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チョコレート大好き令嬢に贈る甘い恋の作戦

作者: 城壁ミラノ

 いつの間に、こんなに好きになっていたのかしら。


 チョコレートがなくては生きていけない体になっていて。

 いつでもどこでも食べられるように調合魔法と形成魔法と出現魔法を身につけている。

 こうして、チョコレートを指で摘む仕草をして理想のチョコレートを想い浮かべるだけで――

 屋敷のキッチンに用意された材料が指先に現れて、空中で小さな銀河が渦巻くように混ざり合い、みるみるチョコレートに形成されていき――


 一口サイズのチョコレート完成!!


 ベリー味の真紅のチョコレート。

 薔薇の形も完璧に出来て本物と見まごうばかり。

 今ここに、お見せできる方が居ないのが残念ですわ。

 皆様、私のチョコレートのお時間をご存知で。

 お呼ばれしたバートリヒ公爵様の庭園の長椅子で一人。普通ならお連れがいないと恥ずかしいものですが気になりませんし気にされませんわ。

 いえ、いつもなら令嬢のどなたかが私も食べさせてといらっしゃるのに……今日は皆様ダンスとおしゃべりに夢中で抜け出したことに気づかれなかったようですわね。


 それならば、一人でゆっくりと味わいましょう。


 今回の出来栄えは?


「ん〜〜……」


 本当に美味ですこと。

 真紅の見た目通り濃厚な味わい、ベリーの甘酸っぱさ、しっかりとした歯ごたえからは想像もできない滑らかな口どけ。

 我ながら最高のチョコレートを作ったものですわ。

 極めてしまったのかしら?


「絶品ですわぁ!」


 一人だと声が出てしまいますわぁ。


「はっ!?」


 じっとこちらを見ている方がいた――!


 レオーネ•ラロナ侯爵様。

 バートリヒ公爵様と親しいだけでなく公務も助けているという知的さと行動力がおありで若いのに素晴らしいと名高く――令嬢に大変人気。

 わかりますわ。

 チョコレートのように艷やかなダークブラウンの髪と瞳が魅力的で。

 今日はしなやかな長身にチョコレート色のスーツまで着ていて魅了されてしまいますわ。

 ですが、冷徹といわれるレオーネ様はチョコレートとは無縁に見えますし食べているところを見たのは、お茶会の席で一、二度くらい。表情は冷徹なまま。

 あの繊細そうな指先でチョコレートを摘み、綺麗なお顔の形の良いお口でチョコレートを食べる姿をもっと見たいのですが。笑顔も……


 あっ、それよりも私――!

 一人でパクパク食べてチョコレートに浸っていた姿が、あの切れ長の鋭い目にどう映っていらっしゃるのかしら……


 この距離は……はしたない声も聞かれてしまいましたかしら?


 "はしたない令嬢だ" と思われていたりして。


 以前も何度かチョコレートを出して食べているところをじっと見られていたような……何か言いだけに。

 魔法については素晴らしい腕前だと、お褒めいただいたことがあったけれど。

 チョコレートについては "お好きなのですか?" と聞かれただけで私も "はい、とっても!" と返しただけで……

 もし、苦言を呈されるようならばチョコレートをこうしてどこでもかしこでも食べることは控えないと。

 そんなことになったら――

 私が私ではなくなるような不安を感じてきましたわ……


 はっ!?

 レオーネ様がこちらに来る――

 やはり、何か言われるのを覚悟しないと。


「イベリス嬢」

「はい……」


 初めて名前を呼ばれましたわ。

 冷徹というから冷たさを覚悟していたら思ったより温かい響き。

 静かな佇まいも顔つきも、いつも通り冷徹ですが。

 怒っているようには見えない……


 それに――


 この匂いはチョコレート!?


 レオーネ様から?

 つい、じっと見つめても確信が持てませんわ。


「隣に座っても?」

「ええ、どうぞ」


 やっぱり――

 レオーネ様が動くと、ふわっと甘い匂いがこちらに漂ってくる。

 隣に至近距離で座られると確信が持てましたわ。

 これは、クンクンせずにはいられない。

 聞かずにはいられない。


「レオーネ様のお体から、チョコレートの匂いがいたしますわ」


 こんなことをしでかしたというのに。


 レオーネ様はいつも通り冷徹な表情と態度のまま。

 視線が合った――


「チョコレートの香水をつけていましてね」


 な、なんですって……


「チョコレートの香水?」

「ええ。これですよ――」


 スーツのポケットから出されたのは小さな香水瓶。

 板チョコレートのような瓶が可愛すぎますわ!

 思わず伸ばした手に、レオーネ様はこころよく香水を持たせてくださった。

 鼻にちょっと近づけて確かめて見ると、チョコレートの匂い――最高級のカカオの香りですわぁ〜

 大人のほろ苦さのなかに確かな甘さを感じさせる。

 こんな香水があるなんて感動ですわ!


「お気に召していただけましたか?」

「はい。こんな香水があるなんて知りませんでしたわ……」

「あなたの気を引くために作った特製の香水ですからね」

「え?」


 溶かしたクーベルチュールチョコレートのようにサラッとなんてことを言うんですの!?


 私の気を引くために。

 お気に召しての意味はそれ?

 瞳で問いかけてみても、レオーネ様の瞳は揺るがない。


「私の気を……?」


 こんなことが起こるなんて。

 信じられなくて言葉が続かない。

 ただチョコレートを食べていただけの私がこんな――


「やはり、気づかれてはいなかったのですね」


 レオーネ様の表情がわずかに悲しげになってしまった……


「あなたとは挨拶を交わし他愛ない会話をしてきましたね。それに何度も視線を投げかけてきたけれど、あなたはいつもチョコレートに夢中だった」


 じっと見られていたのは気づいていたけれど。

 まさか、私に惹かれていたからなんて。それは。


「気づかなかったですわ……」


 やはりと、レオーネ様は呟かれた。


「それで、考えたのです。どうすれば私の存在に気づいて興味を抱いていただけるか――」


 空を見上げる横顔。

 素敵ですわ。

 レオーネ様が私のために考え事なんて。


「チョコレートを贈ることも考えました。だが他に何かないか……そうしてやっと思いついたのが香水でした。女性は男性より鋭い嗅覚を持ち匂いに敏感だと文献で読んだことを思い出し、社交界で確かめもしました。ご令嬢達の好きな花で実験してみたのです。花と同じ匂いの香水を付けていくとやはりすぐに気づかれ、いつも以上に私に対して興味深い態度で話しをしていただけたので――きっと、あなたもチョコレートの匂いなら気づいて私に興味を抱いてくれるだろうと――」


 香水を見つめるレオーネ様の眼差し。

 こんな風に真剣に考えて、私のために香水を作ってくださった……


 向けられた瞳が真っ直ぐすぎて、瞳をそらせない。


「やっと完成したのでさっそく付けてきました。いかがだろうか? この香りは?」

「最高ですわ――! こんな良い香りを嗅いだのは初めてです」


 本当に、チョコレートの香りに包まれて動けない。

 魔法にかけられたようですわ。

 待ち望んでいた? 魔法に……


「ありがとう」


 冷たく固まったチョコレートが溶けるようにレオーネ様の表情が柔和なものになっていく――


「一応、チョコレート色のスーツも着てきました。念の為に」


 さすが、抜かりないですわね。


「そのスーツも魅力的で、お似合いですわぁ」


 私もチョコレートのようなドレスを着てみたくなりますわぁ。


「ありがとう。この姿なら、あなたの記憶に残るだろうか?」

「もちろんですわ、いつまでも……」


 一生、忘れられなくなりそうですわ。


「素敵すぎて……」

「ならば、よかった……それに、匂いは記憶に残るともいう。私自身に興味を抱いていただけなくとも、あなたの記憶にチョコレートの匂いをさせた私のことはいつまでも残ると。そこまで期待してこの香水を作ったのですよ」

「レオーネ様……」


 カカオ70%チョコレートのように濃くて強い想いが伝わってきますわ。

 ですが……


「どうして、私のどこをそんなに?」


 チョコレートにかけては自信がありますが。

 それ以外では特に何もない私を。


 レオーネ様の視線が私の指先に――


「最初はもちろん、チョコレートを食べている姿が目に留まりました。その時はチョコレートが好きな令嬢なんだなと……それからしばらくして、チョコレートを作り出すために調合魔法と形成魔法と出現魔法を習得したと聞いて、難易度の高い魔法を使いこなす実力とチョコレートのために習得する情熱に惹かれていき……」


 チョコレートのために一生懸命魔法を習得したことが。


 こんな結果ももたらしてくれたなんて!


 見つめてくるレオーネ様に、真っ直ぐな眼差しを返そう。

 ちょっと恐いと思っていた方と今なら見つめあえる――

 こんなに私を理解して近づいてきてくださったのだから。


「そのうち、あなたがチョコレートを食べる姿にも惹かれていました」

「わ、私の姿にも?」


 さきほどの、誰もいないからと開放的にチョコレートを吟味していた恥ずかしい姿も……


「チョコレートを食べて微笑む顔も愛らしいし、花や宝石のように美しいチョコレートがあなたにはよく似合う」


 そんなことっ……


 優しい笑顔で言われたらもう、どうしたらいいかわかりませんわ。ですが……

 レオーネ様とのこの一時、チョコレートを食べるより甘い。

 それだけはわかりますわ。


「レオーネ様……そこまで言っていただけたらもう。私はチョコレートよりレオーネ様のことが気になって……」


 既に夢中ですわ。


 レオーネ様のチョコレートを溶かしそうな熱く大きな手が私の手とともに香水を包んでいく。

 熱い想いが全身に伝わってきて私まで溶かされそうですわ……


「イベリス嬢、私ともチョコレートを一緒に食べていただけますか?」

「はい、もちろん。喜んで――!」


 かつてないほど、美味しくいただけそうですわ。


 手の甲に口づけしてくださったレオーネ様。

 唇が熱くて甘く痺れがくる。

 スパイシーなチョコレートを食べたときよりも刺激的!


「甘く麗しい人だ、イベリス嬢あなたは……」


 チョコレートばかり食べてきから、まさか手から味がしたのかしら?

 そうだとしても今は。


「レオーネ様のほうが私より……チョコレートそのもののようですわ」


 匂いも見た目も甘い言葉も。

 マシュマロ入りチョコレートを食べたときのように心も体もフワフワさせてくださる方ですわ……


「私を食べていただいて構いません。あなたにならば」


 レオーネ様!? 余裕の笑みで!


「なんてことを……!」


 バキィッと板チョコレートを割ったときのような衝撃が!!

 心臓がドキドキ怖いくらい鳴りだしましたわ!


「あなたとお近づきになるための、私の作戦は成功しましたからね。その結果どんな事が待っていようとも受け入れるつもりでいますよ」

「それは、ありがたい事ですけれど……!」


 さすがにそれは!

 本当に遠慮なく、食べてしまいそうですわぁ〜!

 本物のチョコレートを出して口を塞がないと――

 

 あぁ、心が魔法に影響を与えてしまって。

 カカオ70%の濃さのクーベルチュールにスパイスとマシュマロ入りの特大サイズのハート形チョコレートが出来てしまいましたわ!


「これで我慢しておきますわ! レオーネ様もいかがですか!?」

「ぜひ――」


 嬉しそうに、かじる顔。

 想像しなかったほど可愛らしくて――キュンとしますわぁ!

 吟味していらっしゃる真剣な顔も素敵……


「ん、色々な食感と味がしますね。刺激もあるし優しさもある。不思議なチョコレートですね」


 はっ!! やってしまった!?


「私ったら! レオーネ様といる間に色んなチョコレートを思い浮かべていて、感じたことがチョコレートで心に浮かぶといいますか、それがそのまま混じり合ったものを出してしまいましたわっ」


 落ち着きのないこと。

 完璧なチョコレートを食べさせて差し上げたかったのに。


「もう一度作り直しますわ!」

「いえ、これをまだ食べます」


 言ったそばから、かじってる。

 美味しそうに笑って。


「美味しい、かしら?」

「美味しいです、とても。それに、あなたが私といる間に、こんなに色々と心に感じていただけていたことが嬉しい。こんなチョコレートを食べることができて光栄です」

「レオーネ様……私も嬉しいです。レオーネ様に食べていただけて」


 作ったチョコレートを誰かに食べていただけるのは嬉しい。

 冷徹でチョコレートとは無縁と思っていたレオーネ様に笑顔で食べていただけたのは――


 この喜びは史上最高のものですわ!!


 今回の出来栄えも満足ですし私も食べるのを止められない―― 



 私のハートを現したチョコレートはレオーネ様と半分個して、綺麗になくなりましたわ。


「とても美味しかった、イベリス嬢」

「ありがとうございます。レオーネ様」


 満足そうな笑みから目が離せない。

 ハートを食べられた私はもうレオーネ様のもの……


「お礼をしたい。あなたのためにも香水をお作りします。希望通りのチョコレートの匂いと香水瓶も」

「私もレオーネ様のためにチョコレートを作りますわ。見た目もレオーネ様をイメージしたオリジナルチョコレートを何個でも!」

「ありがとうごいます、楽しみです――!」


 微笑んだレオーネ様は。

 心のどこかで求めていたチョコレートのような。

 ビタースイートの完璧な方。


 これからますますチョコレートに浸る日々が続いていきますわ――

 

 大好きな香水の匂いに包まれながら。

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