2撃目 「ゲームの中」
「うう、腕が……痛い痛いのですわ……」
ここは舞台の裏側。
格闘ゲームの世界設定の上で成り立った空間。
私は大衆酒場『食い倒れ・タオ』にいた。
「なあ、悪かったよ。開幕ぶっぱなんかしてさ」
ショックは酒場のテーブルに何度も頭を擦り付けた。
むろん、そういうキャラではない。
「カウンターヒット後の7割コンボぐらいミスしなさいよ」
「だって、そうC P U設定されてるから……」
「おまけに、あなたの中段技、とっても見辛いのですけど」
「開発者もそれを狙ってたぜ。隙のあるキャラだから、そこは優遇しようって」
キャラひいきですわ、と私は怒り半分、同情半分のまま、妖怪鶏のソテーに食らいついた。ゲームの中だと言うのに味がした。確かに妖怪の味だ、と思う。妖怪を食べたことはないが、そんな気がした。
周囲には、モブキャラクターたちが自由に動いていた。先述の通り、ここは舞台の裏側。表に立たないキャラクターはこうして自分の意思で動いているのである。まあ、さすがに世界を飛び出るようなことはできないだろうが……まるでデバッグ・モードで遊んでいるようなワクワク感がある——が、本当に自由すぎて、よく驚く。勝手に結婚していたり、妙な会社が建っていたりする。モブは何をしても許されるらしい。羨ましい。
「まあまあ、こうして飯も食えて、オレは友達に出会えて、ハッピーだぜ」
「友達?」
「みんな意外と仕事熱心でさ、ほとんどの人は公私を弁えてるんだよ」
「つくづく、大変な世界ですのね」
同情している暇もないが。
グラスワインを飲む。私は未成年だが、ゲームの中だ。法や秩序はただのプログラム。もちろん、そんな取締りなどあるはずがない、自由な世界。
「で、お嬢ちゃんはどうしてここに?」
ショックも樽ビールを飲んでいる。そこはキャラ設定通りだった。
「さあ。気付いたらここにいたのですわ」
「新しいアップデート・キャラでもなく?」
「お嬢様キャラはすでにいましてよ」
「アネモネな。あいつは可愛くないんだよなあ」
「あなた! アネモネ様の悪口をいった暁には、地下労働施設に送られるって噂なんですのよ!?」
「表舞台だったら、な。裏ではただの生意気なガキだよ」
もはや町内の噂レベルである。
私たちは食事を終え、「じゃあ次会ったらよろしく」とねぎらいの言葉を交わして別れた。
ロンドンのような西洋風の街並みを眺めながら、ため息をつく。
これほど街が人で賑わっているのにもかかわらず、私はひとりだ。
「……どうしてこんなことに……」
このゲームから出る方法は、ないのだろうか?