1話:普通の転生は飽きた
水の流れる音が心地よく、今にでも眠ってしまいそうになる。
冷たい水に暖かな陽の光が差し込み、目を瞑っている瞼の裏には僅かな光が灯る。
目を開けるとそこは神秘的な世界があった。揺らめく水草が繁茂し、白い砂は陽の光を反射し、まるで星のように輝いている。水面の波が陰になり、それがまた世界を美しくする。
だが、そんな世界の中で似つかわしくないものがモゾモゾと動いている。
どこに行こうとしているのか、一体何をしているのかわからない謎の物体。それは、何を隠そう俺である。
あえてもう一度言おう…俺である。
どうしてこうなってしまった。いや、こんな体になってしまったのか。俺は今ある自分の姿のことを考えるのを避けるように原因を探る。その思考は朧気な記憶を探りにまたゆっくりと沈んで行くのであった。
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俺の名前は鈴木 阿久。何でもない普通の高校生であった。どこにでもいるような顔をしており、頭脳をしており、運動神経をしている。平均的な成り立ちであり、それ以下でもそれ以上でもない。いわば特徴が無い。それが俺であった。だが、こんな俺にも友達はいる。こんな俺と仲良くしてくれる友達と遊び、小さな学習塾に通い勉強をする毎日。誰もが平和な一日で安心する日々を送っている中で俺は不満を抱えていた。そんな平凡な毎日が鬱陶しくてたまらなかった。だが、そんな平凡を拒絶し、壊す気力も勇気も俺には無い。だが、心の中では常に刺激を欲していた。
そんな俺の心を神様は見透かしたのだろうか、転機が訪れる。
ある日、塾の授業が終わり、家に帰る途中のことだ。
交差点で携帯をいじりながら待っていると後ろから強く前に押し出された。午後6時過ぎということもあり、この時間の交差点は少々混んでおり、人と人の体がぶつかるのは仕方がない。俺はそう押された時に思い、直ぐに元の位置に戻ろうとした。だが、それは叶わなかった。
俺が後ろを振り向く前に右から大型車が来ているのを理解してしまった。
「危ない!」
誰かが言う。俺はそんなことは知っていると思ったが、今更どうするというのだろうか。
体を捻って素早く避けるか?地面を蹴って前に勢いよく飛べばなんとかなるのか?
そんな考えが頭をよぎるが体は思った通りには動いてくれない。アクション映画の主人公のようには上手くいかないのだ。眼の前の恐怖で体が緊張し、思考がまとまらない。そして俺の体がとった行動は死を待つだけだった。
グチャッ…
何かが潰れた音のようなものを聞いた瞬間、視界がブラックアウトした。
そして、視界は黒から灰色へ…やがて白に変わる。
「あぁ…死ぬならやり残したことやってから死にたかった」
「それってどんなこと?」
「そりゃあ勿論童貞を……お前、誰?」
「あははは!お兄さんってスケベだね~?それとも欲に素直なだけ?」
白い世界の中で見知らぬ少女?ような何かが笑う。緑の神に天使のような羽を生やし、ふよふよと浮いている少女は俺のことを舐め回すように見る。
「ふぅん?魂の作りが丈夫なんだ。だからここでも言葉が話せるんだね。なるほど…ふむふむ」
「俺の質問は無視?」
「ん?あぁ、私が誰って話?でも…見てわからない?」
手を広げて自分のことをアピールする。俺の頭の中に浮かんできたのは神という言葉。
だが、俺はそれを否定する。神なんて存在はいない。それは、人間が作り出した偶像に過ぎないと俺は思っているからだ。信仰やその宗教が信じる神のことは別に否定するつもりはないが、俺自身は神を信じない。
「俺は生憎と無神教でな。神は信じないんだ」
「へぇ、面白いね~?じゃあ、君は死んだけどどうしてここに立っているのかな?」
少女は目を笑みを浮かべて俺にそう聞いてきた。まるで意地悪をし、相手が悩んでいるのを楽しむかのような笑みだ。性格の悪い事を聞くなと思いながら俺は反論めいた事を言う。
「俺は確かに死んだ。だからココは所謂死後に訪れる場所ってことだ。だが、そこにいる存在が神である必要性はどこにもない。神のような存在であればいい」
「半分正解で半分不正解だ。確かにここは死後の世界で君が言ったことは正しい。でも、私はしっかりとした神様だよ。だからしっかりと敬った方がいいよ?」
ニヤニヤしながら少女は俺に言う。
自分で自分のことを神様という存在をどう敬えと?信じられる訳がなかった。
だが、神のように異質な存在であることは認めなければならない。俺はそう簡単に結論づけた。
「まぁ、今はそういうことにするか」
「もう!素直じゃないな~?素直神様って認めればいいのに」
「それで?俺はこの後どうなるんだ?」
「うん?勿論…地獄に行ってもらうよ?」
少女は笑顔で俺にそう言った。決して満面の笑みで本人に告げることではないだろとは思う。
だが地獄…そうか地獄か。死後の世界があるとすれば天国や地獄の概念もあるよな。まさかあるとは思っても見なかったがな。地獄は悪い行いをした人間が行く場所であり、天国は良い行いをした人間が行く場所であると言われている。つまり、俺は悪い行いをした人間ということか。
「そうか、早くしろ」
俺はそう蛋白に返事をすると少女は頬を膨らませて不満そうな顔をする。
一体何が不服だと言うのだろうか。すると今度は俺の足の脛を蹴る。痛いと叫ぼうとしたのだが、死んでいるのか痛くはなかった。死んでいるって不思議な感覚なのだな。
「つまんない!どうしてもっと嫌な顔しないの?歪んだ顔でむせび泣きながら救いを求めてよ。じゃないと面白くないし、楽しくないよ!」
「お前、歪んでない?」
「だってココにいると何にも楽しいこと無いんだよ?それこそ、地上の人間を観察…あっ!」
何かを言い切る前に手を叩いて俺の方を向く。なんだろうな、嫌な予感がする。
「ねぇ、もう一度人生を歩むつもりはない?」
「おい、どういうつもりだ?俺は地獄に行くんだろう?」
「あぁ、あれは嘘だから。だって君、悪いことしてないし。はぁ、本当に残念。どうして悪いことしないんだよ!そうすれば君を散々に甚振ってから地獄にでも送ってあげれるのに…はぁ、本当に残念だよ」
地団駄を踏みながら怒っている様はどう見ても思い描くような神様の姿ではない。
これを信仰しているのだとしたら、相当に性格がねじ曲がりそうだ。
「はぁ…で?どういう意味だ?人生をもう一度歩むってのは。転生でもさせてくれるのか?」
「そう!正しく転生だよ!」
ビシッと指を指して俺に言う。転生か…ラノベの本でそういった類の本は読んだ事がある。
だが、本の中で起きることと現実で起きることは大きく違う。
あれはフィクションであり、これはご都合主義という補正が何もないノンフィクションということだ。
「でもさ…普通の転生って飽きたよね」
「…は?」
「いやね?転生ってジャンルはさ…なんていうかさ、もう皆、手慣れてるんだよ。だからオプションを付けないと駄目なんだよ。読者は満足しない!」
「読者って誰だよ。というか、お前は何目線なんだよ」
「神目線ですけど?何か?」
眼の前のこいつは何を言っているのだろうか。転生に飽きもないだろう。というか、普通の転生ってなんだよとは思う。転生自体が稀有というかあり得ないことなのだ。
確かにラノベなどでは珍しくもないだろう。そういったジャンルも確立されている。だが、実際に本人の立場になり、自身の今後に関することで飽きてるから変な事してみようとか言われてみろ…泣くぞ?
「だからさ、君…人間を辞めてもらうね」
「……植物だけは止めろよ?」
「そんなのわかってるよ。だってそんな君の人生を見てても僕がつまらないしね」
「まぁ、人間じゃなくてもいいか。直ぐに殺されるとかは勘弁だけどな」
主に牛や豚などの家畜化された動物は勘弁してほしい。野生の鳥とか、魚とかはありだな。
犬や猫になって自堕落な生活を送るのも良いかもしれない。
「うんうん、じゃあ早速だけど私が管理する世界の一つに転生してもらうね~」
「待て、地球じゃないのか?」
「え?だって、地球は私の管轄じゃないし、普通に無理だよ?」
キョトンとした顔をして小首を傾げる少女。俺は後頭部に手をやり考える。その様子を見てた少女が目を輝かせながらあざ笑うように俺に詰め寄る。
「え?…え?もしかして、もしかしてだけど~?地球に転生できるとか思ってた?あちゃぁ~ごめんねぇ?それは無理なんだ~」
憎たらしい笑顔で俺に誤ってくる少女。俺は拳を握りしめて迷うことなくその少女に振りかぶるが余裕を持って避けられてしまう。
俺は少し疑問に思う。ここは確かに死後の世界なのだろう。だが、地球には転生することができない。
それは一度死んだ場所に転生することができないのかと思ったが、どうもそうではないようだ。つまり、地球で死んだ人間でも地球に転生することが出来る?ならば、どうして地球が管轄外というコイツが俺の前にいるんだ?……明らかにおかしいよな?
「残念でした~…ということで転生の準備もできたことだし、早速だけど行ってもらうね」
「おい、地球が管轄外って俺は地球出身だぞ?なんでそんな俺がお前がいるここにいるんだよ」
「……行ってらっしゃーい!」
「おい、待て!話はッ」
俺が言い切る前に白い世界はまた灰色に変わり、やがて黒へと変わる。
読んでくださりありがとうございます。
明日から投稿していくので引き続き読んでくださると嬉しい限りです。
良ければブクマでもしてお待ち下さい。
それでは次の投稿をお待ち下さい。0_o