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ポンコツ探偵の助手高生  作者: 暗室経路
第一章 闇に潜む者
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闇に潜む者 チャプター4

 その後、私達三人は探偵事務所に戻ってきていた。

 ユカリさんは困惑しっぱなしだった。古民家を全部見終わるなり、探偵がせかせかと「さあ、事務所に戻りましょう」と言い出したからだ。

 てっきりユカリさんは部屋を見た後、また後日改めてお話という形になると思っていたらしい。

 私も困惑したが、探偵は事務所に帰る前に、


「……腹減ってるか?」


 探偵は唐突にテイクアウトの中華を奢ってやると言い出した。

 あまりにも唐突過ぎるので驚いたが、女子高生と空きっ腹はセットメニューだ。


「天津飯! あと、餃子とチャーハン!」


 学校では上げたことのないスピードで手をあげ、素直に従った。


「……そんなに食えるのか?」 

「中華は別腹ですから。あ! あと、杏仁豆腐!」

「ああ、そう……ユカリさんは?」

「え? わ、私もですか?」

「ついでですよ」


 探偵が営業スマイルとともにそう口にすると。


「え、えーと……」


 ユカリさんは奢られなれてないのか、迷った様子をみせていた。

 慎ましい人だ。しょうがない。ここは数多のバイトでご飯を奢られ続けてきた〝奢られ検定一級〟の私がフォローしてやるか。


「遠慮しなくていいんですよ?」


 私が菩薩のような笑みを浮かべて促すと。


「お前は少しは遠慮しろ」


 探偵に怪訝な表情とともにツッコミをいれられた。


「えと……私はなんでも」


 ユカリさんが散々迷った挙げ句、そう告げると。探偵はニコッとはにかみながら。


「分かりました。では先に車で待機しといてください」


 探偵は私とユカリさんが車に乗るのを見届けるなり、電柱に隠れるようにして予約の電話を開始した。

 傍から見ても怪しい動作だ。いや、あの怪しい動きも探偵のサーガなのかもしれない。


「お腹、ペコペコリーヌですね」


 後部座席に座るユカリさんにそう話を振ると、彼女は目を丸くして。


「何、それ?」

  






 車を走らせること数分。テイクアウトのお店に到着した。汚れたビニール(ひさし)になんて読むか判別不可の屋号が書かれた、インスタ映えしそうな中華料理店だった。

 きたなな美味い店というやつだろう。こういう実務的そうな店は大好きだ。店の奥からドデカい中華包丁を持った中国人店主が「謝謝」と言いながら出てきそうなイメージが沸いた。


「ユカリさんは待っていてください」


 ユカリさんを一人車中に残し、探偵と店に入る。

 店内はカウンター席だけしか無い、狭い内装だった。他に客はいない。

 店主らしき、汗ばんだマスクをしたオジサマが、鍋をふるっていた。


「いらっしゃ……なんだ、深見か。それと……」


 マスクをしたオジサマ店主は私を見るなり、意味深にニヤッと笑った。うん、なんだろう? 

 それにこの人……何処かで見たことある気がする。しかもかなり直近で、だ。


「お知り合いですか?」


 私が探偵に尋ねると、オジサマ店主がこたえた。


「常連だ。いつもスカシた態度でマズそうに飯を食いやがる」


 ああ……探偵とは出会って短期間なのに、その情景は目に浮かぶようだ。

 探偵は軽く肩をすくめた後、メニュー表へと視線をやった。


「チャーハン三つと、餃子二つ。あと、杏仁豆腐二つだ。包んでくれ」

「はあ? そんなサービスはやってねえよ」


 え、どういうこと? テイクアウトやってない店に来たの?

 ていうか電話で予約していたんじゃないの?

 私が疑問符を浮かべる中、探偵は仏頂面のまま。


「頼むよ」


 探偵の言葉に、店主は分かりやすく舌打ちをした。


「……ちょっと待ってろ。クソ、次はないからな」

「すまん」


 その様子を見ていた私は盛大に呆けていた。


「え? 電話で予約してたんじゃなかったでしたっけ?」


 私が聞けば、探偵は無機質な表情でメニューを見上げながら、


「この店は電話予約をやっていない」

「え? ……じゃあ一体、車に乗る前にどこへ電話をかけていたんですか?」

「電話をかけてる最中に思い出した」


 なんだそりゃ。探偵は意外とおっちょこちょいなのか?

 と、そこで私は探偵から忘れさられたメニューがあることに気がついた。


「あっ、それと天津飯! 出来る限り超がつくほどの大盛りでお願いします!」


 厨房の奥へと消えた店主へ、追加注文を飛ばす。

 それを聞いた探偵は肩をすくめた。


「天津飯はこの店にない」


 無いんかい。それならもっと早く言ってくれよ。

 私がガックシと肩を落としていると。


「あるぞ。裏メニューだ」


 厨房の奥から店主の声が返ってきた。あるんかい。しかも裏メニューかよ。


「おい」


 探偵に呼ばれ、視線を向けると。神妙な面持ちの探偵が、


「ユカリさんにはテイクアウトの件は伝えるなよ」


 は? ……ああ。スマートに注文できていなかったから隠蔽しようとしているのか? 

 なんだそれカッコワル! これが恋愛シュミレーターだとすれば、私の好感度が百十ほど下がったぞ。

 因みにメーターのマックスは百だ。


「は、はあ……分かりました」


 私が納得いかなそうに返答すると、探偵は頷いていた。


「それでいい」


 何が、それでいい、だ。

 私は若干呆れつつ、暫く狭くて床がヌルヌルする店内をスケートしながら料理が完成するのを待っていた。


「ほいお待ちどう」


 物の数分で店主が料理を運んでくる。私は万歳しながらそれを受けとった。


「ありがとうございます! わあー良い匂い!」

「愛嬌のある嬢ちゃんだな」


 私が率先して受け取ると、店主は探偵に向かって、ムッとした表情を浮かべていた。


「おい、持ってやれよ」


 どうやら店主は女性を無条件にファーストする質の人らしい。

 それに対し、探偵は——


「コイツはレディじゃなくて、ガキだ。今時のガキは運動不足だから、ちょっとは運動させた方が良いのさ」


 そんな、映画で最初に死ぬ奴みたいなセリフを口にして、さっさと店を出ていった。

 マスクのオジサマ店主はそんな探偵の発言に、大層呆れていた。


「カアーッ、これだからアイツは……ま、これから大変だろうけど。頑張れよ、助手の嬢ちゃん。アイツは無愛想でコミュ障だからお嬢ちゃんみたいなのが合ってるのかもな」


 うん? ……私この人に助手だと言ったっけ?

 ていうかそもそも探偵事務所では採用されていないし、限定的な雇用で行動を共にしているだけだ。 

 何だか釈然としないまま、ほかほかの中華のセットが入った袋を持って車へと戻った。 

 





 紆余曲折ありつつ、やっと待ち望んだ光景がやってきた。

 絶景、絶景。どの世界遺産よりも美しい眺めだ。探偵事務所の机に、湯気立つ本格中華のセットが並んでいた。


 どうやらあのお店は四川系の本格料理を扱うお店だったようだ。四川系なら麻婆豆腐も頼んでおくべきだったか。

 そんな後悔を胸に、手を合わせるなり包装を乱暴に剥がして天津飯を一口。


 うむ、美味い! 味が濃すぎる気がするけど、女子高生にとって、それは青春で掻き消される。よって、ゼロカロリーだ。

 それからは我を忘れてガツガツと天津飯を貪っていた。

 一人、自席で不味そうにチャーハンをすくう探偵は呆れた表情だった。


「……お前にそっくりな動物を知ってるよ」

「え、なんですか? 友人からはよく〝妙齢のゴールデンレトリバー〟って言われ——」

「野良犬」


 野良は余計だろう、野良は。

 ユカリさんは依頼人という立場でありながら飯を奢って貰ってラッキーなハズなのに、浮かない顔だった。


「この餃子、めっちゃ美味しいですよ?」

「うん……」


 食事も進んでいない様子だ。仕方ない……。


「見ててください。はぐぐっ!」


 私はユカリさんの緊張をほぐすため、得意の〝餃子三個同時食い〟を披露した。


「マジで犬みたいだな……」


 尚も飽きずに皮肉を言ってくる探偵に対し、「アオーン」と遠吠えしておいた。

 因みに、それにはユカリさんもドン引きしていた。やり過ぎたか。








 それから数十分。机上に並べられた料理も空になり、まったりとした雰囲気が流れていた。


「あ、探偵さんとユカリさんもコーヒー要ります?」


 私は爪楊枝を口に咥えながら、食後のコーヒーを淹れていた。


「お前は……少しは遠慮というものを知れよ」


 失礼な。父方のおばあちゃんが住む田舎に行ったときには、私のことなど一ミリも知らない筈の村の人から「慎ましいね、マコトちゃんは」と言われたモノだ。

 私が不満げな顔で探偵とユカリさんの前にコーヒーを置いていると、


「そういやお前、あの家で何か気づいたってツラしてたな」


 探偵が唐突にシリアス顔で、そんなことを私に尋ねてきた。

 ほう……流石探偵。やはり、職業柄か色々と鋭いようだ。


「まあ、そうですね」

「話してみろ」

「ええ~本職を前に、恥ずかしいですよ」

「そんなキャラじゃねえだろうが」


 この短期間でどういうキャラ認定されたのかが気になる所ではあったが、私は咳払いを一つ。

 ユカリさんの家で発見した成果を発表することにした。


「ユカリさん」

「は、はい……」

「ズバリ、アナタは水虫ですね!」


 ズビシッと指さしながら言った。それはもう、「真実はいつも一つ!」ばりの勢いで。

 時が止まったかと思えた。探偵はコーヒーを吐き出し、ユカリさんはガーンッと、ショックを受けたように固まっていた。

 探偵は吐き出した机上のコーヒーを拭くなり、すくっと立ち上がる。そのままツカツカと私に寄ってきて、


「いだあっ!?」


 あろうことか、キレイな形と評判の私の頭にゲンコツをいれてきやがった。


「な、なんでいきなり殴ったの!?」


 パワハラどころではない、暴力事案だ。目撃者もいるし、裁判したら勝てるぞ!

 探偵は悪びれることもなく、腕を組んでいた。


「唐突に訳分からんこと言い出すからだ。それに失礼——」

「そ、その通りです!」


 ユカリさんは顔を真っ赤にしながら声を張り上げた。


「わ、私、実は重度の水虫で……」


 ユカリさんの告白に、探偵は呆然としたように私の顔を見た。その瞳の光彩に映るは私のドヤ顔だ。


「えぇ、探偵のくせにそんなことも分からなかったんですかあ?」

「……おい」

「なんです?」

「どういうことだ。なんで家をちょっと見て回ったくらいでそんなことが分かった?」


 ヒントは他にも沢山あったとは思うけど……まあいいや。仕方ない、鈍い探偵にも解説してやるか。


「最初に違和感を持ったのは紙製スリッパですよ」

「……スリッパ?」


 そう。紙製スリッパだ。他にも来客用スリッパがあったのにも関わらず、それを私達に出したことを不思議に思っていたのだ。

 他にスリッパがあるのに、紙製を使うってことはよっぽど衛生対策に気を遣ってるってことが考えられる。

 だが、彼女は所作からして別段潔癖症である素振りも見せていなかった。靴下の件が良い例だ。


 そして、紙製スリッパを使う理由としては、主に三つの理由が存在する。


 一つ目、他にスリッパが無いから。これは棚にスリッパが置いてあった時点で却下される。


 二つ目、他人にスリッパを利用されたくないから。これも来客用スリッパが棚に置いてあった時点で却下だ。


 三つ目、衛生対策。だが、彼女はさほどそれに気遣っている節は見当らない。となると……コレは彼女の抱える水虫対策ってことほかならない。


 私が淡々と説明していると、探偵は首をかしげていた。


「なんか色々ツッコミどころがありそうな気がするが……水虫ってアスリート・フットのことだろ? 来客がそれを持ち込んだら嫌だから紙のスリッパで対策していたってことか?」


 なんだ、アスリート・フットって……しかも鼻につくネイティブ発音。


「逆ですよ」

「逆?」

「ユカリさんは水虫に羅漢している。つまり、水虫菌を家の床に散布しているということです。ということは?」


 探偵は途端にハッとした顔つきになった。


「俺たちに水虫をうつしたくなかったから?」

「そうなんです! 普通はそこまでしません。ユカリさんは他人を気遣える素晴らしい人なんですよ!」


 私が賞賛する中、ユカリさんは両手で顔を覆って恥ずかしがっていた。耳までトマトのように真っ赤だった。


「……それで?」

「他にも根拠があります。ユカリさんは部屋に着くなり、もじもじしはじめました。人間、自分の部屋につくと安心していつもの習慣が出てしまうものです」

「つまり?」

「ユカリさんは部屋でいつものように痒い足をかきむしりたかったんですよ! ですが、私達がいたからそれが出来なかった。だからもじもじしていたんです!」

「ああ、なるほど!」


 探偵はポンと手のひらを叩いたかと思えば、


「じゃねえよ!」

「いてぇっ!?」


 探偵はノリツッコミついでに、二度もげんこつを落としてきやがった。


「そんな、依頼人のセンシティブなことを掘り起こして、何がしたいんだお前は!」

「だ、だから……」

「だからなんだ!」

「ユカリさんに〝あの家で〟水虫をうつした人がいるってことですよ!」


 それを聞いた探偵は分かりやすく顔をしかめた。


「別に……あの家でとは限らねえだろ?」


 ユカリさんは今日、湿気を好む水虫を意識してか、風通りの良いシューズを履いていた。

 対して、家にあったのは新品の履いた形跡のないブーツばかり。

 古民家を借りたのは最近。つまり、最近羅漢したと考えるのが妥当だ。

 それと洗面所を漁った時、最近発行された診療所の診察結果と一緒に、水虫の薬を発見したのだ。


「じゃあ、その時点で水虫は確定じゃねーか! スリッパだとか無駄なQEDして依頼人を辱めるんじゃねえよ!」

「重要じゃないですか!」

「何がだよ!」

「問題なのは、水虫のユカリさんではありません! 誰が(、、)ユカリさんに水虫をうつしたかですよ!」


 その言葉を聞いた探偵は、途端に神妙な面持ちを浮かべた。どうやら、問題の本質にようやく気付いたようだ。

 探偵はユカリさんへと向き直った。


「ツッコミどころはかなり多いが……まあ、いい。ユカリさん、最近水虫にかかったのは事実ですか?」

「……はい」

「感染経路はほかに覚えがあります?」

「いえ……普段、別の場所で靴を脱ぐこともないし出不精なので……どうやって水虫に感染したか分からなかったんです」 


 真実に辿り着きそうになるにつれ、ユカリさんは顔を青くしていた。

 私はユカリさんに近寄り、肩に手を置いた。


「ユカリさん、落ち着いて聞いてください。あの家にいるのは、幽霊なんかじゃありません」


 ユカリさんは呼吸を荒くし始めた。


「本当は……気づいていたんでしょ?」


 私が聞けば、ユカリさんは大きな声で泣き始めた。

 彼女はこの事務所に初めてやって来た時、

『あの……その子もここにいてもらって構いませんよ?』

 探偵と二人きりになりたくないような言動を見せていた。

 ということは——ユカリさんは最初から、事の真相になんとなく辿り着いていたのだ。

 だが、見て見ぬふりをした。そんな筈はない、それはあり得ない、と。

 ユカリさんは静かに嗚咽を開始した。


「……グスっ……じ、じつは、本当は気づいていたんです。で、でも……信じたくなかった。そんなことがあるなんて……」


 探偵はそれを見て、


「どういうことだ?」


 首をかしげていた。


「……え? アナタも気づいていたんじゃないんですか?」

「侵入者のことか?」


 侵入者……だと? 

 いやいや、


「違いますよ! あの家には侵入者などいなかったんです」

「は?」

「だから、いたんですよ! ユカリさんが古民家にやってきた時から!」


 闇に潜み、ユカリさんを陰から見つめていた男が……。



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