#5 再帰
神様はいると思った。
偏愛家で、意地の悪い神様が。
美しいものを存在させないと気が済まない。
あの子を目にして、誰が自分を大事にできるだろう。
何のフィルターも加工も無しで、彼女は凡てを屠る。
けれど、神様にはいてもらわなければならない。
彼もまた、神様のおかげで生まれてきたのだから。
*
鏡の前で髪を巻く碧緒の自己肯定感は、決して低くはない。自分が醜いと思ったことはない。それでも、ふと考えることは幾度もある。
〝あの子みたいな容姿だったら〟
何一切の欠落を持たない、神の寵児のような子。クラスも違ったし噂話は好かない方だったから、名前や交友関係については何も知らない。ただ、廊下などですれ違った際には、この世の不平等を痛感させられずにはいられなかった。
昔のことを思い返しながら溜め息をこぼすと、十分おきに設定しているスマホのアラームが鳴った。乾燥機付き洗濯機の内蓋の上で震えるそれを止めると、いつもよりも支度に時間がかかっていることに気付いた。
電車は一本逃しても余裕で間に合うようにはしている。だが、心はここ数日の中で最も重い。
決して醜いわけではないものの、気を抜けば有象無象の一人として埋没するだけなのは間違いない。だから、自分を美しく見せることをケチりはしない。それは他ならぬ自分を充たすための行い――そのはずだった。でも今は、もし、今より少しでも自分を美しい状態に近付けられるとしたら、あるいは、と考える瞬間がある。槇と過ごしてきた時間の中で、少しずつ薄れていった感覚。穏やかな愛の中で、自分はそれで良いのだと、目を閉じてしまった節があった。多少手を抜いても、槇は褒めてくれる。可愛いと言ってくれる。それはとても穏やかで、やさしい時間のはずだ。だが、それは必ずしも、碧緒の心を充たしてくれない。
ほんの二年ほど前まで、自分を飾ることは自分を充たすためだけのものではなかった。あわよくば、もし何かの奇跡でも起これば。その確率が、ほんの少しでも上がるのなら、と内心期待していた。
少しでも、可愛い、綺麗だと思ってくれる確率をいじれるのなら、勝負に出たい。それで、彼を振り向かせることができるなら――
槇は今の自分を良しとしてくれる。お世辞ではなく、心から自分を褒めてくれ、認めてくれる。けれど今の自分以上には、なれない。
慣れきった巻き方を、少しだけ変えてみよう、という思い。それが槇のためであったのなら、誰も文句は言わないだろうけど。
決して鏡に映る自分とは目を合わせないよう、碧緒は心底気を遣った。もし目が合ってしまったら、何もできなくなってしまう予感があった。
目を逸らし続けている。いつもと違う自分になろうとする心が何のためで、誰に対しての背信行為なのかという事実から。