口があるようなものを教えはしない。少々ご足労願うことになるが―
「ありがとうございます。ボクらの方にも、もしや、と思うような部分が出てくるかもしれません。道中、いろいろ思い出しながら向かおうと思います」
―では…―
と、シェークスは点繋道の位置などを説明し始めた。一平たちのエルシーが北を向いて通信している。どうやらエルシーの向きで相手の方角がわかり、慣れてくると通信にかかった時間と個体の能力とで、相手方のエルシーとの距離まで予測できるらしい。
おかげで、ペンタクスまでは一週間とかからずに到着してしまった。
この成り行きは予想外だ。
ペンタクスが十国の中でも一番南にあるとは言え、ここはもう既にポセイドニアなのだ。日本でも、太平洋の真っ只中でも、冷たい氷の海でも、どっちへ行ったらよいかわからない太西洋でもない、目指すトリトニアのあるポセイドニアなのだ。しかも、トリトニアともごく近い距離にある。
逸る気持ちを抑えながら、一平は北の方角を見やっていた。




