10撃目 「最高に楽しい」
「ヒュウ! いい身体してんねぇ!」
背後から声がした。
またモブがセクハラをしてきたのだろうか?
「なんですの、わたくし、今いそがしぎゃあ!?」
「ぎゃあ、とはなんだよ」
「だ、だだだって、だってェ!!」
そこにいたのは、スキンヘッドの修行僧『シスイ』だった。
私は興奮を隠せなかった。なぜなら、その人こそ、私が好む『トリッキーなキャラ』のひとりだったからだ。
「あ、あの! サインしてもらえますか!?」
「どこに……?」
「どこでも! あ、背中! もしくはお腹!」
男は明らかに「いやです」という顔をしていた。
ゲーム内では無表情なクールキャラだが、今は裏とのギャップに面白がっている暇はない。推しが目の前にいるのだ。
「し、ししし、シスイ、さん」
「おうよ、どうした」
「どうして、ここに」
理解できない、と言ったようにシスイは首を傾げた。
「そりゃあ、鍛錬を積むためだろう。そのための場所だ」
「裏舞台で修行をする必要はないのでは……?」
「わかってねえなあ、嬢ちゃん。オレ達はファイターなんだぜ。闘うために生きてるってもんよ。腕が鈍ったら、明日の飯も食えなくなる」
ああ、ああ!
表と同じ信念を持っているとは、さすが私の愛する修行僧である。
「ま、今日は一通り終えたからな。敵城視察ってやつだ」
「わたくしを見ても、シスイさんには足しにもなりませんわよ……」
「なるよ。なんたって嬢ちゃんは新キャラ。古いものに固執する奴から能力に限界が訪れる。古ぼけちゃあいけないってもんよ」
(いちいちかっこいいの、ずるいですわね!)
シスイの目は、喜びに満ちているようだった。
まるで強敵と巡り合ったような興奮を私は覚えた。
「それで、どうだ。この世界には慣れたか?」
「いえ、まだまだですわ。自分の性能さえも確認しきれていない状態です」
「わかるわかる。こんな技あんのかよ、って後で気付くこととか、それなのに使ってみたら微妙だったりな」
「でも、そういう技がかえって意表を突けたりしますわ」
「わかってんじゃねぇか、面白い女だぜ」
ああ、ああ。
推しと質の高い会話ができている。
これを幸福と呼ばずなんと呼ぶ?
「どうだ。ひとつ手合わせ願えるか?」
「よ、よろしくて!?」
「もちろん。手は抜かないぜ」
「ぜひ、ぜひ!」
私が同意した瞬間、人形が消えた。
画面が暗転し、『brave your struggle!』の掛け声。
「……秩序に灯火を」
シスイの周囲に札が浮かび上がる。
これがトリッキーな飛び道具として活躍するのだ。
「ああ、あなたと闘える喜び、この拳に込めますわ!」
それっぽい台詞を言った。声はめちゃくちゃ震えていた。
『beginning!』
開始とともに、シスイは札を前方に投げた。
これ自体に判定はないが、彼が呪文を唱えると、札が爆発をする。これが痛いのなんの、喰らうと宙に浮くので厄介だ。
しかも設置された札に意識を向けていると——
「フンッ!」
一気に距離を詰めたパンチが放たれる。通称『ガンパンチ』。発生の早い中距離技だ。なんとかガードをするのだが、すでに距離を詰められていた。
(ああ、推しが近い! 推しが!!)
私はトレモで発動した弱パンチを二度放った。
かなり発生が早く、シスイはその場でガードをした。
こういうときに飛び道具を放ちたいのだが——ないのならば、仕方がない!
「うりゃあ!」
必殺技のかかと落としを発動する。私が持つ対空技だ。脚の振り上げと降ろしに二回判定がある。振り上げの発生は早いが、降ろすまでに少し間が開く。気軽には触れないが、ガードさせれば有利なはず!
「陰陽——」
(きたっ!)
私は札の場所を確認する。ちょうど背中あたりに浮いていた。札の起爆が早いか、私のかかとが早いか、わからない。
「爆破!」
札が爆発した。
ガードも間に合わず、私は宙に飛ばされた——札の方が早いか!
空中でシスイを見ると、しかし、彼はのけぞっていた。
かかと落としは間に合った。差し違いになったようだ。
(なら、いけますわ!)
私は受け身を取り、間髪入れずに三度のステップで接近する。このステップの速度が、ゲーム内のキャラの中でも早い方だと体感する。根からの接近キャラの動きだ。
「はああ!」
中段技の強パンチを放つ。シスイはしっかりと見極めて立ったままガードをする。
しかし、これもこちら側が有利だ。
彼は接近キャラに弱く、発生の早い技はほとんど存在しない。
相性で闘うのも申し訳ないが、キャラ性能差をフル活用しなければ勝利はできない。
「セイヤ、セイヤッ!!」
弱パン擦り、立ちキック、全てがガードされるが、それでいい。
固めとはいかないまでも、ここまで接近をし続けられたら、痺れを切らせて跳ぶのも時間の問題だ。
私は怒涛の勢いで彼を画面端に固め続ける。
「————ッ」
やるな、というような顔を、彼は一瞬だけ浮かべた。
私は笑顔さえも浮かべながら、拳を振り続ける。
我慢比べは、どちらが勝つだろうか?
「フッ」
彼が跳んだ。
これが、私の狙いだ。
もう一度、かかと落としを繰り出す。空中ではガードができない、『昇竜技』!
「セイヤアアア!!!」
渾身の前蹴り、相手に攻撃の動作はない。
数フレーム後にはヒットする。
その脚は、しかし、宙を切った。
「な、に——がッ!?」
相手の行方を探す前に、背中から衝撃が走った。
わけもわからず、コンボが完走する。
ダウンから立ち直るも、彼はすでに三枚の札を配置させていた。上、前、背後と、私を取り囲むようにして。
(……『転移』でしたわね)
彼は札の位置に移動する能力がある。確かに、その技の発生はかなり早く、私の対空が外れるには十分な時間があった。
そして、こうして札を配置されると、接近キャラとしては迂闊に近づけない。先ほどのような札との差し違いも発生する。ダメージレースではこちらが不利だ。
だからと言って、間合いを測っていては、タイムアップとなり、ダメージを追った方の負けとなる。これもまた私の不利だ。
こういう闘い方もある——私の愛する『トリッキーさ』が、ここに。
(さすが、修行僧のシスイ……)
残り時間は20秒。
札の数は3つ。
体力は私が4割、シスイが8割。
状況は悪く、環境が整えば、こちらが不利。
(さあて、どうしましょうかね……)
私がステップを踏むのを待つように、彼も左右に揺れている。いつでも起爆ができる、いつでも突進技を放つことができる。これを崩す方法は、何かないか——。
「無尽蝶ッ!!」
その時だった。
シスイが技を放った。
私はとっさにガードをしたが、同時に目を疑った。
無尽蝶は、自身の周りを蝶で取り囲む技だ。私の昇竜技よりも発生は遅いが、この技の最中には相手の攻撃を受けない、いわゆる『無敵技』だった。たいてい、相手に張り付かれた時に返す技として使う。
しかし、今の無尽蝶。
技を放つ意味がないのだ。
コマンドミスだろうか?
(いや、違う!)
私は感じ取った。
これは、彼が私に伝えた『メッセージ』だと。
この状況を打破する鍵は、この技だと。
(……なんて優しい人なの)
表舞台ではクールな彼。
裏舞台では熱い彼。
どちらも、シスイという男なのだ。
常に新しいものを目指し、格下である私にさえも心を開く、器量のある人。
(ありがとう、シスイさん)
私はステップを踏んだ。
前へ、前へ、前へ!
背後の札の起爆圏外に出る、今度は上と前だ。
こちらが動けば、札は爆発、二つの札と中距離技で体力はゼロになる。
ここは賭けだ。
相手に札を起爆するように仕向ける、駆け引き。
「はッ!」
様々な選択肢の中で、私が選んだのは——跳躍だった。
前へ跳び、距離を詰める。これで前方の札の起爆圏外に出た。
「陰陽——」
シスイもそれをわかっている。
空中の札が光った。爆発する。
札の爆発は空中でガードはできる。できるが、その場で固まってしまう。そうすれば、また相手の流れのまま固められてしまう。
ここは、やらなければならない時!
「流星……ッ!」
私は空中で必殺技を発動する。
性能も知らない、ただ、空中で発動できる必殺技がある。知っていることはそれだけだ。
己の中にある選択肢さえも、賭け金としてベットする。
それが、勝負というものではないか?
「爆破!!」
シスイの掛け声で、札が爆発する。
私は爆風に当たり、ダメージを喰らった。
だが、技のモーションは中断していない。
瞬時に理解する——これが、私の『無敵技』だと!
「——烈風脚!!」
爆風を切り裂き、私の放つ槍の蹴りが、シスイにカウンターヒットをした。
大きくのけぞり、隙ができる。
(いける、いける、いける!)
私は着地で技のキャンセルをして、追撃に入ろうとした。
弱パンチからのコンボだ——拳を突き出した。
『time is up!』
そこで、割れるような掛け声が鳴り響いた。
私の拳は彼の目前で止まった。
タイムアップ、ラウンドが終わったのである。
「……足りなかったか」
彼は言った。
実際でタイムアップなどそうそう起こらないので、激レアボイスである。
「ああ、悔しいですわ……」
私もそれっぽいタイムアップ用のボイスを呟いてみる。本心だったが。
結局、1ラウンドは取られてしまったが、二本先取のひとつを取られたに過ぎない。
1ラウンド目に覚えたこと、相手の行動パターン、それらを駆使して、また勝負が始まる。
(楽しいですわ、楽しいですわ……!)
自分が格ゲーのキャラになると、まるでふたりの自分が中にいるようであった。
主観的な自分と、客観的な自分。
心の底から、楽しいと、そう思う。
『round 2! Beginning!』