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#4 資格

 赤の反対は黒。

 ひっくり返しても、まだ救われない。



「先輩のカレシさんはやさしそうで良いですよねー、ほんと」

 頬を膨らませて美樹みきが言う。店長に取ってくるように頼まれた展示用の備品が、バックヤードのどこにあるか分からないと聞いてきたから一緒に探しているのに、一個下の彼女はまともに見つける気はなさそうで、慌てる素振りもないままにそんなことを言ってきた。

 ただでさえ、そのことが今ネックで、今朝は変な夢まで見て細い涙が跡をつけていた。下手にメイクで覆い隠してしまったせいか、沈んだ心を抱えているとは通じず、されたくない話題を振られて身勝手に苛立ってしまう。

 とは言え、碧緒はフラストレーションを吐き出せるような性格ではない。横目に見つつ「まあね」とだけ返した。

「あたしってば、何かいつも我の強い男と付き合っちゃうって言うか、初めは優しい感じなんですけど、そのうち本性表すみたいな? 外ればっかり引くんですよねー」

 少し前までなら、人間を当たり外れで見るような性格から直した方が良いのではないかと素直に思えただろうが、槇の顔がチラついて、その奥にピントの合わない須磨が見えて、お前も同じだと言う自分がいるように感じる。

「あたしの関わり方が悪いんですかね? わがままとかあんまり言わないようにしてるんですけど、それがお利口さんな感じ出ちゃうとか?」

 いったい美樹のどこがお利口さんだと言うのか。自己評価がおかしいメンタリティが羨ましかった。だが実際のところ、そうした鈍さが精神衛生を保つのだろうと思えば、考え込みやすい性格に何の意味があるのか分からなかった。こうすれば相手が喜ぶだろうとか、これは似合いそうだとか考える感性はいつかその人を灼いてしまうのではないだろうか。

「あったよ」

 結局、お目当ての備品を見つけたのは碧緒だった。

 スチールラックの影に隠れていて確かに分かりづらくはあったが、よく探せば見つけられるように思えた。普段ならやれやれで済ませられるはずだが、今日はとても甘い気持ちを抱けなかった。

「そんなところにあったんですねー」

 話し相手が欲しかったのか、もう一人のバイトの美作みまさかといるのが苦だったか。どちらかといえば、後者の割合が強いだろう。

 碧緒がバイトをしている雑貨屋は、寡黙な店長が経営している。暖色のランプがほのかに照らすアンティーク調の内装に惹かれ、高校の頃からバイトをしようと思っていたが、面接はあってないようなもので、ほとんど質問もないまま「じゃあ来週から来てね」と言われて採用になった。

 年齢不詳の店長はちゃんと食べているのか怪しいほどスラッとした身体で、男性なのにくびれが出来ているようにさえ見える。彼が雇う基準は何なのか。美作のようにガサツでよく当日欠勤する者も雇い続けるから、そのせいで先週も新人の女の子が働きはじめてすぐに飛んでしまった。もっとも、その子も高校生なのか大学生なのかよく分からない感じで、意思疎通も難しい部分があったから、悪くないと言えば悪くなかった。ただ、人手が足りなければ真っ当に働く碧緒に仕事が降りかかるのは、勘弁してほしかった。

「早く持っていきなよ」

「はーい」

 パタパタと駆けていく美樹を見送ると、碧緒は思わず、はあ、と息を吐いた。しばらくバイトを休んでしまおうか、とも考える。店長なら許してくれるだろう。

 一時間ほど経って、運良く店長と二人きりの機会ができた。店長は届いたばかりの商品を段ボールから出して眺めている。初めは何をしているかよく分からなかったが、どこに置くかを思案しているようだ。

 碧緒は掃き掃除の手を止めて、「店長」と呼びかけた。

「はい」

 無機質な返事。特に機嫌が悪かったりはしなさそうだった。

「バイト、少し休ませてもらおうかな、って思うんですけど」

「良いけど、どうして」

 理由をどう答えるか考えていなかった。採用の時のように二つ返事で承諾されると思っていたから。

「いや、野暮だったね。良いよ、休んで」

 そう言われてしまうと、素直にお礼を言うこともできなくなってしまった。

「あの……店長は誰とも会いたくないと思ってしまった瞬間とか、ありますか」

「よく、あるよ。だからこういう仕事をしてるくらいだし」

 碧緒の方は向かず、いつも以上に穏やかな声で言った。

「ちょっと、そういう感じなんです」

「……だったら、まとまった休みを取るんじゃなくて、当日でも構わないから、休むって言ってくれたら良い」

「えっ、でも、それは迷惑じゃ」

「行きたくないのと同じだけ行きたくなることもあるからさ。しっかり休んじゃったら、戻るのに思ったより力が必要だったりするから。連絡はないと心配するけど、ある分には誰かしらそれなりに回すよ」

 寡黙な彼がそれほどの言葉を費やしてくれるのは、それだけ碧緒のことを大切に思ってくれている証だと思えた。

「ありがとうございます」

 そのやさしさがありがたいのに、向けられる資格を持たないとしか思えなくて。それでもお礼を言うしかない自分が嫌で、何より、そんな心をどこかで洗い流してしまいたくてならなかった。

 それでも、何も言わずに居なくなれるほど、碧緒は身勝手になれない。

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