2:死って身近らしいよ
「うん。いいな!」
黒い外套を着た俺が鏡に映っている。なかなかカッコいいじゃないか。もうかつての俺とは違う。強者の風格って奴がダダ漏れている。
この世界に住み着いてもう二ヶ月……。そろそろ今の生活にも慣れてきた頃だ。
現地人との意思疎通は問題なく取れるし、王都……と呼ばれている中世被れのこの街も清潔感があってとても居心地が良かった。
週に3回製図室で働いて残り4日は散歩したり学者サロンで世間話したり。
何故俺みたいな出来損ないが製図の仕事ができてるかだって?簡単だ、この世界の文明レベルが低いからだ。
二次関数とか、ログの計算とかは発明されて間もないらしく学者間での机上の空論程度だったようだ。
つまりだ、それを活用して仕事をする俺は学者の中で一目置かれてしまっているわけである……天才ってね。
そのためかギャラも良いから衣食住も整っている。
神様(?)から与えられた力についてだが、それはまだ使っていない。
『大いなる力には大いなる責任を伴う』ってキャタピラマンも言っていたからね。
一度、異世界みたいこの世界で冒険者をやってみたいなと思ったこともあった。
ギルドを探して街中を歩いたこともあったが、そんな世の中上手くいかず何処を探してもギルドらしいものはなかった。平和ってのも考えものだね。
やりたい事リストから「垢抜けする」と書かれた欄にチェックを付ける。
「今度は彼女を作りたいな〜。」
これからの人生、真面目に生きてやるんだ。
――――――――――――――――
「転生者を殺せっ!!!」
騎士団長のソーリガスが怒号を放つ。
「王の御前でなんたる妄言を!」
私の父、カイロスがそんなソーリガスを制する。
ノリト共国の王都リョウガイに位置する白磁の宮殿……の中心部である円卓の間。
カイロス含む元老の御仁たち。ソーリガス率いる我々ノリトの騎士。そして、ノリト共国の賢王……テイラス様が転生者の対策について会議をしている。私達騎士にとっては初めての円卓であった。それだというのにソーリガス団長は………………。
「いいや、カイロス!私は間違ったことを言っていない!何を恐れているのだ!勇者は既に聖剣を抜いた。魔王との停戦条約も無事結んだ。今こそ、外界からの侵略者に鉄槌を下す時ではないのか!」
相変わらずであった。彼の傍若無人さには元老達は唾を飲み冷や汗をかいていた。
「だからこそ慎重にと申しているのです!転生者は日に日に増大の一途を辿っております。しかし、今回は異例だ!年に二人程度だった物が今年は五百人超……桁が違うんです!」
「転生者は本格的に我が国を侵略しようとしているのだ。早期決戦だけでしかこの現状を乗り切ることは出来ないぞ、カイロス!」
「その戦力が我々に有るのかと申しておるのです!」
「静粛にせい、お前達。」
テイラス様が初めてその重たい口を開けた。冷たく重い口調に二人は気圧され黙り込んだ。これが賢王テイラス。流石の威厳だ。
「お前達の言い分はよく分かる。だがしかし、それは態々このような場で論ずる議なのか?いつ儂が資本の振り分けをしろと言った?儂が欲しいのは彼奴らを封じる…………その為の武器だ。その為の策だ。その為の兵士だ。もしそうでなかったらこの様な下賤の者共を宮中に招いとらん。」
テイラス様は私達をジロリと冷たく睨み付けた。私含む騎士団全員の肩が恐怖に震える。
「で、ですが王よ……。我々にその様な特別な力は……。ですので………総力戦しか…………。」
ソーリガスは慌てて繕う。冷や汗が顔中を伝い床に水溜りが出来ている。
「…………。」
辺りに毒の様な沈黙が走る。元老達は目を伏せる。王は只々静かにソーリガスの顔を覗き続ける。小さな蟻を観察する様に。
「潰せ。」
その一言で周りの緊張が臨界点を達した。
円卓の暗闇からそれは忽然と現れた。
それが見えた時にはもう誰一人として正気を保てていなかっただろう。その焼け爛れた赤茶色の肌……欠損した四肢に幾つもの義足をはめ、体は長く引き伸ばされている。さながらミミズの様。
私ですらそのあまりの悍ましさに胃液で円卓を汚してしまった。
「「「「ギャァァァァァァ」」」」
元老、騎士、誰もが逃げ惑う。私は仔鹿の様にガクガクと足を震わせ一歩たりとも動けなかった。
連鎖の様に発狂が伝播し、円卓が地獄に変わる……いや、これを地獄などというありふれた言葉で表して良いものか。
国を守るはずの騎士団は馬鹿みたいに逃げ回り剣を抜くものは誰一人としていなかった。
それはソーリガスの口内に入り込み、叫び声を上げさせる間もなく喉を喰いちぎりソーリガスの体内の形を無理やり変えながら胃と思われる所まで到達すると――――――――――。
――――――爆発した。
残ったのはソーリガスの幾重にも引きちぎられた腸と、バラバラになった骨と、ソーリガスを美味そうに咀嚼しているそれ。
「勇者よ。よくやった。」
最早人間とは言えないムカデの様な勇者を一切恐れることなく撫でる。勇者もそれに呼応して嬉しそうにその身体を王に擦り付ける。
(コレが彼の大英傑の勇者!?嘘…………。)
「ぉええ"」
私以外の人間は全員この円卓から消えてしまった。私だけ足が言うことを効かず腰を抜かしその場にへたり込んでいた。
狂王テイラスはまだ居たのかという呆れた顔をして私を覗く。
「確か、お前はカイロスの娘の……アデルだったか。」
(次は私だ……………………。)
恐怖の余り失禁する。
「………………。」
カタカタと顎が震えて声を出せない。気道が閉まりきって息も出来ない。
「あれ程有象無象だらけであったこの円卓も、ついには儂とお主だけになったな。いや、お前を忘れていたな、勇者よ。」
狂王は愛おしそうに勇者を抱く。勇者は平たく瞼のない削がれてしまった顔で王を眺める。愉快そうに義足を鳴らす。
――――――生き残らないと。死にたくない。
「一人、思い当たる人間がいます。」
自分でも驚くほど滑らかに声を発せた。まるで自室で詩を読んでいる様な……凪いでいる。
「ほう?」
王は興味深そうに私の二つの眼球を観察する。
「王都を抜けて3日ほど馬車を走らせた先に、シュキンメという小さな街があります。そこに住まうフェルグスという男……。常軌を逸する強さを持っております。彼に討伐を頼んでみたら如何でしょう。」
「ふむ。」
テイラスは顎に手をやり少し思案すると、
「……………………良いこと思いついた。」
王はそう言うと初めてその彫りの深い顔を少年の様に醜く歪めた。
――――――――――――――
近所の水浴び場でレーグルと会った。昨日の事もあり大分気まずい心持ちになったが、案外淡白に同室するのを許してくれた。
「牛糞臭い。」
レーグルはこちらを向かずに桶で水を被っている。
「おかげさまで。」
俺も同じ様にする。
「その……なんだ、レーグル――――「ちゃん」」
「あ、すまねぇレーグル"ちゃん"……。その、昨日の事なんだが…………。」
「アンタいつもそうじゃない、普段は"比較的"おとなしい癖に酒を飲むと急に人が変わるもの。」
「そんなか?」
「ええ。今のアンタはクールでカッコいいわよ。刺青もお洒落。」
レーグルは俺の全身に彫られてある刺青も舐める様に見回す。
「そりゃどうも。」
「ああ、あと従業員のレナちゃん、今月いっぱいでお酒の仕事辞めたかったらしいわよ?」
レナちゃん……俺が特別気に入っている女の子だった。胸が大きく尻も大きく艶のある肌……。黒髪がチャームポイントだったその子は俺の官能をよく分かっていた。彼女を何度宿に連れ込んだことか……懐かしくも儚い思い出。
「ああそう。」
「残念そうね。」
「…………いやだって。」
俺は水浴び場の反対側にある小さな池にあるドザエモンを指差す。
ほとんど抜け落ち、散り散りになった黒い髪……。
「ほらさ?」
「世知辛いわね。」
レーグルは石鹸で俺よりも数倍は有るであろう下の息子を直洗いする。「使う?」とその石鹸を渡されたがしっかり断っておいた。
「それでも、昨日の件については謝らせて欲しい。」
「……。」
「お前が俺に気があるなんて気づかなかったんだ。お前の気持ちにしっかり応えてあげられなくて、ごめん。」
レーグルは豆鉄砲を喰らった様な顔をしてから、いやらしい目つきを作って。
「馬鹿♡」
――――やべっ、キンタマ萎れてきた。
「おーい、二人ともちょっと来い!ヤッベェ板売られてたぞ、こりゃ桁違いだ腰がぶっ壊れちまうぞー!」
ロゴから呼び付けられ、俺とレーグルはエロティックなフェロモンに発し合いながらギルド『バスタード』に向かった。
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