11撃目 「反省→成長」
負けは負けだが、いつか大きな財産になる——そんな負けだった。
「はあー……疲れましたわ」
ゲームの中でも疲労はする。
調子、というシステムがあり、また疲労というシステムもある。ダウン値が疲労に相当するのだろう。今誰かの必殺技を喰らえば永遠に眠る自信はある。それぐらいに、疲れている。
制服をハンガーに掛け、張っておいた湯船に浸かる。
「くぅ〜効きますわ〜」
ハーブのバスオイルが心地よかった。
鏡の前に立って、身体のチェックをする。
あれだけボコボコに殴られても、あざや怪我は見当たらない。怪我のグラフィックは用意されていないのだ。汗のグラフィックはあるので、キャラクターはよく額に汗を浮かべている。
私の身体は、現実世界と同じ形を取っていた。
身長160cm、ヒップ、バスト、ウエスト、全て同じだ。
ドット描写だと、どんなふうに描かれるのだろう、と妄想する。
(ゲームキャラになれるって、こんな名誉なこと、ありませんことよ)
いい汗をかき、冷水を浴び、浴室を後にする。
外は日が沈んでいる。
夜でも、街は眠らない。
夜景を背に闘うステージも存在する。
「少し、散歩でもしようかしら」
買っておいた部屋着に着替え、私は部屋を飛び出した。
外は人で溢れていた。酒場で騒ぐ声、道端で話をする人々、賭け事で盛り上がる店、喧嘩をしている男たち、それを肴に酒を飲む人——大人の雰囲気が、そこにあった。
酒を飲んでもいいのだが、やめておいた。
シスイ戦の余韻も残っている。今日はこの気持ちを味わいたかった。
(……そうだ、あそこに行こう)
ふと思いつき、私はバスに乗った。乗客はほとんどいなかった。
バスに揺られること数十分、街並みが変わる。都市の郊外は森林が広がっていた。ここには人喰い動物がわんさかいる、という設定だが、裏ではどう過ごしているのだろうか?
さらに時間が経った。
窓の暗闇をぼんやりと眺めていると、バスが止まった。
終点の『スルガ池』に着いたのである。
運転手に「お気をつけて」と言葉をもらい、バスを後にする。
「はぉ……」
降りた瞬間に、私は感嘆した。
『スルガ池』はただの池ではない。ここには、精霊が住んでいる。
辺りには、蛍火のような淡い光で煌めいていた。
水の精霊が多いため、ほとんどは青色だったが、中には黄色、赤、桃色、白なども混ざっていた。自然のイルミネーションだった。
「……静かね」
街の喧騒もいいが、自然の静けさもいい。
闘いの疲れを癒すにはもってこいの場所だ。
精霊による霊力も相まって、身体が癒されていくのを感じる。
「……」
静かになると、思考が回る。
ショック戦、カレイタ戦、シスイ戦と、私はここに来てから3回戦った。
もちろん全て負けている。
しかし、ただ負けたのではなく、全て、意味のある負けだった。
負けることが楽しい——こんな思い、久しぶりだ。
「もっと、知らなくては」
まだまだ、わからないことがたくさんある。
自分のキャラ性能を知らずに闘うことは、火の熱さを知らずに飛び込むようなもの。
知らなければならない、私自身のこと。
この世界に生きる人々のこと。
このゲームのこと、全て、全て。
『————』
精霊が私の周りを飛んでいる。
この精霊は『ファイターの不屈の意志に惹かれる』という特性がある。ゲームでは、負けている方のキャラをステージギミックとしてサポートしたりする。私が未だ負け続けていることを知ってのことだろうか、それとも。
満月と、精霊の光が、水面に溶けている。
それを見ていると、また明日も頑張ろうと、そう思えてくる。