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ポンコツ探偵の助手高生  作者: 暗室経路
第一章 闇に潜む者
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闇に潜む者 チャプター5


「なるほどな。最初から家のどこかに男が潜んでいて、深夜に動き出していた。それがお前の推論か」

「そうですよ! だから私も二階を見たかったのに!」


 私が強い剣幕でそう口にすると、探偵はソファに深く沈み込み、考え込むような仕草をしていた。


「まあ、それはともかく。痕跡からして謎の人物があの家にいたことは事実だ」


 探偵は懐から何やら大仰な電子機器を取り出した。


「なんです、ソレ?」

「盗聴器発見器だ。古民家にいるとき、反応を探っていたがかなり強い反応が出ていた」

「は?」


 そんな代物を持ち込んでいたのか。ていうか何故先にそれを話さない。


「とにかく、俺たちが家に踏み込んだことはその謎の人物に知られた可能性が高い。今はかなり警戒しているだろうな」


 探偵は震えるユカリさんに近づくと、優しくポンと肩に手を置いた。


「今夜は家に戻らないほうがいい。ホテルかどこか安心できる宿にお泊まりになってください」

「……今、持ち合わせが無いんです」

「お金は家ですか? それなら……」

「今回の依頼料も、何とか工面してきた状態なので……もう余分に使えるお金が無いんです」


 それを聞いた探偵は、大きくため息を吐いた。


「じゃあ暫く、この事務所で待っていてくださいますか?」

「……え?」

「アナタの依頼料は〝研修場所の提供〟ということで処理しますから」


 研修場所? 何を言っているんだコイツは。


「おい行くぞ〝助手候補〟」


 探偵は背広を羽織ると、事務所の入り口まで歩いていく。


「え? どこ行くんです?」

「決まってるだろう」


 探偵は振り返らずに答えた。


しかるべき所(、、、、、、)、だ」






 多分、あの古民家に乗り込むのだろう。そう解釈した私は黙って探偵の後をついていく。

 しかし探偵はどうするつもりだろうか? まさか首根っこ掴んであの家から追い出すつもりなのだろうか?

 ユカリさんが見たという人影は、探偵よりも大きな男だと言っていたし。文字通り一筋縄ではいかなそうだ。


 探偵は高身長だが、細身の男。それにイケメンだ。イケメンはケンカに弱い。荒事では頼りにならない。そんな勝手な偏見を私は抱いていた。


 探偵事務所の外にでると。三階の踊り場から、闇に呑まれた空が見えた。それと反比例するように。地上では溢れんばかりの蛍光が煌々と夜の町を彩っていた。

 不意にパッパー、と。恐らく大通りの方からクラクションの音が聞こえた。続いて通りを歩く誰かの怒鳴り声。

 春先の、喧噪響く宵街。少しだけ冷気に満ちていて、心地よかった。


 久しく地上に降り立つと、往来を沢山の人が闊歩していた。スーツのおじさんや、集団で騒ぐ若者達。

 頼まれてもいないのに、夜の町はいつも同じ顔だ。ただそこに喧噪がある。

 コツ、コツ、コツ。会話は無く、暫く二人してそんな往来を歩いていると。


「お前、門限は?」


 唐突に探偵が話しかけてきた。ハッと我に返った私は、零コンマ数秒遅れて返答する。


「ウチは——無いです」

「は?」


 探偵が素っ頓狂な声を出した。何をそんなに驚くことがあるのだろうか?


「門限が……無い?」


 どうやらそのことに驚いたようだ。

 やれやれ、門限なんかあったら一年の間に多種多様なバイトをいくつもこなせるワケがないだろう。

 法律上では二十二時から五時までは未成年はバイト禁止となっているが、私は二十二時にバイトを引き上げ、そのまま五時スタートの別バイトに向かったことだってある。


 なぜそんなことをしたかというと、群馬の遺跡発掘の求人だったからだ。トイレで服を着替え、自転車で向かった。

 そのことは高校の友達も旧知の事実だ。〝校内一のアウトサイダー〟とは、私の二つ名である。


「真淵家は放任主義なんですよ。ご飯も十六歳になってから『家にあるものを活用するか、外で適当に食べて』って言われてます」


 私が説明すると、放任主義ってレベルじゃねえだろ……と、何やら独り言を吐く探偵。

 なんだ、探偵の家庭はボンボンなんだろうか?

 そういえば……探偵は水虫のことをアスリート・フットとか、シンゴジラのヒロインみたいに鼻につくネイティブ発音をしていた。

 もしかしたら、お留学の経験があるのかもしれない。丁度そのことについて尋ねようとした時。

 探偵の懐から着信音が鳴り響いた。


「ええ、今事務所です。ええ……一人です」


 何だか、不穏な会話に聞こえた。

 事務所に、一人。それはユカリさんのことだろう。

 探偵は一体、誰と連絡をとっていたのだろうか?

 そんな思考を浮かべている間に、月極め駐車場に辿り着いていた。


「あの女は相当、精神的に参っている」


 例のオンボロセダン車に乗り込むなり、探偵はそんなことを口にした。

 それに対し、私は呆れ顔だった。


「いやあ……そんなの、一目瞭然でしょ?」


 探偵はチラリと私の顔を窺ったあと、衝撃的な発言をした。


「盗聴器の件な、アレは嘘だ」


 うそ、ウソ、鷽……て、え? 嘘?


「……嘘?」

「ああ。職業柄、机に出した盗聴器探知機は本物だ。だが、あの家で反応は示して無かったよ」

「え……どういうことですか?」


 探偵はエンジンをかけ、車を発車させた。直ぐさま車両は公道へと進出する。 


「お前、二階に上がらなかったよな」

「は、はい」

「上がらなくて正解だ」

「正解って……何で?」

「あの家の二階な……実際、何があったと思う?」


 勿体ぶるように話す探偵を見て、私の心はざわめいていた。


「……何があったんですか?」

「男がいた」

「は?」

「といっても、仏さん(、、、)だったがな」

「え?」


 話を聞いてみれば、探偵がユカリさんと二階に上がった時、死臭とともに、奥の部屋で遺体となった大男を発見したそうだ。

 探偵が驚いてユカリさんに「この男はどうしたのか?」と、尋ねると。


「え? 怖いこと言わないでくださいよ。この部屋には誰もいないじゃないですか」


 との返答が返ってきたそうだ。


「え、え、こわい……どういうこと?」


 意味が分からず恐怖していると、探偵は平然としたように続けた。


「知らん。ただ言えるとことは——あの女は頭のイカれた殺人者かもしれんということだ。今まで泳がしていたのは、妙な刺激を与えないためだ。覚えておけ、あの手の人間は話を合わせている間は妙に大人しいんだ」


「——そんな人を事務所に一人、残してきたんですか?」


 私が聞くと、探偵は顎で車窓を指した。

 意識を窓の外へと向けると……気づけば車は、事務所ビルに面接する道路を走っていた。

 そして、辺りはパトカーと、警官だらけだった。赤色灯が所狭しとひしめき、目をチカチカさせる中。一人の交通整理をする警官が近づいてくる。

 探偵はパワーウィンドウを下ろして対応していた。


「すみません、迂回してもらえます? 今ここは……」

「通報した深見です。そこの探偵事務所は自分の所有です」

「分かりました。確認しますので、車をそこに停めて待っていてもらえます?」


 交通整理の警官が離れていく。その隙に、私は探偵へ話しかけていた。


「通報していたんですか?」

「中華のテイクアウトついでにな」


 その時、私は探偵が中華料理店でテイクアウトの予約が出来ていなかったことを思い出していた。

 そうか——あれはあの時、探偵が通報をしていたからか。

 ユカリさんに言うなよ、と言ってたのも、怪しまれないため。


「これから面倒な取り調べだ。今のうちに家族に遅くなると連絡しておけ。帰りは……不本意だが、送ってやるよ」

「……自転車に乗ってきたんですけど?」

「トランクにぶち込めば良いだろ。はみ出るだろうが、固定用のロープもある」


 探偵は車を停車させると、ポケットから紙タバコを取り出していた。


「俺の仕事はほとんどが浮気調査の依頼だ。俺も実際、そっち方面の技能しか無い」

「え?」

「お前、探偵をシャーロックホームズの真似事をする職業だと思ってねえか?」


 ……はっきり言って図星だ。今回も、推理できるのかと思ってわくわくしていた。

 赤色灯でチカチカする横顔の探偵は、そんな私を少し軽蔑するような視線を向けていた。


「探偵ってのはな。本当は人間のえげつない側面を飽きもせず観察する悪趣味なお仕事だ。今回はまあ……俺もびっくらこくぐらいの特殊な案件だったがな」


 探偵がタバコに火をつけた。それと同時に、空いていた左手で車の灰皿を開放させる。灰皿は空だった。


「タバコ吸うんですね」


 かろうじて絞り出した言葉が、それだった。探偵は私に視線を向けずに、


「三つ目の不採用の理由を教えてやる」


 そういえば……私が不採用の理由が三つあると言っていたな。

 一つ目は〝無駄な努力に時間を費やす人間だということ〟

 二つ目は〝通っている高校が絵に描いたようなBランクなこと〟

 三つ目は途中で猫が乱入し、まだ聞いていなかった。

 探偵は、私の目を射貫くようにしながら、


「ガキだから」


 外がより一層騒がしくなったと思えば。雑居ビルの階段から、手錠をされたユカリさんが警官に両脇を抱えられ、パトカーへと連行されていた。

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