1撃目 「初戦」
私は格闘ゲームの中にいた。
対戦相手は『ショック』。
ハンマーを使う、パワータイプの男性キャラクター。
「なあ、あんた。本当にやっていいのか?」
三白眼が不安そうに細められる。彼はそんなキャラクターではない。出てくる言葉は「破壊」だの「崩壊」だの、いかにもクラッシャーであるといったもの、だったはずだ。私の境遇を知らなければ、あの『ショックハンマー』は私の頭蓋をためらいなく割ってくるはずだ。
「ええ、よろしくて。もう、なんでもいいですわ」
私は拳を握った。対して筋肉もなく、制服も改造していない、単なるそこらへんにいるような生身のJ Kだ。こんな人間を闘わせるな、と全ての格ゲーに言いたい。
『Stage select……random!』
白い空間からステージが移動し、背景がマグマに変わる。『熱海』と呼ばれるステージだ。ファンからは『アタミ』と呼ばれている。ここは、地面から吹き出る溶岩を避けつつ闘わなければならないギミック・ステージだ。
ゲームであるはずなのに、汗が吹き出した。
「恨みっこなしだぜ」
ショックもまた、額に汗をかいていた。こんなステージなど何度も経験したに違いない。彼の汗は、別の理由のように思えた。
「何度も言わせないで。わたくし、腹をくくりましたの」
「そうかい、すまねえな」
画面が暗転する。
私たちは向かい合って、微笑んだ。
「破壊、崩壊、溶解ッッ!!」
ショックがハンマーを構える。画面外で見るとハンマーを手前にした格好の良いポーズだが、正面から見るとやっぱりハンマーが大きかった。彼もキャラ作りに苦労しているのだろう。
今度は私の口上。
特に決めていないので、適当に叫ぶ。
「オーッホッホッホ! 庶民との闘いなど、冷えた溶岩も同然ですわ!」
ステージの要素を絡めた口上を言えたことに、心の中でガッツポーズ。
『brave your struggle!』
見合いの合図だ。この声がまた渋くてカッコイイのである、とか言っている場合ではない。
試合、勝負、死闘——それが今、始まるのである。
私は生唾を飲み込んだ。
これから起こる闘いに、身体が震える。
『beginning!!!』
闘いの火蓋が、切って落とされた——。