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ポンコツ探偵の助手高生  作者: 暗室経路
第一章 闇に潜む者
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闇に潜む者 エピローグ

 それから数日。

 飽きるくらい繰り返されたテレビの報道で、私は事件の全容を知った。


 ユカリさんは探偵事務所で話していた通り、古民家を叔母から借り、そこで念願の一人生活を始めた。

 順風満帆な生活……しかし、そこで予期せぬ出来事が起こった。

 合鍵を持っていた叔父が勝手に上がり込み、あろうことかユカリさんに対し——。


 ユカリさんはソレに対し必死に抵抗し、気づけば叔父は亡くなっていた。

 ユカリさんはパニックに陥り、そのまま亡骸を二階へと運び込んだ。

 浴びた返り血は風呂場で流し、そして、何事も無かったかのように生活を再会した。


 自分の手で人を殺めた。その罪の呵責にとらわれた彼女は、全てを心の中に封じ込めることにしたのだ。

 自分が住む家で凄惨な事件があったという事実でさえ……。


 しかし、本当はそんなことは不可能だと彼女は悟っていた。

 その彼女の深層心理が心に働きかけ、謎の男が家に潜んでいるという幽霊話に脳内で変換された。


 それで彼女は、『探偵事務所に働きかけて霊能力者を探そう』とかいう突飛な行動をとっていたのだ。


「ということだったんですね……」


 私は探偵事務所のソファでくつろぎながらそう結論を述べた。

 机上には湯気立つコーヒー、手元にはスナック菓子の袋がある。


「おい」


 対面には、睨みを利かせる探偵がいた。


「ということだった、じゃねえだろうが。金は払っただろ。なんでまだウチに入り浸ってるんだよ」

「いやあ、よくよく考えれば日当代四万円って所得税かかりますし」

「……は?」


 法律では、日当を支払われる時、九千三百円未満なら源泉徴収税は発生せず、面倒くさい税の手続きをしなくて済むのだ。


「源泉徴収がめんどいので、バラバラに払ってもらおうかな、と」

「お前、マジで言ってんの? 最近の若いヤツは本当、どうなってんだよ……」


 探偵はあきれ顔を通り越して、驚愕したような表情で私を見ていた。


「いや、ちゃんとしようとしているだけ誠実じゃ無いですか。YouTubeで得た情報によれば、国家転覆罪の次に重罪なのは、未納税だって言ってたような気がしますから。あれ? 偽札だっけ?」

「……はあ、もういい。分かった。分割払いがお望みならそうしてやるから、とりあえず帰れよ」


 探偵があきれ顔でコーヒーを啜る中、私は探偵の顔を見つめていた。


「私は確かにまだガキです」


 探偵はカップを置くなり、分かりやすい嘲笑を送ってくる。


「ああ、びっくりするくらいにな」

「でも、直ぐに大人になりますよ」


 それを聞いた探偵は、神妙な面持ちだった。


「大人でもガキな奴はいっぱいいる。どういうことか分かるか? この世の中にはな、大人になりきれて無い奴が多すぎるんだ」 

「逆もしかり、じゃないんですか?」 


 頭脳は大人、体は子供のスーパーマンだっているかもしれない。

 探偵は私の言葉をバカにしたように笑った。


「どうだかな」


 彼はソファから立ち上がり、大きな事務机へと向かう。

 私はその後を追うように立ち上がり、ツカツカと。威圧するように探偵の机に手をついた。


「雇ってください」

「いやだ」

「初めてなんです。自分から働きたいと思った職場は」


 私は今まで職を好き好んで選んでいたことは無い。話のネタ程度になるかと思って手をだした職が大半だ。

 だけど今回、色々なことを体験して——興味本位でない、純粋な感情が生まれた。


「もっと知りたいと思ったんです。色々な問題を抱えた人が訪ねてくる、この職業のこと」


 探偵はあからさまに顔をしかめていた。


「それは俺には関係ない話だ。それに言ったハズだぞ、探偵は——」

「シャーロックホームズじゃない、でしょ? でもシャーロックホームズみたいな案件が舞い込んだらどうするつもりなんですか?」

「んなもん、ねえよ」

「あったじゃないですか、先日!」

「アレはちげえだろ。ていうか、あんな変な依頼が来ても今後断るわ。今までもそうだったしな」

「じゃあ——何でユカリさんの案件は受けたりしたんですか?」


 そのことを問えば、探偵はピクリと眉を動かした。


「ユカリさんに言ってましたよね? 〝研修場所の提供〟で依頼料は相殺って」

「あれは、どうせ犯罪者からマトモな料金を徴収できないと踏んだからだよ」

「それだけじゃないでしょ?」


 探偵事務所の求人応募にはこうも書かれていた。〝意欲とやる気、根気に満ち溢れた探偵の助手希望〟と。

 そう、探偵は——今の今まで、試していたのではないだろうか? 

 他の誰でもない、面接にきた人間達を、だ。それを裏付ける事実を、私はまだ掴んでいた。


「先日、テイクアウトでも利用した中華のお店に、一人で行ってきたんですよ。麻婆豆腐、おいしかったです」


 探偵はデスクチェアに深く沈み込んだ。表情は少しにやけていた。次なる言葉を待っている顔だ。


「その時、ステキなオジサマ店主に『素顔見たーい』って頼んだら、ニヤケながらマスクを外してくれました。そしたら何とビックリ、面接会場でもみた立派な白髭のオジサマと同一人物ではないじゃないですか!」


 ユカリさんが一緒にいたとき、途中寄った中華のお店。そこの白髭の店主さんを何処かで見たような気がしたのだ。

 それに、彼は言っていた。会って間も無く、名乗ってもいない私のことを「助手の嬢ちゃん」と。

 あれから暫くそのことを考えていて、ピンときた。


『とにかく、嬢ちゃんも辞めといた方がいいぜ。ヤツは人間じゃない。人格破綻者だ』


 あの中華料理屋にいた白髭のおじさんは、最初に探偵事務所で面接を受けていた人と同一人物だ。

 おそらく、彼は探偵に協力し、面接者を演じていたのだ。


「それだけじゃありません。他の面接を受けていた人たちも、妙に変な人が多いなあと思ったんです」


 私が近所を探索したところ、タンを吐いていた素敵なオバサマやら、呪詛を吐いていた老人。その他にも奇妙な挙動をとっていた人たちは全員、近隣の店で働く人たちばかりだった。

 それを目の当たりにした私は更にピンときていた。何のことは無い。彼らは全員、面接当日に探偵に雇われていた偽りの面接者達だったのだ。 

 そんな手の込んだことをする理由はただ一つ。


「エキストラの演技によって面接受験者の不安を煽り、それでも残った者の反応を見る。それも面接の試験の一環だったんでしょ? それと同時に、面説受験者の周囲への観察力を計っていた。どうです、違いますか?」

「……それで?」

「ここにいますよ。意欲とやる気、根気に満ち溢れた人材が」


 私がそう口にすると、探偵は再びコーヒーを啜った。

 永遠にも感じた数瞬の後。探偵は遂に口を開いた。


「わざわざ面接にそんなエキストラを何人も雇うと思うか? そんなことに金をかける探偵が何処にいる?」

「え? で、でも近隣のお店の人は……」

「全員、顔見知りでな、俺の事務所の面接を冷やかしにきただけだ」

「……は? 冷やかし?」

「そうだ。ていうか、俺は別にたかだか日雇いの求人の面接受験者に、探偵スキルを望んでいたわけじゃない。精々補助的な探偵業務をする人材を欲していただけだ。まあ、言うなら事務方だな」

「事務方……」


 そ、そうだったのか。まあ、確かに……大企業でも無いのに、たかだか面接で何人もエキストラを雇うのはバカのすることだ。

 けど——。


「それってつまり、近所で働いているお店の人がこの探偵事務所の面接を無茶苦茶しに来たってことですか?」 

「そうだ」

「立派な営業妨害じゃないですか!」


 思わずツッコミをいれると、探偵はため息を吐いた。


「連中はそう思って無いらしい」

「思ってないって……」

「〝事実は小説よりも奇なり〟そんなもんさ。手の込んだ仕掛けをする怪盗なんざ現実にはいないが、手の込んだ嫌がらせをする連中はいるって話だ」

「……嫌がらせってレベルじゃない気がするんですけど」


 私がそう口にすると、探偵はくっくっと、初めて楽し気に笑ってみせた。


「とんだ勘違いだな」

 

 私がガックシ、と肩を落としていると。探偵はコーヒーを啜ろうとして——辞めた。

 

「だが、筋は悪くない。前回の依頼者の水虫の件——俺には無い発想だった」


 本職の探偵に褒められ、思わず頬が緩む。

 だが、探偵はそんな私に苛立ったようだった。途端に見透かしたような冷たい視線を送ってきた。


「何度も言うが、現実の探偵はシャーロックホームズじゃない。事件を解決するのは警察で、俺たちの仕事じゃない。必死こいて必要以上に依頼を遂行して、大怪我でもしてみろ。こちとら自営業。保証もない。感謝はされようが、依頼人は老後の面倒までは見てくれないのが現実だ」

「はい」

 

 正論だった。故に、のどから絞り出されたのは純粋な返事だった。

 探偵はどうやらまだ私にお説教をするらしい。今度は「シンジ、エヴァに乗れ」の碇司令のポーズで、私を見据えていた。


「それにお前は無駄も多い。言ったろ、無駄な努力に時間を費やすヤツは不採用だ。エキストラの線を疑って調べ回ったのは結構だが、単純な読み違いをしていた。俺が率先して行ったことか、そうでないかじゃ、かなり印象は変わってくる」

「は、はい」

「お前は問題解決をしようとした時、自分の考えが先行して突っ走る癖があるな。探偵としては、致命的だ」


 探偵としては、致命的。悔しいが、探偵の言っていることは全てが附に落ちていた。


「はい……」


 私の唯一の取り柄と言われている元気エナジーが失われていく感覚がした。

 探偵の射貫くような視線を逸らし、俯きそうになるのを必死に堪える。

 キッチン方面のコーヒーメーカーが洗浄作業をしているのか、ゴボゴボと熱湯が排出される音が耳に響く。

 コッチ、コッチ。時計の音。私にとって重苦しい空気感のなか、不意に探偵は口を開いた。


「俺からも質問だ」


 探偵は徐に、コーヒーカップを掲げた。


「コーヒーの淹れ方は誰に習った? ウチにあるのはコーヒーメーカーとサイフォン。お前はわざわざサイフォンで淹れていたな」


 全く別方面の質問だ。

 私は呆気にとられながら、


「えと……純喫茶で働いてましたから」

「お前は高校生だろ? 高校生は純喫茶じゃコーヒーの淹れかたは教われない」


 探偵の言う通りだ。純喫茶の女子高生の仕事は、精々が給仕サーブくらいだ。


「見て学びました。後は独学です」

「ほう……」


 探偵は再びコーヒーを啜った。


「少なくとも、お前は見て学べる人間ということか」


 え? それって——。


「違うのか?」


 カチャリ。

 コーヒーカップを置いた、探偵の茶目っ気のある口調。私は眼を剥いていた。

 風向きが変わった。この機を逃してはならない。


「違いません、仰る通り!」

「そうか。なら、見込みはあるのかもしれんな」

「はい、あります! 何処のバイトでも高校卒業後に正社員を薦められました!」


 私が敬礼しながらまくしたてるように言うと、探偵は苦笑した。


「親御さんは何て言ってる?」


 はい、きました。確変です。


「私の職歴欄見ましたよね?」


 スーパーのレジ打ちから始まり、特殊清掃、遺跡発掘作業員、治験に墓参り代行、結婚式参列者……これらを全て許容する親だ。探偵事務所なんて逆に「あら、お堅そうで健全ね」とか言い出すに違いない。

 探偵も私の職歴の数々を思い出したのか、ふっと笑っていた。


「変な依頼がきたら呼んでやる」


 その言葉を聞いた私は、思わず笑みを零していた。


「ご採用、ありがとうございます!」


 私はあらかじめ用意していた、ポッケの中でクシャクシャになった携帯番号の書かかれた紙を探偵の机に叩きつけた。探偵は苦笑しながらそれを受け取った。


「まだ見習いだ、ポンコツ助手君」

「失礼な! せめてポンコツと呼んでくださいよ!」

「ポンコツは良いのかよ……」

「あっそうだ——〝助手校生じょしゅこうせい〟でも良いですよ!」

「なんだソレ」

「ほら、女子高生と、助手をかけて、助手校生じょしゅこうせい


 探偵は苦笑しながら、しっしっと手を振る。今日はもう帰れという合図だ。

 見事次の就職先をゲットした私は、颯爽と学校の鞄を担ぎ、事務所の入り口でくるりと回転。


「お先、失礼します!」


 探偵はコーヒーを口に運びながら、億劫気に軽く手を振った。

 三階の踊り場へと飛び出ると。幸先の悪いことに、人にぶつかりそうになった。


「わっ、すみません」


 ぶつかりそうになった人は、短いシャツで腹出しした、ピアスだらけの派手な女性だった。

 彼女は舌打ちをした後、入れ替わりで事務所に入っていく。


 すれ違った時、すげえ形相で睨まれた。今の依頼人だろうか? それにしてもとんでもない格好だったな。

 そんな事を思いながら私が階段に差しかかった時。

 携帯が揺れた。表示されたのは知らない番号。通話ボタンを押して耳に押し当てる。


「はい、真淵——」

『……おい、出勤だ』


 それは疲れ果てたような、探偵の声音だった。

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