9撃目 「トレモ」
裏舞台のトレモにやってきた。
ここは表舞台では『トレモロ通り』と呼ばれている。ひねりもない。略して『トレ通』。
カレイタの話通り、というかゲームの設定通り、アウトローの雰囲気が強かった。そもそも場所が路地裏にある。努力は影でしろ、ということなのだろうか。
(やはり、知らない顔ばかりですわね)
どのモブキャラも活気に満ちているように見える。「オレも表舞台に!」とか「裏で倒せば昇格するってよ」とか、モブの世界は楽しそうだった。まあシステム上、彼らが日の目を見ることはないのだが……。
『ヒュー。貴重な女キャラだぜ』
『身体のバランスが良い。当たり判定も悪くない』
『あいつの必殺技、エロそうだ』
現実ならセクハラ同然だが、やはり格闘ゲーム。モブはバカだった。
歩くこと10分。見慣れた場所に出た。トレモの受付画面と同じ光景が広がっていた。選択画面の看板がそこにある。
(聖地! 聖地エルサレムですわ!)
興奮を隠しながら先に進む。
裏舞台のトレモ場所は奥地にあった。
モブの選定するような目をくぐり、ようやくたどり着いた。
そこは大きな個室が広がっていた。中からそれぞれ打撃音やら掛け声が聞こえてくる。
『嬢ちゃん、利用するかい?』
モード画面とは別の男性が声をかけてきた。
「ええ、お願いします」
『10ベルだ』
金を取るとは、裏業界も大変である。
カレイタからいただいた金を使った。
『おおきに、どうぞ』
ドキドキしながら、ドアを開けた。
様々な線が入った白い空間が広がっていた。これだよこれ。
そして、目の前には人形が立っていた。ファイティングポーズを取っている。これですよこれ!
「ウプフォ……キマシタワ……!」
私は人形の前に立った。客観的に見れば、私は今、かの有名なトレモの空間に立っているのである。格ゲーを嗜む者にとっての憧れが叶ったことに喜びがあふれた。
「さあ、わたくしの可能性を見ましょうかね!」
深呼吸をして、私は人形にパンチをした。デュクシ、と人形がのけぞる。あれ、ちゃんと出るではないか?
「キック!」
ゴシャア、と人形がよろめく。良い音だ。
「強いパンチ!」
ドフゥ、と人形が吹き飛んだ。
……なんだ、技、出ます。
「そういえば、わたくしの飛び道具って、なんなのかしら」
キャラクターは自分の武器だったり信念を飛ばす。格闘家なら闘志みたいなオーラだし、武器持ちはそれに合わせた弾を飛ばす。私の武器は拳。信念は……お嬢様?
「お嬢様波動!」
両手を突き出してみる。が、何も出ない。
だが諦めない。
「お嬢様フレイム!」
口から息を飛ばす。唾が飛んだだけだった。
まだ諦めない。
「お嬢様ショックウェーブ!!!」
足を踏み下ろす。パン、とローファーが鳴っただけだった。
私はガックリとうなだれた。
飛び道具が設定されていないようだった。
「接近タイプ……好みじゃあありませんことよ……」
現実ではトリッキーなキャラが好きだった。オブジェクトを配置して起動したり、飛び道具の方向を操作できたり、そうして相手を翻弄するのが極上の喜びだった。
しかし、人生はそういうものではないか。
自分が好きなことと得意なことは別だと、誰かも言っていた。
「やってやりましょう、とことんと!」
私は人形をボコボコにすることにした。