#15 素顔
誰もが幻想から始まる。
私は現実にしてみせる。
*
「私が何にも気付かないのろまな愚図だと思ってますよね」
御嶽の目は鋭く槇を突き刺していた。今までの振る舞いは全て演技だったのだろうか。
「恋人がいることも知らないで、ふわふわした態度で好意をそれとなく伝えてくる、頭の足りない子だと思ってますよね」
あまりにも図星だったが、逆にそうすぎて、「そうじゃないの」と答えてしまう。
「最初はそれで良かったんです。先輩は一目惚れしちゃった尊い存在みたいな感じでしたから。恋人がいるかどうかは何となく分かってましたし、横からかっ攫おうなんて気は無かったので。でも何ですか、あの人は、先輩を蔑ろにするばかりで、ちっとも先輩のこと見てないじゃないですか」
「ちょ、ちょっと待って。君はどこまで知ってるんだ。その、僕が誰と付き合ってるかも、把握してるのか……?」
「名前までは知りませんけど、よく一緒に居るところは見てましたよ」
槇は思わず目を細めた。おかしな話だが、槇は人に愛されることが苦手だった。愛されすぎてうんざりするというよりも、好かれたかと思えば去っていく、その痛みが辛かった。
「好きな人の動向くらい、みんな少なからず気にしますよ。別に、ちょっかい出したりしてなかったんですから、それくらい良いじゃないですか」
言い淀んでしまう。御嶽の発言は何も間違っていない。ただ、純粋に彼女を突っぱねられないのは、槇自身、碧緒との関係が揺らいでいるからだ。
「あの人、本当に先輩のこと、大事にしてくれてますか?」
「そんなふうに見えてるだけだよ。彼女は優しいし、気遣ってくれるし、ちゃんと僕のことを想ってくれてる」
「本当にそうなんだったら、先輩はどうして、私の誘いについてきたんですか」
「それは……卑怯な質問じゃないか」
「私が先輩に好意を寄せてるってことくらい、分かってましたよね。恋人と何もかも上手く行っている状況で、別の女の子と二人きりで出かけたりしますか?」
「君は僕は責めてどうしたいんだよ」
店内には響かない程度だったが、自分でも驚くほど低く冷たい声が出た。
「ハッキリ言って、先輩は今の恋人と別れるべきです。もちろん、それで私を選んでほしいと言っているわけじゃありません。でもどう見たって、先輩は今、楽しそうじゃないです」
「そういう時期だって……あるんじゃないのか」
「どうして眼を背けるんですか。……私が最初に好きになった先輩と、今の先輩、あまりにも違いすぎて、別人みたいですよ。もし先輩がこれまで通りだったら、私だってずっと、戯けた馬鹿なフリしてました」
実際問題、碧緒が別の誰かに気をやっている証拠はどこにもないが、御嶽の言うとおり、その誘いに乗ってここに来た時点で、少なからず、碧緒を疑っていると言っているようなものだ。
「それで自分の株が下がるとは思わないの」
御嶽は槇の眼を真っ直ぐ見て答えた。
「私は先輩が幸せなのが何よりです」
「御嶽は人を信じることができる人なんだね」
脈絡のない物言いに、目を丸くする御嶽。
「僕は幸せになれなくて良いよ。……だから、この話は、もうしないでほしいかな」
止まっていた手を動かしてキッシュを切り分ける。これ以上踏み込んでこないでほしいという強い意志を感じて、さすがの御嶽も勢いを奪われてしまった。
「最後に一言だけ良いですか」
それでも、ここで終わりにする気は彼女にはなかった。
「……どうぞ」
「幸せは事故みたいなものですからね。ある日突然前触れもなくやってきて、勝手になってるんです」
「……そう。御嶽はなれると良いね」
槇の表情は、ここのところずっと浮かべているそれそのものだった。
(私は諦めの悪い人間ですからね)
嫌われることも、厭われることも御嶽には気にならなかった。好きな人の好きな人になるより、好きな人を浮かない顔にさせる人の方が、彼女には許しがたいことだった。




