#21 幇助
知る必要はない。
見たくないものは、私が全部隠してあげる。
*
槇に見えないよう、御嶽はその正面に立った。
明らかに男と出かける装いの彼女は、案の定男と待ち合わせていた。槇のために着たわけではないだろう服。それが、どこまでも彼女の心を坂撫でる。
こんなにも純真な人と付き合いながら、平気で捨てる決断をしたのだ。底知れない嫌悪と、憎悪とが湧き上がった。だがそれ以上に、彼女の姿を槇に見せたくないと思った。
ガラスのように透き通った彼の心には、一度の衝撃だけで、取り返しのつかない事態を招くだろう。せめて、それだけは避けたかった。
「今日は遅刻しませんでしたよ、先輩」
彼の笑顔は愁いを帯びていた。自分以外の誰に彼を守れるだろうと思うほど、弱って映る。それがただの自意識過剰だとは思いつつも、人と人との出逢いは、そういう勘違いからで構わない。怖じ気づいたり遠慮しているうちは、結局始まりはしない。
その点で、御嶽は形だけの槇の恋人より、よっぽど近いところにいるのは間違いなかった。他所の男に現を抜かす、恋人失格な女なんて、比べるまでもない。
俯く槇の手を引いて、御嶽は改札に向かった。
「急に行きたい場所が変わっちゃったので、そっちで良いですか?」
「良いけど、本当急だね……」
万が一にでも、二人が遭遇するようなアクシデントは避けたい。あくまでも別れ方は自然消滅に近い形になるように。裏切られていたことなんて、彼は最後まで知ってはならない。
できるだけ東京から離れたかった。
駅構内の案内を適当に見ながら、槇の反応を無視して列車に乗り込んだ。
一番端の席に座った槇の隣に、御嶽は自らの行いが本当に正しいのか戸惑いながら腰を下ろした。彼を守るためだとは言え、自分がしているのは浮気の幇助でしかない。そして、そのことに気付かないほど、槇は愚かではないだろう。
彼女の裏切りを知った時の痛みと、彼女を裏切る痛みとは、槇の中でどちらが上回るかは分からない。どれだけ人の心の機微に鋭い彼女でも、それは読み取れなかった。
「どこに向かっているか、当ててみてください」
わざとらしく距離を詰めるような真似が、今はどうしてもできなかった。戯けて核心から遠ざけることくらいしか、できない。槇を大事に思えば思うほど、賽を振ってしまったことを悔いそうになる。だが、槇を好きになったことだけは、悔いたくなかった。
槇は車窓の外をぼんやりと眺めて、「どこかな」と凪いだ海のような声でこぼした。
続けて何かを口にしようとした彼は、すんでのところで口を噤んでしまった。
「着いてからの楽しみにするよ」
そっと窓の向こうから視線を逸らした槇を見て、御嶽はある可能性に気付いてしまった。
「じゃあ、着くまでの間、目を瞑っていてくださいね」
もし、そうなのだとするなら――
(私がきっと、上書きしてみせるから)
言うとおりに目を閉じた彼は、やはりこの世界の何者よりも、尊く、愛おしく映った。
そのためになら、自分の未来を真っ黒に塗りつぶしてもかまわないと思うほどに。




